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【マルチ投稿】アステリアの鎖_第四十話【繰糸】

――数時間前。

 あぁ、世界が燃える。
 バルコニーから平和な街を一望していた男が、燃える町と人々の断末魔に耳を澄ませた。

 長身にガウンを纏った、金髪の青年の名はデオン・マクレガル。
 クロノス商会の創始者でもあり、エルフの血を引いている《《はず》》のデオンだ。

「……アポロニウスが死んだか」

 彼がぽつりと呟くと、まるで魔法が溶けたかのように彼の姿が変容する。長命種の特徴である、尖った長耳が枯れた花のようにしぼみはじめて、貝のような流麗なフォルムに変化し、太陽のような金髪は黒みがかった銀髪に、青い瞳が茶色に――特定の存在を犠牲にして、完全に別の存在へと偽装するスキル【影舞シャドーダンス】。人間であることを周囲に隠し、世界経済を暗躍していた男は、本来の姿に戻ったことアポロニウスが死んだで自分の辿る末路を察した。

「まぁ、いい。潮時さ」

 部下たちの報告から世界各国で武装蜂起が始まり、世界規模の大戦がはじまろうとしている――それが予想できるのは、彼が地球という場所で平和に暮らしていた、ただの人間であったことが大きい。

 デオンの世界では世界大戦が二回起き、三回目が起きるか起きないかのさなかで、異世界に召喚された。――否、あれは彼の認識では拉致監禁に等しい犯罪行為であり、神レベルの上位存在が絡んでいようとも許されることではないと考えている。

 無造作に、ただの物のように扱われて、グループの大半が人外共のエサとなって、自分たちのグループは亜神たちによって、おぞましい機械の一部にされた。聖杯・生命の樹・揺り籠――ファンタジーの皮を被った醜悪な後始末。その際に、凄まじい不可に耐えられるよう、デオンたちは天使によって肉体を改造され不老不死となった。

 オレの復讐は、ここで終わりか。

 風が吹き、デオンの銀髪をかき上げる。聖杯の一部となって聖胚せいはいとなった地獄を、数千年にも及ぶ地獄を、昨日のことのように思い出し、今日にいたるまでの出来事を彼は回想し始める。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 あの頃はまだ、仲間がいた。

 おぞましい奇跡によって復活した怪物どもは、自らを復活させた聖杯を食い破り、無限の飢餓を亜神に向けた。怖気づいた逃げた亜神の身体にしがみついて、逃げることに成功した人間たちは、復讐心と元の世界に帰ることを望み、強大な力を持つ亜神と天使たちに対抗する術を模索する。

 まだ希望があったのだ。化け物たちの襲われている人々を救い、ユピテルを興し、異世界に来る前職が官僚だったデオンは、ユピテルの内政に携わる傍らで、資金集めと人材を確保に奔走した。

 もちろん、人間のみだ。多種族も混血も認めない。この世界で虐げられているすべての人間たちを、元の世界を知っている自分たちは救うのだと、あの頃は理想に燃えていたのだ。

 だが状況は変わる。百年も行かないうちに、次元に干渉できるスキル持ちの力を借りて、元の世界へ帰還することが可能になった。当初は、理想的な流れのように思えた。

 自分たちが創ったスーパーロボットによって、この世界に復讐を果たし、元の世界に帰還という逃げ場を確保して、人間だけを救い、人間の存在に依存したこのデーロスを焼き払う算段だった。

「だめだ、どうやら私たちは、元の世界に帰ることができない。だが、死ぬ方法は見つけた。それは喜ぶべきことだ」

――冗談ではない。

 時間は勝手に流れていく。現実はいつも無情であり、運命はいつも自分たちを翻弄し嘲笑う。

 帰れない。

 聖胚となった自分たちは、不老不死の存在であった。しかし、元の世界へ帰還するため転移実験の際に、地球に生きて戻ることが不可能であることが判明したのだ。改造された肉体は、元の世界に入った瞬間に自壊した。転移先の場所は、キャンプ場が近くにある山であり、被験者となった男はやっと帰れる。と、涙を浮かべていたのに。

「一体、なにが起こったというのだ」

 帰還の願いが叶うことなく、被験者は次元の穴を通り抜け、地球の地を踏んだ瞬間、肉体がたちまち溶けだして、服も骨も残さず蒸発してしまった。

 自分たちは絶対的な不老不死ではない。
 叩きつけられた現実と絶望が、自分たちの結束に致命的なヒビを入れたのは間違いなかった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 その後、自分たちとは違う、デーロスに生活圏を持った人類種の二世代、三世代も投入したが、結果は変わらなかった。

