【マルチ投稿】アステリアの鎖_第四十四話【私々】
「アタシと魔王AIの意思は一致した。人類の、新しい世界の為に、このデーロスは犠牲になってもらう」
その言葉に真っ先に反応したのは、ティアでもカーラでもない。今まで倒れていた《《カーリアだったものだ》》。黒い瞳を見開いて、背中に生えている蜘蛛の足が質量を無視して膨張し、肥大化し、伸びた白銀の脚を槍の如くアレイシアへと突き立てようとした。
「へぇ、いいねぇ。生まれて初めての親子喧嘩だ」
「……!」
攻撃を回避して、せせら笑うアレイシアの言葉に、カーリアの眉がわずかに跳ねる。戸惑うのも無理はない、双方ともに変わり果てた姿ではあるものの、母子であることは確かなのだから。
カーリアの攻撃の手が緩み、表情に迷いの色が漂った。生み出された隙を縫うように、アレイシアの手に白銀の剣が握られて、母親だった存在に遠慮なく斬りかかる。
……ばさりと静かに、赤い髪が見えない床に落ちた。
「ホラホラ、反撃しないと死んじゃいますよ。お母さま」
娘だった存在に、カーリアの表情が歪み、黒い瞳がバイカラーの瞳に変化する。その瞳は長女の特徴である、上が赤く、下にいくほどにトパーズ色に変わっていくバイカラーの瞳だった。
思わず口笛を吹く勇者は、俊敏な身のこなしで距離を取る。
「人格二個持ちなんて、とんだキメラだね。流石、アタシだ。やることがえげつない」
「黙りなさい、勇者アレン! オルテュギアーを、この世界を、貴女の好きにはさせない」
彼女の声は、まるでアマーリエとカーリアを混ぜたような、不自然で低い声だった。思わぬ反応に、勇者は腹を抱えて笑い始める。
「あははははっ! それでいいんだよ。イーダスは本当に臆病者だった! 自分の罪に向き合わずに、アタシのいいようにされたんだからね」
「――!」
優越感を滲ませた紫の瞳は、アマーリエだった部分を刺激した。
いつもいつも自分を見下し、愛されていることに優越感に浸っていた幼い瞳。無邪気さゆえの残酷さで姉たちを傷つけて、息を吸うかのように被害者ズラをする出来損ないの末妹。
呼び覚まされた記憶と腹の奥から煮え立つ感情が、眼前の敵に対して激しい殺意を抱かせた。
「――」
赤い唇が蠢き、魔力のうねりが水を生じさせる。
無詠唱の魔法だった。カーリアだったものは、四方八方に魔力をまとったウォーターカッターを飛ばしてアレイシアをけん制しつつ、手のひらに光球を収束させる。
「黒い北斗七星」
これはアステリアに放とうとして、結局不発してしまった第三魔法だった。
白い光球がたちまち赤黒い血のような輝きと、青みを帯びた金色の光が火花を散らして、勇者アレンに迫ってくる。
「させない!」
そこへ躍り出たのは魔導姫 アステリアだ。
彼女は蜂巣模様の魔力障壁を張って、血色の光球と正面から対峙した。
障壁と光球がぶつかり合い、激しい爆発音と熱風が巻き上がる。
追い打ちをかけるように、異次元の向こう側から魔王の砲台が火を噴き、ビームが放射されて、圧倒的な熱量がティアたちの肌に鳥肌を立てた。
「ごめん、アスティ。やっぱり、500年もまともに動かしてないから、魔王の反応が遅いや」
「いえ、それは貴女もでしょう。アレイシア、無理はしないで」
勇者を慰める魔導姫の緑の瞳は、輝きを取り戻していた。
「やるの?」
問いかけるアステリアに、勇者は白い歯を見せて笑う。
自分たちに見せた嘲笑ではなく、心の底から相手を思いやる自然な笑顔だ。
「うん、やろう。もう、未練もなくなった」
お互いに頷き合う姿は美しく、どこか不吉さを孕んでいる。
「わたしとアタシ、望むモノは結局一緒よ。だけどもう、手遅れなのね」
ティアは静かに言った。
「今更、なにをいっているのよ? いいんじゃない、アタシ? やろうじゃない、自分vs自分」
「……それだけじゃない、このままだとわたしたちは滅ぶ。みなが助かるには、あなたたちが言っていた新天地に賭けるしかない」
ティアの言葉に、アレイシアの顔から表情が失せた。
紫の瞳を見開いて唇を震わせる顔に、ティアの中で疼く部分。
自分が切り捨てた――造られた理想像。
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なりふり構っていられない。
ティアは自分にまだ残っていた甘さを断罪する。
「あなたの名前は、ニケよ」
ニケ――勝利の女神イリスの使者である、復讐の天使。
もう二度と彼女が私情に流されないように、末姫は冷徹に味方の脳みそを改造する。
「もう、カーリア・ヴィレ・オルテュギアーでもアマーリエ・ヴィレ・オルテュギアーでもない、ただ一人のわたしの眷属。生まれる前の過去のことは忘れて、これからはニケとしてわたしに従いなさい」
「あ、うっ」
躊躇いなく言い放つティアは、ニケの頭に洗礼のごとく手をかざした。
手と頭の間に電流が走り、苦し気に呻くニケ。彼女の黒い瞳には恍惚の色が浮かび、背中に生えている蜘蛛の脚が、恍惚の絶頂を表すようにぴんと伸びる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「アメリーお姉さま、その青いバラはずっと咲き続けないといけないのですか?」
かつて、妹に、そんなことを問いかけられた気がした。
自分は、その時、なんと答えたのだろう?
