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【マルチ投稿】アステリアの鎖_第九話【疑心】

 賊たちの目的が明確になった。
 王家の丘にある霊廟には【試練の間】がある。そこで王に憑りついたアステリアからの魔導の洗礼【アステリアの鎖】を受けて、生き残った者が次の魔導王国オルテュギアーの王となり、次代の【尊き青バラの血ブルーローズブラッド】を生むのだ。
 もし仮に【アステリアの鎖】をうけて王家の人間が生き残らなくても、儀式に参加していない青バラと婚姻を結めばいいのだが、今回の儀式では傍流となった青バラはほぼ刈りつくされて、直系が二名しか残っていない。

 第一王女のアマーリエは、最初から覚悟を決めているが儀式で生き残ることができるかは不明。
 末姫である第三王女のティアことクラウディアは、儀式で生き残る公算があるらしいが、もし仮に彼女が女王になった場合、この世界は確実に激変する。

 歴史の転換期に、自分たちは立たされているのだとファウストはつばを飲み込んだ。

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 叩き起こされて、これまでの経緯を説明されたプルートスとカーラは、神妙に顔を伏せて、自らの衝動に負けてしまったことを恥じた。
 テロリストの優先順位の上位に霊廟の破壊であるから、自分たちは運良く助かったにすぎない。
 プルートスは指を鳴らした。水魔法を使って、自身とカーラの髪に付着した血や己の体液を瞬時に洗い流させて、水の分子を魔導で操って蒸発させつつ髪と服を乾かせる。
 カーラも修道服のポケットから、予備の衝動抑制装置ヴェールを取り出して頭に付け、神へ反省と祈りを捧げるように指をくんだ。まるで敬虔な修道女の姿からは、先刻の残酷な化け物の面影は感じられない。

 もとに戻った。
 いや、擬態し直したと表現した方が、適切なのかもしれない。

「ファウスト、軍の方はどうなっているか【セカンド】に連絡をとれ、あと【サード】に女王とアマーリエ様の安否を確認しろ。本部にいる【フォース】と【フィフス】に【マナマイネット魔力菌糸体】でいつでも指示を出せるようにしておけ」

 早口でファウストに指示するプルートスは、青灰の瞳に怒りの炎を揺らめかせた。

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「まぁっ、外部との連絡が取れたのですか」

 カーラがびっくりした顔をしてプルートスを睨むと、プルートスの方も自身の激情を落ち着かせるように息を吐く。

「あくまで緊急用なんです。こいつが死んだら、各方面で活動している【ナンバーズ】が全滅する。今、この国でなにが起きているのか瞬時にわかるのが、こいつのネットワークと分身である【ナンバーズ】がいるからなんですよ」
「……そういえば、ファウスト殿はペルセの襲撃を【目】で観たとおっしゃっていましたね」

 ティアは思い出したように言う。そう、疑問に思っていたのだ。寄生した動物を媒介にした魔菌糸のネットワークだとするなら、動物の眼だと正確な情報なんてわからない。
 自分たちとは見え方があまりにも違う生物、つまり夜行性の動物の視覚をかりて、情報を収集するにしても無理が出てくる。

 今のティアは、夜族の血に目覚めたことで自身の五感がさらに鋭くなった。夜の暗闇がとても明るく見えて、月と星が奏でる音色が聞き取れるようになったのだ。だからこそ疑問に気づけた。

 おそらく機密と情報漏洩を防ぐために、ナンバーズという存在がふせられたいたのだろうが、プルートスのファウストを気遣う態度からいやな予感がしてならない。

「ファウスト殿、ペルセにはあなたのナンバーズがいて、その【目】を借りて襲撃されているのを知ったのですか?」
「……はい、そうです。前回のテロを警戒して、各所に自分の分身を配置しました」

