【マルチ投稿】アステリアの鎖_第四十三話【祈値】
やっと終われると弛緩して精神が、雷鳴で浮かび上がった暗黒種のシルエットを捉えて、恐怖で悲鳴を上げそうになる。
デオンは恐怖に駆られているだけだが、下界ではそれどころではない。狂騒と狂乱が、オリオンホースビールの泡のようにぶわりと沸き上がり、次には耳の痛い静寂が広がり始める。
大勢が自分で自分の息を止める、あまりに痛ましい光景が、手にとるように分かった。
惨劇を隠すように、天から滝のような雨が降り燃える街を慰める。
雨が降り、灯りが消えて暗黒が支配する世界に、デオンは唾を飲み込んだ。
「一体、なにが起こっている」
予想だにしない事態に声が震えた。
雷鳴の紫がかった稲光に既視感を覚えて、ぼんやりと稲光の色が、オルテの末姫の瞳の色と似ていることに気づく。
オルテの式典で幼い彼女を見た時、勇者アレンことアレイシアに、彼女が似ていることはうすうす気づいていた。
だが決定的に違っていたのは、彼女の瞳の色。同じ紫の瞳であるのに、色合いと輝きが明らかに異なっていたからこそ、デオンはこの時まで、ティアことクラウディア・ヴィレ・オルテュギアーの存在を忘却させていた。
勇者アレンの瞳の紫を例えるならば、朝焼けの空に広がる紫。夜が明けて闇が薄らぎ、青い空と太陽の光が重なるように混じり合った紫色。 ティアの瞳は激しい稲光が見せる紫――紫電であり、狂気と不吉を象徴する紫月の色だった。
彼女が内包している暗黒種の血がそうさせているのだろうか、無垢で従順そうな外見とは裏腹に、内側に黒いマグマが蠢いていると、デオンに直観させた。
式典用に用意された薄紫のドレスを纏う幼女は、マンダリンオレンジの長い髪を結い上げて、周囲に求められている自分を演じている。
彼女がなにを感じて、なにを求めているのか分からない。ただ自分を制御す術を早い段階で覚えてしまった少女は、父親にぴたりと身を寄せて、精一杯の愛想笑いを浮かべるのだ。
母親に、姉たちに、周囲の個体に、自分の意思を押し殺して、ただ受け身でいるほうが楽であると知ってしまった少女に、デオンは何とも言えない気分になったことを思い出す。
血統値――暗黒種10%以上。
それが彼女の精神状態にどのような影響を及ぼしているのか、深く考えないようにする。
どうあがこうとも、確定された世界とシンギュラリーポイントに、彼女が立っていることは無関係ではないはずだ。
そして眼前の光景も。
深海の底のように、闇に沈んだ街の上空を泳ぐ暗黒種たち。
彼らの列に、あの少女も加わるのだろうか?
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しっかりものの長女。奔放な次女。変わり者の三女。
我慢強い長女。乱暴な次女。余り者の三女。
独善的な長女。我儘な次女。出来損ないの三女。
化け物の長女。化け物の次女。化け物の三女。
化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物化け物
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世界がこんな惨状なら、アマーリエも死んだのだろう。
去年の話だ。
「デオン会長、少しお話が」
アポロニウスの血を受け継ぐ、ハーフエルフの第一王女は、バイカラーの瞳を冷たく輝かせてデオンを観た。
「この書類に書かれている数値に対して、会長の見解を述べていただきたいのです。赤潮だと片付けるには分布が偏っておりますし、まるで海上列車のレールに沿っているのは気のせいでしょうか?」
分かりやすい挑発の態度を取りながら、彼女はこちらが言い逃れをできないほどに周囲を固めて、汚職した議員と企業に対する訴訟を裏で進め、並行して倒れた母親に代り、女王代理としての職務に励んでいる。
まさに理想の為政者だが、その裏で、積み上げてきた犠牲は計り知れず、彼女もまた化物の一人だった。
「気のせいではありませんよ、勇気のあるお嬢さん。ですが、すでにもう遅いのです。海上列車のレールの撤去に、どれくらいの時間と費用が掛かるか、貴女ならご存じのはずだ。汚染は進み、世界中が呪いで侵食されて、最期には腐った林檎のようにどす黒く腐り果てる。分かりやすい、世界の終わりですよ。魔王が世界を滅ぼすよりも早くね」
「――っ! なぜ、そんな平気な顔をしているんですか」
だが、為政者として年季が浅い。
デオンが堂々と肯定して見せると、一転して声を荒げるのだ。