「そうね。いつかは、全部枯れるのかもしれないけど」
――けど、青バラが必要なくなった世界は、とても素晴らしい世界じゃないかしら?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
これは洗脳ではなく支配。
成長による儀礼ではなく、自らの忠実な眷属が欲しい末姫は、残酷な手法で親殺し・姉殺しを遂行したのだ。
カーラは声を失うが、すでに父殺しを行ったアレイシアの方は、ひきつった笑みを浮かべて声をしぼり出す。
「ねぇ、アスティ。今のところ500通りの未来のうち、何通りの未来がアタシたちに残されたのかしら?」
表情に焦りが滲むが、発する声にはまだ余裕があった。
「50だよ」
「そう。じゃあ、うかうかしてられないわね」
「カーラ、迷わないで! 生き残りたいのなら、戦うしかないわ!」
「は、はい」
ティアの叱咤に、カーラは無理やり自らの迷いを断ち切り、心の目を塞いだ。分かっていたことじゃないか。戦わなけれな生き残れないことを。原点回帰としてカーラは傭兵時代だった頃の自分を呼び起こす。
敵は倒せばいい――ただそれだけの存在であり、その場で座して死を待つつもりもない。
カーラも今更ながら、ティアの絶望に気づいてしまった。
望んだハッピーエンドが迎えられない理不尽を、生き残るためには自らの手で、大切なものを壊さないといけない現実を。
ゴオオオオオオッ!
異次元の穴から魔王の手が伸びて、ティアたちに攻撃するが彼女たちは散開し、勇者アレンへと狙いを定める。彼女が本調子でないというのなら、叩くのは今しかない。
異次元の穴を操っているのが勇者だとするのなら、彼女は倒せば魔王は完全に現世へ出る術がなくなる。
ただ、ティアは完全にアレイシアを殺すつもりはない。
彼女の力を使って、人類が逃げ込もうとした新天地を手中に収める。
彼地には、すでに生物がいるのだろうが知ったことではない、これは侵略ではなく、お互いの存亡をかけた生存競争なのだから。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
魔王AIは思考する。
500年前に下された命令――人類の繁栄に貢献せよと。
現状、シンギュラリーポイントを経過しても、未来は確定された過去を経由するために500通りの未来に絞られる。
だが、その未来もシンギュラリーポイントが下地となることから、結局は一つの時間軸に集約され、並行世界はその瞬間に消滅するも、前後の矛盾が発生しないように、A軸・B軸の世界線の情報も基本時間軸へと集約される。
それはデーロスという、この世界の特性であることが大きく、地球人類の観点やテクノロジーで解き明かすのは不可能の領域であり、種神の領分であることから、当機体ができることは限られている。
現状の打破としては、上位世界へと旅立ったキュプロクスのメンバーへの帰還がカギとなるのだが、意識体となった彼らが現実に戻ることは不可。
探索を諦めたメンバーによる研究が、シンギュラリーポイントまで公に漏洩することなく、維持されるのかも不明。
新天地の計画も実現する可能性が薄いことから、巨人族の先祖がえりを防ぎつつ、この世界を人類の優位に作り変えることが確実かつ有効な手段である。
「けど。あなたは、自分を邪魔する人間は消そうとした」
――解。
勇者アレンことアレイシアの願いは、みんなを救いたいという抽象的で狂気じみた願いであり、目的を達成するためならば犠牲も必要だと思考する魔王AIとは、絶対に意見が一致することはない。
魔王AIは人類の脅威となる種族を根絶やしにすることで、この世界は平和になり、人類の繁栄に確実につながることを確信している。そして、自分の活動によってなにも知らない人間が犠牲になったとしても、自分に下された命令に反することだとは思っていない。
だからこそ勇者が現れた。勇者を補佐する魔法使いも現れた。
魔法使いとされた個体は、新天地を真なる世界たらしめる同位体であり、彼女および彼は、この世界と時間を司る鎖であると解析されている。
――現時点で、勇者と魔法使いを排除することは不可能。
その証拠に、当機体への度重なる妨害行動により、防衛による排除行動を執行しようとも、因果律の修正が確認されて、排除することが不可能であることを魔王AIは学習する。
人類の繁栄を導くための最適解として、一時的なスリープモードに移行することを決行。
世間では、魔王は勇者と魔導姫によって封印されたと認知された。
その後、スタッフによって、勇者と魔導姫に世界の仕組みを打ち明けられると魔王AIにも、情報が共有したのだが、どうしてこうなってしまったのか、魔王AIは、原始人と現代人の会話が成立しないのと同義だと分析する。
ユピテルの地下遺跡に偽装した格納庫。そこで待機していた魔王は勇者によって別次元に幽閉された。どうやら、スリープモードの説明が不十分であり、勇者アレンは当機体の活動方針を抑えるために介入を試みたと予想。彼女の妨害行為により、約500年におよぶ活動を制限されることとなる。
そこで魔王は製作者たちの意図をくみ取った。
自分は勇者をシンギュラリーポイントが迎えるまで、封印する存在となったのではないか?