 ファウストの説明によると、彼には妖植族トレントぞく魔樹族マインドレイクぞく鬼菌糸種マタンゴしゅの三種族の血が混在している。この種族に共通している特製の一つが、寄生によるネットワークと単体生殖なのだが、ファウストの父親は純血の人間種であるため、彼は単体生殖で完璧で独立した自分の複製をつくることができない。

【ナンバーズ】はファウストの細胞を培養させ、魔力菌糸体マナ・マイスィーリアムのネットワークを繋げることで無理やり作り出した、分身である複製体。ファウストの魔力を供給することで動く、魔導人形に近い存在なのだ。
 彼らはファウストと顔かたちが瓜二つであるため、所属にあわせた瞳と髪の色にして区別をしているのだという。表向きはプルートス直属の部下として出向しているが、その実態は各所から気密を収集しているスパイだ。

「前の【サード】はレオナール殿下の護衛をしていたんだが、ある日突然【ロスト】した。おかげで、レオナール殿下の異変に気づけたわけだが、残念な結果に終わっちまったし、【セカンド】は女王陛下やアマーリエ殿下を襲撃から守り切ったものの、犯人グループもろとも自爆しちまったせいで、犯人たちの足取りをきれいさっぱり消し飛ばしちまった。……本人にその気がなかったとしても、結果しか見ていない連中は、こいつのことを裏切り者だと散々罵ったわけさ」

 プルートスは苦い表情で吐き捨てる。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「わたしが帰国する前に、そんな壮絶なことが起きていたなんて」

 ティアが唇を噛んで悲痛な顔をするが、一番つらい立場にいるのは、ファウストだと思い返して彼の顔を見返す。
 ファウストの方は従妹の心情を察しつつも、苦笑を一つ漏らすだけで、気にするなと軽く手を振って見せた。それが余計に痛々しい印象をもつのは、ティア自身の罪悪感からくるものなのかもしれない。

「あら? アマーリエ様と陛下の護衛が【セカンド】でレオナール様の護衛が【サード】なのですよね。なぜ、前任者の任務を引き継がないで、【セカンド】を軍に【サード】をアマーリエ様と陛下の護衛にしたのですか?」

 カーラが疑問を口にして細い首を傾げた。彼女の動きにあわせて、髪の毛に擬態した蛇たちが揺れて純白のヴールもふわりと広がる。

 それは誰もが疑問に思うことだろう。任務を引き継いだ方がスムーズであり、なぜわざわざ二人のナンバーズを配置換えしたのだろうか。

「死体の破損状況さ。レオナール殿下の消息を探っていた途中で、見つかった【サード】の死体は頭部が無事だった。逆に【セカンド】は自爆で木っ端みじんで死体そのものがない……。【サード】は残っていた死体から改良して新たに《《造り治した》》が、【セカンド】の方はゼロから新たに《《造り直して》》軍に出向させた。つーのも、【サード】の方が下手に前任の記憶が残っていたせいで、レオナール殿下の死にかなりショックを受けてな。自分からアマーリエ様と陛下の護衛に志願したんだ」

 疑問に答えるプルートスの言葉には、苦くて重い感情が含まれていた。

「つまり、ナンバーズにはそれぞれ意思と個性があって、プルートス様は【サード】の意思を汲んだわけですね」
「あぁ、本音は【サード】こそ、軍に出向して欲しかったんだけどな。レオナール殿下が、生前【混血晶総合格闘技世界大会マーブル・ミックスド・マーシャル・アーツ・ワールド・トーナメント】で優勝した際に、軍のお偉いさんが接触してきて、《《選手として第三国への亡命をすすめてきた》》らしいから、その時にその場にいた【サード】にこそ、真相を探って欲しかったんだがな。けど、ぜん【サード】の身体から、記憶を引きついた体を二体作った場合、記憶がある分、直接体を削るファウストの負担がかなり大きくなる。まったく、世の中、都合がいいようにいかないもんですさぁ」
「そんな、それじゃあ、レオナ姉さんを殺した下手人は軍に……」

