書き出し_休載小説の話をなんとか終わらせよう_アステリアの鎖 66

「それじゃあ、改めて、あなたのお名前は?」
「コハク……っ」

 ようやく名乗った男は、名乗った瞬間に背が反り白目をむいた。
 ほぼ血まみれの肉体から大量の汗が噴き出し、つま先までピンと伸ばしている体勢は、極限まで引き延ばされて弓の弦を想起させる。

「答えてくれたご褒美ですよ。ふふふ……。気持ちいいでしょう?」
「あ……あ、ぃ、ふ……っ」

 やさしい微笑みを浮かべるティアの紫の瞳には、サディスティックな光がちらついていた。
 残虐な気性を持つ夜族の本性が目覚めた故なのか、彼女の中の倫理観は確実に変化しつつあった。目の前の男を貶めることも、尊厳を奪うこともためらわない。むしろ、そうすることこそが正しいことであり、自分の思うままに服従させたい甘い欲求が突き上げてくる。

 不自然に太ももを曲げて股間を隠そうとしているコハクに、成り行きを見守っていたファウストは、この男に生じた生理現象を察して、痛ましげな表情を作り目を逸らした。

 壮絶な拷問を加えられて、助かったと思ったら体が拒絶反応を起こし、あげく脳みそを弄られて、目に見えない菌に犯されつつ、脳内麻薬を垂れ流される。壮絶な激痛からの圧倒的なご褒美の快楽は、どんな強靭な精神も持ち主だろうとも膝を屈するのはしかたがない。

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