「国を守りたい気持ちは素晴らしいですが、貴女はもうすこし、自分の立場をわきまえた方が良い。でなければ、足元をすくわれます」
「なにをバカな」
と、言いつつも、アマーリエの顔には焦りが浮かぶ。
彼女の過ちは、一人でなにもかも抱えようとして、なにもかもを解決しようとしている部分だろう。
満たされない愛情と承認欲求を解消しようと、哀れに奔走する長女は気づかない。いや、この三姉妹は気づいていて気づかない振りを最初からしている。このまま死ぬまでずっと舞台で踊り突けて、自己陶酔をエネルギーに退廃的に美しく魅せてくる。
「クーデターにご注意を。私のあずかり知らぬところで、きな臭い動きが活発化しています。あなたの父君が治める、賢者の国も例外なくね。世界は自分が思っている以上に、身勝手で自由に動いているのです。貴女の本性を知らない国民が、裏で貴女がしていることを知らないように」
「……なんのことでしょう?」
「では、具体的な個人名として、アポロニウスが絡んでいる可能性があるとしたら?」
意外にも、アマーリエはデオンの挑発に乗らなかった。静かに微笑して言い放つ態度には、清々しいものがあった。
「でしたら、私の元で閉じ込めて、外に出しませんわ。そして、父をずっと可愛がるのです。寿命の問題を考えると、私が先に死んでしまうのだが残念ですが」
とんでもないことを言い放つ長女は、自分の性癖を恥じることなく願望を口にした。
そして、デオンは悟ってしまうのだ。
彼女は命を惜しんでいない。破滅することも恐れていない。本来の適性は為政者ではなくギャンブラーだと。
「…………」
デオンは夢から醒めたように、暗黒を見据えた。
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「ん……」
カーラが目を覚ますと、彼女の青灰の瞳に無数の星が瞬いていた。
地上に出ることが出来た?
今までの出来事はすべて夢で、もしかして自分は戦場で、いままで幻覚魔法を見せられていたのではないか?
そんな甘い考えは、あっさりと覆された。
上体をおこすと身にまとっている黄金のドレスが目に入り、倒れている女性が横に二人。前方にはティアによく似た少女が、アステリアに言葉をかけて抱きしめる。
「もう大丈夫だから、だから安心して」
声は聞こえないが、口の動きで内容がわかった。
――ここは?
天も地もない暗黒の空間なのに、自分たちのいる場所には見えない床が存在しているかのように安定していた。頭上に足の下に広がる星々を見て、まるで夜空の世界に迷い込んだかのようだ。
「ティア様?」
無意識に零れた自分の失態に、カーラは内心焦る。
ばかな、と思ってしまう。
アステリアを介抱している少女を、ティアと誤認している自分に混乱している。
たった五年。百年以上も生きているカーラにとって、深く濃厚な日常を過ごした少女の存在を、自分が見間違うはずがないのに。
「カーラ?」
紫の瞳がじっとカーラを見て、カーラは息苦しい気分に陥った。
白いケープを纏い、全身が戦化粧のような赤い文様を彩った、ティアによく似た少女は、戸惑いの色を浮かべてカーラを観つつ、そっと魔導姫を抱きしめる。
「アレイシア、すまない」
え?
蚊の鳴くような声で呟いた魔導姫の言葉に、カーラの全身から血の気が引いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
気を失っていたとはいえ、彼女の髪に擬態している蛇たちは、出来うるかぎりに自分たちに起きていたことを、カーラの脳みそに伝えていた。
平常時ならば完全に記憶を同期していたはずなのだが、死の淵から生還した痛手で不完全な形でしか、蛇たちの記憶を受け取ることが出来なかった。
けれども納得いかない。
それはまるで、場面がころころ変わる悪夢のようであり、やはり自分はいま、趣味の悪い夢の続きを観たのだと……彼女は願っていた。
勇者アレンは、アレイシアという女性であり、ティアと瓜二つであるということ。
そこまではまだ理解できる。
自分の主人は、自分の横に倒れている女性であり、魔族として進化し、姉たちの死体で母親を改造して、得体のしれない魔法を使った――この世界を担う不吉な黒バラだ。
だが、魔導姫によってティアの魂が引き裂かれて、一部が過去の世界に転生を果たし、勇者として魔王を封印したんなんて、まったく信じられない出来事だ。
混乱するカーラに、アレイシアが柔和な笑みを浮かべて囁く。
「カーラ、助けて。あなたの力が必要なの」
――ティア様!