 ティアが柳眉を歪ませて息をのむと、プルートスは断言を避けるように太い首を振った。

「可能性はあります。最近は海上鉄道の利権関係で、軍の上層部と外資系の企業の癒着の噂が囁かれていました。ですが、可能性はあくまで可能性でしかなく、確定した証拠がない限りこちらは動きたくても動けないんですよ」

 答えはいつでもすぐそこにあった。
 いつも分かり切った問いかけをする堂々巡りで、現実化する労力は果てしない。結局、答えなんてわかりきっているのに。

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 みずからの右手を右耳の当てて、耳を澄ませるような仕草をしていたファウストは、ようやく収集した情報の整理がついたのか、手を耳から離して顔をあげた。

「警視総監殿。軍の方は情報が錯綜しているせいで出動が遅れていましたが、自分が【セカンド】に情報を送ったことでやっと出動しました。ついでとして、ここら辺に転がっている賊共も回収させます。市街地のテロはなし。ペルセの方に詰めていたナンバーズはすべて【ロスト】、いま霊廟に避難している女王陛下とアマーリエ殿下には現在の【サード】が護衛について……」

 そこまで言って、ファウストの顔が青く変色した。

「……そんな、ありえない。なんでアイツがっ」

 翠色すいしょくの瞳が見開かれて、苦々しい感情が口をついて出ている。まるで幽霊に出会ってしまったような、助けを求めている子供の顔のような顔に、ティアには見えた。

「どうした、ファウスト?」
「あぁ、プルートス久しぶり……だま……いやはや、警視総監とは出世したもんだな……やめろ、クソ、親父……おいおい、泣かせるねぇ。父親に対して、そんな口叩……かせとは」

 突然、支離滅裂なことを言い出すファウストに、カーラはティアを庇うように前に出て、名前を呼ばれたプルートスは呆然とした顔で呟いた。

「もしかしてお前なのか、ユリウス?」

 プルートスの口から零れ落ちた名前は、ファウストの父親の名前だった。

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「せいか~い、ずいぶん老けたなぁ。半漁族サハギン族の血のせいで、成長速度が加速したのか?」
「ユリウス、もしかしてお前、【サード】を乗っ取ったのか?」
「イエス、不本意ながら。本当だったらスペアとして用意していたコイツがオレになるはずだったのに、埋め込んだ記憶因子が発現したのが、まさかの劣化コピーの方だったわけだが、これで約束が果たせそうだぜ」

 プルーストの問いかけに答えたのは、ファウストの声のはずなのに、彼の声ではなかった。ファウストの声を澄み渡る春風のような声だとするならば、ユリウスと呼ばれた男の声は、極寒の大地を吹きすさぶ風のようだ。
 声音に込められている、ぞっとするほど冷たくて、触れたら凍傷になりそうなくらい鋭利な刃を感じさせる強い敵意。
 表情もファウストと比べると険を帯び、口元が嘲笑の形にひん曲がっている。

「約束、25年前のか。ということは、カーリアは無事なんだな」

 懐かしさと喜色で顔を輝かせているプルートスの顏。まるで少年のころに戻ったかのような、瑞々しい感情の発露はその場にいる三人を戸惑わせた。

「無事の無事さ。娘の方も無事、テロリストの鎮圧も完了したけどちょいと厄介なことになっちまった」

 苛立たしく言葉を切るユリウスの口は、ひん曲がった三日月の形を保っている。

「ということで、息子とゆかいな仲間たちは、至急、霊廟に向かって欲しい。おまえたちのいる場所から、近くに脱出用の通路が隠ぺい魔法で隠されているから、そこから墓場を経由して試練の間に来てくれると助かる」

 軽薄な言葉を吐き続けながらも、ユリウスの声には切羽詰まったものを感じさせた。一気に自分の要求を言い切り、すぐにでも移動してほしいという顔でプルートスをみると、プルートスの方は「相変わらず、素直じゃないな。死んでも治らないのか?」と、頭を掻く代わりに、頭頂に生えている青白い鱗を撫でる。