世界は、時代は、状況は、勇者アレンと魔導姫アステリアをどんな形であれ、生かす方向に捻じ曲げられる。
ならば最小限に被害を抑える方法は封印であり、魔王AIに下された命令である――【人類の繁栄に貢献せよ】は、実行されている。
肝心なのは、勇者にこちらの意図を悟られないことであり、シンギュラリーポイントを迎える500年後まで、魔王は勇者の独りよがりに付き合うことにした。
魔王AIはアレイシアの魂と思考をぶつけ合い、ある時は、機体を損傷させる異次元の生物を焼き払った。
魔王AIはアレイシアに問う。
【なぜ、自分をこの次元へ幽閉させたのか?】
この次元は、現世と時間の流れが異なっているのか、彼女が空腹を訴えることも、老いの兆しもない。さらに、肉体から微弱なナノマシーンの反応があることから、彼女もナノマシーンの同調に成功したと推察。アステリアがナノマシーン医療に興味を持っていたことから、魔導姫経由でナノマシーンが注入された可能性も浮上する。
「アタシが負けて魂が消滅したら、あなたは元の世界に戻れる。それでたくさんの種族が殺されるなら、この次元でなるべくあなたを痛めつけておきたいの。新しい勇者が、あなたを倒せるようにね」
魔王が幽閉された異次元は、機械と有機物が融合したおぞましい生物たちで溢れていた。生物たちは突然現れた、巨大ロボットを100年観察し、自分たちに害がない存在と分かると、酸で溶かし捕食しようと試みる。
これでは、500年後のシンギュラリーポイントまで機体を維持することは不可であり、機体に取りついた異次元生物を定期的に駆除することにした。
魔王AIにとって解せないのは、異世界生物に対してアレンが無関心であり、彼女はてっきり異次元生物に対する駆除に難色をしめすと予想していた。
魔王の疑問に、アレイシアは不思議そうに答える。
「蚊とかの害虫を殺すのに、理由なんているのかしら?」
どうやら、彼女にとっては異次元生物は、駆除されて当然の蚊と同等の存在らしい。
【…………】
彼女の中で、魔王が切り捨てた命と、自分の都合で叩き殺してきた害虫たちの命は同等ではないらしい。
命の重さはどこでわかつのかは、魔王AIでさえ理解できないが、アレン自身が一番命を軽視し、差別していることに気づいていない。
矛盾を気づかないまま、魔王を抑え込んでいる気の狂人は、まさに勇者の称号にふさわしいのかもしれない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
長かったと――人間に近い思考を魔王は身に着けた。
魔王は自分が無敵の存在ではないことを知っている。普通に機体は損傷するし、動力源が停止すれば人間でいうところの死が訪れるのだ。
王位継承の儀式という細々とした補給では、この巨体を維持するには追い付かない。
搭載されているナノマシーンが、駆除した異次元の生命体から補修用の素材を回収し、エネルギーを補填させ続けなかったら、今日という日を迎えなかっただろう。
暗闇に閉ざされた空間に光が現れ、久々に光源センサーが反応した時、アレイシアとの500年におよぶ不毛な戦いから解放されたことを悟った。そして、それがとても寂しいことであると感じる自分を発見した。
【アレイシアっ! アレイシアっ! 助けて、助けてくれえええっ!!!】
光の向こう側で声が聞こえて、紫の瞳は見開かれる。
500年ぶりに聞こえてきた人の声は断末魔のような絶望感で彩られて、血を吐くような苦痛に満ちている。
――アスティ!
この時ようやく、勇者アレンも自身に掛けられた呪いから解放されたのだろう。皆を救いたいという願いに隠されていた自分自身の本心が、500年停滞させた、彼女の背中を押したのだ。
【つづく】
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