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【マルチ投稿】アステリアの鎖_第二十八話【通覚】

「あー、君たちの場合は第三魔法の【天使の揺り籠】に近いかな。肉体の時間を止める方法が、時間を止めるか冷凍するかの違いだけど」
「ばかな、凍らせて生きたまま肉体を保管するということか! 冬眠とはわけが違うぞっ!」
「あああぁっ、うん。そうだよね、君たちの感覚ではそういうものさ。けど可能なのさ、この下にあるユピテルの地下施設には、それを可能とするオーバーテクノロジーが存在しているんだよ。だから、ちょっとだまってくれっ!」

 頭が痛そうに額に手を当てて、アステリアは何度も何度も深呼吸を繰り返す。ファウストの方も、アステリアの口から飛び出した単語に過剰反応してしまい声を荒げたこと恥じた。
 コミュニケーションが成立しない絶望と苛立ちが、二人の間を川のように横たわり、お互いの顔を映す水面が、まるで別の生き物のように歪んで見える。

「とにかく、私は計画を遂行させるために、本来はあと100年ぐらい時間をかけるつもりだった。だが、彼女の存在は私の願いを即座にかなえる、理想的な能力であり、器であることが分かったのさ」
『私は聞いたぞ! 運が良ければナノマシーンに意識を転送させると。約束が違う、約束が違ううぅ!』

 ファウストの中で駄々をこねるイーダスに、アステリアはふうっと息を吐く。
 尚も、ゾアマピラニアのように食い下がろうとするイーダスの意識が、自分の中で赤々と燃えて、翠色すいしょくの瞳が憎悪で揺れて淀んでいた。

「イーダス。君は私と取引する時に、君は自分の娘のことをあまり話さなかった。まぁ、ユニークスキルの内容が内容だ。この国で生きていくのは難しいだろうし、周囲に知られてしまったら、彼女は最悪、殺される。子を想う親は強いね。まさか、世界を救った英雄に対しても虚偽の申告ができるのだから」
『…………』

 アステリアの威圧的な話し方に、イーダスはぴたりと押し黙った。
 かわりにファウストを介して、サードの意識がのそりと顔を出す。

『あぁ、わりぃな。こいつらは凡人だから、あんたの言うことを理解することはできないよ』

 サードの子馬鹿にした物言いに、ファウストはむっとしながらも自覚があるからこそ押し黙り、ユリウスの方は自身の25年のブランクを鑑みて静観し、イーダスの方は歯を食いしばって地団太を踏んだ。

『貴女の目的は分かった。それで一つ確認だ。カーリアの肉体は爆発せずに、そのまま自壊じかいするのか?』
「!!!」

 自分たちの前提を覆すサードの発言に、ファウストは驚愕してアステリアの顔を見つめた。彼女の方は平然としていて、さも当然のことだと言わんばかりに首を縦に振る。

 なんだと。

 確かに、サードは自分たちよりも陛下の傍にいたのだ。誰よりの早く違和感を覚えて、爆発しないことに気付いたのも納得できる。

 だが、だとしたら、この国が爆発で消滅する前に、命がけで王位継承の儀式を遂行しようとしていた自分たちがバカみたいではないか。

 サードの言葉が意外だったのか、満足そうな顔で静かに頷く魔導姫の様子に、ファウストの心を水のような絶望が広がっていく。絶望の中心には頭部のないプルートスの死体があり、無限に赤い水を垂れながしてなにかを訴えてくるのだ。その訴えを言語化するには、ファウストはまだ未熟で柔軟性が足りない。自ら命を削ってここまできたのだから、仕方がないのかもしれない。

「……」

 ファウストは黙って耐えるしかない。
 だが、許されるなら、この手ですべてを滅茶苦茶にしたかった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「そうだ。現国王であるカーリア・ヴィレ・オルテュギアーは、このまま自壊して、肉体は灰燼かいじんとなる。500年分ため込んだ魔力は、25年前に回収しようとして失敗したんだ。ナノマシーンが肉体を再構成するのに時間がかかった……のは言い訳なんだろうけど、まさか行き場を失った魔力の余剰分を、アイツラが【ライラ】にまるごと捨てるなんて思わないだろ」
『――25年前に、前国王は言った。アステリアが蘇ると』

 内心で荒れ狂うファウスト息子の存在をすり抜けて、ユリウスが言った。ファウストにも、その時の記憶が共有されているが、自分の信じてきたことが次々と覆されてきて、どう受け止めていいのか分からない。
 ただ肉塊にうずめられたティアを助けたいという気持ちと当時に、なにも考えなくていいことを許されたことが、とても羨ましいとさえ思えてきた。