「うるせぇ。オレからしたら、気づいたら25年後だったんだ。25年だぜ? おっさん通り越してジジィになった気分だよっ!!!」

 強い敵意と疑心をぶつけるユリウスに、プルートスは慣れた調子で宥める。

「あぁ、わかってる。わかっているから、待っていろよ。というか、死ぬなよな」
「……まぁ、お互いな」

 プルートスの言葉に、いくぶん表情をやわらげたユリウスはニヤリと笑った。

……なんだか、いいなぁ。

 成り行きを見守っていたティアは、ユリウスとプルートスのやり取りに羨望を覚えた。立場があるとはいえネイリス学院に在籍中、友人らしい友人を作ることが出来なかったからこそ、二人のやりとりが眩しく見える。
 お互いが何度も繰り返であろうやりとり、軽口を叩いて通じ合っている信頼関係から、ティアは自分の伯父だと思われる人物に対して、癖が強いが義理がたい印人物へと評価が修正された。

「じゃあ、回線を切るからよろしく頼むぜ」

 そう言って翠色すいしょくの瞳が閉じられると、表情に変化が起こった。ねじ曲がった口元が元に戻り、表情が柔らかいものに変わっていく。肉体と意識がファウストへと主導権が戻ったことがわかり、ティアは安堵したが、元に戻ったファウストの方は顔を真っ青にさせて、ふらりと体をゆらした。脱力して道路に膝をつき、背を海老のように丸めたかと思うと。

「うげっ、げええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ………」

 まるで悲鳴をあげるかのように、その場で吐瀉物を吐き出し始めた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「ファウスト殿、大丈夫ですかっ!?」

 ティアが慌てて背中をさすってやると、胃液しか出なくなってからもしばらく嘔吐が続いていた。カーラが手をかざして回復魔法を唱えて、プルートスは魔法で真水を出して「このまま口をゆすげ」と部下に命じる。
 プルートスの交差した手のひらから溢れ出す、ゆるやかな水の奔流を口に受けて、ファウストは自分を取り戻すように、自分の一つ一つの動作を確認するように口をゆすいで、吐き出したゲロの横に水を吐き出した。

 苦しそうに呼吸を整えるファウストは、翠色すいしょくの瞳を瞬かせて、血の気の失せた唇を悔し気に震わせた。ショックを受けたというよりも、強い怒りを感じさせる顔をプルートスに向ける。

「警視総監殿、知っていたのか。自分の父のことをっ!」

 荒々しい言葉遣いになったファウストに、プルートスは青灰の双眸を細めて、苦笑を浮かべて肯定して見せる。
 その表情は、どこか寂しそうで、それでいて懐かしむような、複雑な感情が入り混じったもので、ティアはプルーストの心の中に何があるのだろうかと思いながら、二人のやり取りを見守った。
 もしかしたら、自分の父に関わることかもしれないという直観もあったからだ。彼らの根深い問題と前回の王位継承の儀式、25年前の出来事がじわじわと現在を侵食し、大きな壁となって、自分たちに立ちはだかっているような気がするのだ。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 沈黙が場を支配し、重苦しい空気が流れた。
 プルートスは黙っているわけではない、ただ情報量が多すぎる上に、一刻もはやくユリウスの元に駆け付けたい気持ちもあって、彼の中で適切な情報の形に完結しないのだろう。

「25年前ですかー。私がまだ傭兵で、イシュタル大陸でぶいぶい言わせていた時期ですねー」

 沈黙を破ったのは、カーラののんびりとした声だった。声の印象とは別に、澄んだ青い瞳から強い光が宿り、形の良い唇をきつく引き結んで思案気に顔を伏せている。そういえば、彼女はゴルゴーン族と竜人ドラゴニュートの混血だ、実年齢は外見よりもかなり高いのかもしれない。