 地球への帰還が叶わないことが判明して、派閥が大きく二つに割れた。

 スーパーロボット【ゼウス・エクス・マキーナ】を使い、復讐を果たすか。それとも果たさないか――である。

 復讐を辞めて、この世界で生きていこう。不老不死である自分たちの強みを生かして、人類の地位を向上させて、このデーロスを発展させていこうと理想的で前向きな、虫のいい意見にデオンは反発した。
 内省も資金も、デオンが主体となったからこそなしえたことであり、ただ故郷に戻れないことが判明したからと言って、復讐を果たさないなんて考えられなかった。

 派閥はさらに割れた。

 復讐をのぞむ過激派。
 現状維持の保守派。
 このデーロスを新しい故郷にしようと主張する穏健派。
 どちらにも属さない中立派である。

 穏健派たちの主張はユピテルという国を持ち、自分たちは居場所が出来た。これ以上、求めることは間違えじゃないか――という、デオンにとっての裏切りである。

 そもそも居場所が出来たのも、デオンの努力と労力の賜物であり、穏健派はデオンを納得させる誠実さと言葉を用いて、彼を説得するべきだったのだ。

 激怒したデオンは穏健派を粛清し、部下たちに命じて身体を作り替えた。そう、自分たちの悪夢の象徴たる聖杯の劣化版――異種族を無差別にかけ合わせる生殖機せいしょくきはこうして誕生したのだった。

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 次に保守派はデオンたちに「月への移住計画」を持ちかけた。
 中立派は、自分たちが平穏に生きることができる別次元を探し、新天地を目指すこと。さらには、元の世界で自壊する原因を突き止め、肉体を改造することを提案した。

 この世界デーロスは、どうなっても構わない――意見の一致にデオンは満足した。

 宇宙や航空技術について、自分たちには専門知識がない。
 だが、スキルと魔法と生きる意志が技術を底上げし、デオンに賛同する人外に迫害された人々も、また狂おしく勤勉に励んで、この世界から脱出しようと藻掻もがいて足掻あがいた。

 こうして初期のマキーナは、宇宙進出を目指して建造された。
 下手をすれば天使や亜神たちに察知されるため、マキーナは小型化されてロケットのように打ち出されたのだが。

「うわああああああああああああ」

 成層圏を抜けるタイミングで、見えない壁に阻まれてマキーナは大破した。
 無人機で探索している時は起きない現象だった。
 調査の結果、生体反応に反応して、成層圏に分厚いマナの壁が形成される仕組みだった。
 その後の実験で、人間も含めた人外たちも、デーロスから脱出できないことが判明した。

 新たな移住地候補として、地底と海底も持ち上がったが、一定の深度を過ぎると、マナの壁が形成されて進行が不可となる。

 難千何万の試行テストの結果――亜神が行動できない範囲は、世界が自動的に反応して、マナの壁が形成されることが判明――この世界は文字通り牢獄だった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 元の世界に帰還すれば、肉体が自壊する。自分たちを含めた人類が新天地を目指すには、このデーロスそのものが障害となる。残る手段は復讐を兼ねた侵略であり、人類によるこの世界の統一だった。

 しかし、人類による一斉蜂起は前回失敗しており、今回失敗した場合は、人類はさらなる辛酸を舐めることになる。

 亜神たちはもう聖杯を作ることができない。おおもとの素材となる無垢なる人間――デオンたちとは違った人体を改造されなかった人間を調達するには、種神に懇願するしかないのだ。

 確かに、デオンたちは接続機せつぞくきであったが、生命の樹とゆりかごの素材となった人間たちは、この世界に連れてこられて即座に作り変えられた。

 種神は言った。

『よろしい。だが、吾われの手を借りても尚、失敗すればこの世界は諦めろ。自らの手で幕を下ろせ』

 デオンたちを含めて接続機となった人間たちは、生命の樹の世話とゆりかごを作るために亜神たちと長い時間を過ごした。そこで知ったことや情報を、新たに洗い出して、彼らは自分たちの方針を定めていく。

 亜神たちには種神に自殺プログラムを仕込まれており、この世界が失敗だと判定が下ると、彼らはこの世界もろとも自殺するように設定されているのだ。(……その判定基準については、この時点ではまだわからなかった)

 人類がこの異世界を侵略するには、亜神と天使を倒す必要がある。
 さらに加えるならば、人類が再び反旗をひるがえしたことを、察知されないように、慎重にすすめなければならない。