 この考えは危険だ。

 すんでのところで理性が働くが、脳の芯あたりがぐらぐらと定まらなくて吐き気がこみあげてくる。

「そうさ。25年前に、君たちのおかげで儀式は失敗し、私は自由の身になった。だが慌てたヤツラは……うーん、あまりにも抽象的で説明しずらいから【前支配者オールドワン】とでも呼んでやろうかな」
『じゃあ、それで頼む』
「承知した。【前支配者オールドワン】は500年前に魔王が封印されたと同時に、この世界を牛耳ろうとした愚かな連中だよ。私はまんまとだまし討ちで殺されて、ナノマシーンと同調できた魂を試練の間にある石柱に封印されたんだ。まぁ、なんのかんので、彼らには私の知識が必要だったからね。しかも、魔王の封印は不安定のまま放置されて、世界がいつ滅んでもおかしくない」

 彼女はじつは、自分たちと同じウェルギリウス家の血筋だと言っている。
 宝石眼を受け継ぐことが出来なかった忌子であると。
 同じ色調の緑の瞳であるのに、アステリアの瞳には宝石と同等の複雑な色合いがあった。怒りにも似た苛烈で屈折とした輝きがあった。

「いつか復活する魔王を迎い討つための、王位継承の儀式――【アステリアの鎖】なんて壮大さを感じさせる幻想ファンタジーなんだろう。実情は甘言で大勢の種族と個体を騙して、数多のスキルと魔力を奪っていた生贄の儀式なのにさ」
『それで、なんで25年前にその膨大な魔力が暴走したんだ?』

 自分たちの知らない過去を吐き出すアステリアに対して、サードが冷静に問いかけて会話の本筋へと修正する。アステリアの方も気にすることなく、会話を続け、時にユリウスが、サードが交互に質問を重ねるようにアステリアから真相を聞き出すものの、話の輪に入ることができないファウストとイーダスの意識が、ぐつぐつと煮えたぎる感情を持て余した。

 二人の顔はまさに敗北の神――マルスの面貌であり、逃げ場を求める感情がサードの視界を通して、肉塊に埋もれていく末姫へと向けられる。

――あぁ、ティア。

 助けなければ、
 愛さなければ、
 守らなければ、
 導かなければ、
 そばに……。

 正義は打ち捨てられて、残されるのは身勝手な情念のみなのか。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「グッ……アッ、アァッ! アアァ、アァッ! アァッ! アァッ! 」

 ガイウスの叫びが遠くに聞こえる。
 まるで言葉を忘れたかのように、アステリアに吠えるガイウスと姉の面差しが重なって見えて、苦い気持ちが胸の奥に広がった。

 ここに、レオナ姉さんがいたら。
 もしも、レオナ姉さんが駆けつけてくれたら。

 半巨人の父から怪力を受け継いだ姉が味方についてくれたら、どんなに心強かっただろう。長い金髪をマントのように翻して、無双の怪力と天性の戦闘スキルで祖国に金星を捧げていたオルテの次姫つぐひめ。二番目の姉は、どうして死んでしまったのか。

 姉は王位継承の儀式を拒否するつもりだった。
 自分を見失わず、自分らしく生きようとしていたのに、行方不明になり三日前に死亡が確定された。

 殺しても死なないと思っていた姉がこの世を去り、一番目の姉を自分は手に掛けた。

 願っていた結末はあっさりと覆されて、まるで坂道を転がる石のように事態は悪化の一途を辿っている。

「よし、触媒と増幅装置の用意ができた。これで、真相がわかる。この世界デーロスに都合が良すぎる種族、人間種が生まれてきた理由も」

 遠くから聞こえるアステリアの声に、意識が一瞬反応するも、ティアは無力感に打ちひしがれるしかない。

 もし、この場に純血種の人間がいたら、問答無用でティアを助けていただろう。感情の化け物であり、独りよがりで自分の感情を押し付けるあの欠陥種族は、自分の正義を振りかざして、この世界を一時期支配していた。

 ピンクの肉塊に埋もれ始めて、ドレスをまとっているのに肉体との境界線が次第に曖昧になっていく。ついに顔まで殺到する塊に反射的に目をつぶると、頭をすっぽりと覆う生温かい感触に鳥肌が立った。口に入った肉塊はそのまま体中に満たされて、空白を駆逐する勢いでどろどろとした感触が内臓になだれ込んでいく。ミンチの生肉をそのまま流し込まれる、圧倒的なまでのおぞましさと生理的嫌悪で体中がこわばり、吐き気がこみあげて中途半端にえずくが、肉塊にとじ込められた状態で呼吸をすることは、水中で呼吸をすることと同等だった。

「ん……んっ、ん」

 声を出すこともできない息苦しさに、ティアは顔を左右に振る。
 だが、いくら抵抗しようとしても、どんどん侵食してくる異物に恐怖を感じ、余裕のない思考が冷静な判断能力を削っていった。

 真っ暗な世界の中で、たった一人で、苦痛を一身に受ける孤独。
 
 どうして、こんなことに?
 わたしがなにをしたというの?