反射的に駆けだそうとするカーラ。
だが彼女の行く手を遮るように、すくっと人型の影が差した。
黒い翼に 花弁のように波打つ黒いドレス、カーラを通せんぼするように広げられた白い手。ハイエルフのように尖った耳、毛先に近づくにつれて金色に変色するマンダリンオレンジの髪と、双眸には煌めくように美しい翠色瞳。
彼女こそ自分の主人である、クラウディア・ヴィレ・オルテュギアーであるというのに、心のどこかが強い危機感を覚えていた。
ティアをティアたらしめた部分が、ごっそりと抜け落ちてしまったかのような違和感と喪失感。
そこに現れたアレイシアという少女の存在が、カーラの思考を激しく乱す。
「バカなことを言わないで、カーラはわたしの友達よ」
ティアのピンクの唇から発せられた言葉は、静かでありながら強い圧を感じた。カーラの行く手を遮り、十字架のごとく両腕をひろげて立ち上がる痩身からは、絶対零度の冷気が放射されている。
「あら? なら、アタシの友達でもあるんじゃないかしら」
にたりと笑う可憐な顔にカーラはゾッとした。アレイシアが首を傾け、ティアとカーラを交互に見ると、紫の瞳の奥に薄暗く冷たい光が灯る。
こちらの反応を伺う意地悪い態度と、向けられた黒い悪意は、ベテランの傭兵であるカーラの本能を刺激した。
この少女はティアではある。
だが、彼女は自分のあずかり知らないところで傷つき、ねじ曲がり、すでに後戻りが出来ないレベルで狂ってしまったと。
「いいえ、あなたはわたしとちがうわ。今と昔をごっちゃにしないで!」
「そんな寂しいこと言わないでよ、我が半身」
「やめて! 吐き気がする」
「うん、こっちも吐き気がするよ。君の記憶が、いつもアタシの行動を邪魔していたんだ。いつもいつもね……ぇっ!」
紫の視線と視線の瞳が交差する。
二人の魔力が高まり、夜空が広がる異空間がミシミシと音を立てて歪み始め、ぽったりと空いた暗闇の向こう側から、巨大な紅の装甲が見えた。
――魔王マキーナだ。
長大な鋼の砲身がティアの方に向けられて、アレイシアは不敵に唇を釣り上げる。
「アタシと魔王AIの意思は一致した。人類の、新しい世界の為に、このデーロスは犠牲になってもらう」
それはかつて、この世界を救った勇者からの絶望的な宣言だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
500年前。
デオンたちのメンバーは、分裂と粛清を繰り返していた。
このままではいけないと思いつつも、上位世界にもたらされた情報によって、方針がなんども変わり、魔王に搭乗して亜神と戦うパイロットたちにも迷いが生じ始めた。
この世界で生まれた、人類のメンバーは何度も代替わりを果たし、聖胚となった不老不死のメンバーとの、避けられない軋轢が生まれ始めた。
ユピテルを地下に隠し、地上にオルテュギアーを築いた彼らは、魔王という圧倒的な力を前に、当初の目的を見失う。
――巨人に堕ち、獣となって数が増えようとも、魔王の圧倒的な力の前では赤子同然だ。新天地の計画を放棄して、魔王を利用した恐怖政治を行い、デーロスを支配したほうが良いのではないか?
――いいや、500年後のシンギュラリーポイントのことを考えるなら、魔王の力を過信せず、探索メンバーの持ち帰る情報を精査して、検討に検討を重ねて。
――まどろっこしい。このままだと、俺達が絶滅する!
――無茶はよせ! 巨人が亜神へ一気に先祖がえりを果たすぞ。
――しかし、自分たちのやっていることは、結局、この世界のバランスを崩し、理を捻じ曲げることで亜神たちを攻撃しているのだ。このまま感情的に力を振るってみろ、どんな結果を招くかわからん。
結局、意見がまとまらない。
業を煮やしたエンジニアたちが、デオンが制止をかける前に魔王にAIを組み込んで野に放った。
あまりのことにデオンたちは糾弾するも、彼らはせせら笑う。
運命が決まっているのなら、魔王がAIの意志のままに世界を蹂躙するのも、また決まった運命だったのだと。
【つづく】
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