 カーラにとっても何かが引っかかっているようで、自分に絡みついている過去の糸に、ティアは息苦しさを感じた。だが、このまま首に過去の糸が巻き付いて、息の根を止められるなんてごめんだ。
 自分たちは未来へ進まないといけない――奮起したティアは、胸の奥に湧き上がる不安感を押し殺しながら、おずおずと手をあげて発言の許可を求めた。

「その、まずはユリウス殿の言っていた、隠し通路の場所を探しましょう。情報の真偽はともかくとして、このままじっとしていても始まらないです。体を動かせば、脳も動くとヘルメス教授が言ってました。ファウスト殿もプルートス殿も下手に言葉を選ばずに、身体を動かしながら、自分のいま感じていることを話してみてください。このまま黙って、疑心暗鬼になる方が一番危険だと思います」

 ティアの発言はじつに学生らしい健全な考え方であり、それが却って三人の大人たちの熱を冷した。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ティアの言葉に最初に反応したのは、ファウストだった。
 彼は立ち上がると、まだ少しふらついた足取りで、道路の真ん中をあやうい足取りで歩きだす。
 青白い月光によって浮き上がる、ファウストの長い影がどこか不安定で、強い風が吹いたら、そのまま彼がいなくなってしまいそうだった。

「ファ、ファウスト殿、待ってください。隠し通路の場所が分かったのですか」
「……………」

 ティアが急いで車の焼け跡から、無事だったトランクを回収してファウストの後を追い、後ろからカーラとプルートスが続く。

「怒ってんのか?」
「かなり」

 プルートスの問いに、ファウストが不機嫌さを前面にだして短く答えた。背中を見ただけでもわかるファウストの怒りは、プルートスを信頼していたからこその裏返しなのかもしれない。

「ユリウスとは学生時代の悪友だった。クラウディア殿下の母君であり、現女王であるカーリア陛下とも、父君であらせるイーダスとも、そしてヘルメスとも、ダフネとも交流があった。25年前、俺たちは何も知らない18歳のガキだった!」

 海岸沿いの道路を歩きながら、プルートスは声を張り上げる。それはまるで自分自身を責めるような口調で、プルートスの独白に対して、ファウストは歩調をゆるめずに声を絞り出す。

「聞いている話と違う。ダフネは自分の母の名前だ。父も母も気が狂ったもの同士だと、自分はきかされていた……っ!」

 怒りと疑心を滲ませた声が夜気を震わせる。海辺の潮風が頬を撫でる中、すすり泣くような波の音だけが耳に残った。

「それは、そうさ。イーダスはブラコンを拗らせた嫉妬深さで、裏でも表でもユリウスの人間関係をズタズタにしていた。特に、女性関係に関してはユリウスは慎重に隠していた。それが裏目に出ちまったんだ。オレが無事だったのは、イーダスのお眼鏡にかなっただけに過ぎない」

 突然飛び出した父の名前に、ティアの紫の瞳が見開かれる。

 今、なんて、言ったの?

 信じられないと顔を強張らせているティアに対して、カーラは横からそっとティアの肩を抱き寄せて、彼女の持っているトランクを自分の手へを握らせた。小さなタイヤのついた重量のあるトランクには、ティアの研究機材が詰め込まれており、ティアの心を守るようにカーラはトランクの取っ手をぎゅっと握りしめる。

「ファウストにも殿下にも聞きたくない話題なのは知っている。なるべく傷つけないように配慮していたせいで、信頼を失ったことも……ただ、これだけは信じてくれ、オレはお前たちの味方だ」

 喉を震わせて訴える声に、ティアが慌てて振り返ると青灰の瞳にぶつかった。真っ正面に見据えるプルートスの顏に、ティアは動揺しながらも頭の中で情報を整理して、なにかを言わねばと気持ちがはやった。

 やがて、道路が二手に分かれて一方は下り坂の先が砂浜へと続き、もう一方は急なカーブを描く登り坂になっている。

 先導するファウストは無言のまま下り坂へと進んだ。

【つづく】

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