 ただ、守りたいものがあった。大切なものがあった。切実な願いがあったのに、蓋を開けてみたら自分はとんだ道化師であり、英雄願望を植え付けられた都合のいいコマだった。

 暗黒種の血が入っているがゆえに、肉塊の物量に破裂することなく、蹂躙されるがままの肉体の檻。
 アステリアによって、人間レベルに感覚が落とされているティアは、今までに感じたことがない壮絶な感覚を味わっていた。

 え? 次はなに?

 侵入してきた肉塊が、内側から蠢動する。
 無数の小さな針が内臓を刺激し、身体の隙間、爪の間、耳の中、鼻の穴、まぶたは無理矢理こじ開けらて、ドロドロ状態だった肉塊がある程度の硬度と鋭利さをまといながら侵入する。

――っ!!!

 まるで灼熱のマグマに全身を浸したような苦痛の嵐だ。
 肉体と精神を焼き尽くす、灼熱の業火に意識が悲鳴を上げる。

――ぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁ……。

 激痛に翻弄され、意識が狂気と正気を往復する中、明瞭に浮かび上がってくる感情。

 自分以外のすべてが憎くて、殺したいほど恨めしくて、すべてを拒絶したくなる――どす黒い負の感情。

――ぁぁあぁぁあっぁあぁぁぁぁぁあぁっ!!!

 憎悪、殺意、憤怒、絶望――ありとあらゆる負に支配された感情が、肉体を変質させていく。

「これは君の姉にも施した、ある種の治療みたいなものだよ。アポロニウスは死の願望を抑えることができず、かといって娘を悲しませることが出来なかったし、君の姉であるアマーリエも、本当は苦しくて苦しくて苦しかったんだ。君たちの言う先祖がえり――彼女の遺伝子に働きかけるには、魂を欠損させるしかない。そして、狂わんばかりの苦痛は感情を純化させる。双方とも助ける手段として、私は君の大切な姉を魔物化させた。それについては、本当に済まないと思っている」

 これが治療?
 ふざけてる。

「今は理解できなくてもいい。私はアポロニウスを殺してくれたことを、感謝しているんだよ。ハイエルフの純血はつねに知的好奇心に飢えているんだ。行動を制限されることは拷問に等しく、私はアポロニウスも助けることが出来ずに、500年も幽閉させてしまった』

 ぎりぎりぎりぎり……。
 万力に締め付けられるかのように、脳が直接が圧迫される。
 壮絶な痛みが呼び水となって、意識の向こう側から迫ってくる過去の足音。

「さぁ、仕上げだ。オルテの末姫 クラウディア・ヴィレ・オルテュギアーよ。君は黒薔薇の姫として、破戒はかいの洗礼を受け入れよ!」

 アステリアの高らかな声が脳に響き、ノルンの三翼が展開されるのが分かった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

『アハハハハハ……すごい、すごいっ! まだ壊れていないぃっ!!!』

 腹を裂かれて内臓を晒し、体中の穴に玩具を限界まで詰められた。

『うふふふ……ティアちゃんの脳みそ、美味しい。ここの柔らかくて白い部分、もっと舐めていい? いいわよね?』

 戯れレベルで頭を砕かれて、露出している脳みそにキスをするように啜りあげる幼い唇。

 ちゅるちゅる……。
 ぺろぺろ……。

 小さな舌が踊り、柔らかな唇が白い塊を吸い上げて、たまらずに立てる白い歯には赤い血が垂れている。

『アハッ、もっとぉ』
『ふふふ、おいしい。全部、食べちゃいたい』

 天使のように無邪気な少女たちが群がるのは、生贄の子羊のように横たわる、二人の少女よりも幼い体。

 鮮烈な血の赤と痛みがティアの意識を蹂躙するも、過去の世界のティアはうとうととした表情で、眠たげな紫の瞳を二人の姉に向けている。

 ヤメテ、姉さん、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃっ!!!

 今のわたしは、痛覚が人間レベルだから?
 だから、その当時の痛みが反映されているというの?

 痛覚が違う――それだけで、ものの見方が変わるというのか。
 自分を嬲る姉たちを、悪鬼のような恐ろしい存在と認知し、怖れ、嫌悪する。痛みが呼び寄せる感情の向こう側には――。

『やめろ、やめるんだ。アメリ―、レオナ、どうして、どうしてだっ!?』

 絶望した父の声から、父が娘の記憶に蓋をした理由が分かった。
 思い出したくも、知りたくもなかった。

【つづく】

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