 彼らはマキーナをスーパーロボットに改修しつつ、亜神を打倒する術を探すことになり、その過程で上位世界の観測に成功した。
 この世界が亜神の味方であるのなら、この世界の法則が通用しない別次元に亜神を引きずり込めば、自分たちに勝機があると考えたのだ。

 元の世界に戻るための次元干渉装置と、さらに次元に干渉するスキル持ちたちが研究を進めていくうちに、彼らはこの世界の構造に気づき、自らの瞳を改造した。普通の人間が上位世界に足を踏み入れたら、一瞬で脳が蒸発して死亡したからだ。聖胚となった人間でも例外なくだった。

宝石眼ほうせきがん】――それは、宝石のように緑に輝く美しい瞳ではあるが、その瞳でなければ、上位世界を探索することが叶わない。
 眼の改造に耐えられる、わずかな人間が上位世界の探索することになり、彼らは100年の探索で上位世界に存在する、亜神族の根幹に触れることに成功。本来ならばさらに100年以上かけて、亜神の存在を紐解き、上位世界の探索を進めて、人類全体の幸福を追求するべきだったのだが、デオンの方針に反発する者が現れて、気づいた時には再び、めんどうな派閥が形成されていた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 彼らは義憤に震えていた。
 この異世界で人類は虐げられ、奴隷の如く酷使され、搾取されている。
 自分たちがユピテルという安全な場所にいることでの、いたたまれなさや罪悪感もあったのだろう。化け物に虐げられている人々を救いたい、そんな気持ちもあったのかもしれない。

 彼らは指摘する。
 聖胚となったアナタガタは、不老不死の存在であるが、普通の人間は100年も生きることができない。不老不死の強みを生かして、異世界を侵略するために時間をかけるのは分かるが、それは人間の発想ではない。

 彼らの主張にデオンは動揺する。
 復讐を追い求める欲求と、自身のアイデンティティが揺らぎ始める。
 自分は人間であると自認しているからこそ、デオンは人々をまとめ上げてリーダーとなり、ユピテルの王にもなり、様々な想いを背負ってここまで来た。

 デオンの亀裂を広げるかのように、彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。彼らは訴える。

――そして、ついに、魔王が誕生した。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 上位世界で発見した、亜神の情報は真っ白な巨岩だった。だが一枚岩ではなく、幾層の岩板が寄り集まって構成されている、鉱石の集合体でもあった。それは亜神は完全な存在ではない証左であり、人類サイドに勝機がある証拠。

 宝石眼キュプロクスと命名された上位世界の探索チームは、上位世界に意識をとどめたまま、無垢なる巨岩を解析して、膨大なプロテクトを突破する。彼らのもたらされた情報は、亜神族すら気づいていない亜神たちの情報であり、復讐以外の道を見つけるための希望の光であった。

 亜神はこの異世界の土を種神がこねて作った土人形であり、【通常】の生殖活動で増えることはない。だが、亜神を亜神たらしめる要素を損なう場合、彼らの存在定義が揺らいで退化する。退化した場合は、この世界を巻き込んだ自殺衝動がただの破壊衝動に留まる程度になり、天使たちも亜神の存在に引っ張られて、神も天使もこの世界からいなくなるのだ。

 種神は亜神を愛している。憎いんでいる。蹂躙して永遠に苦しめたいと思っている。種神の意に沿う形であるのなら、世界を味方にしている亜神であっても、運命がその流れを逆転させるであろう。

 この世界は元々、魔力の水面とであるマナの乏しい時空に存在している。
 ゆえに生み出された者は、病的な飢餓に苛まれているのだ。
 亜神は種神が自ら造ったことで、病的な飢餓から免れていることを知らない。彼らの使命は、種神からさずかった知識を、デーロスから発生した生物たちに伝道して、この世界を発展させることである。

 自分たちはこの世界の指導者――そのおごりがあるからこそ、亜神たちは気づかない。この世界の慢性的な飢餓を解決させて、この世界を安定させる方法を彼らは気づくことはない。

 この世界は、初めから亜神たちを絶望させて、滅びるようにデザインされている。悲鳴と苦痛に彩られた退廃をきわめた牢獄こそが、この世界を生み出した種神の望む姿である。

 自分の意思とは関係なく、連れてこられた人間にはたまったものではない。

 初めから
 狂っていて、
 壊れていて、
 終わっている世界。

 キュプロクスたちにもたらされた情報は、デオンたちを含めた人間たちの憤懣と士気をあげるのに充分であり、侵略と復讐を躊躇う理由を徐々に薄れさせていった。

 魔王こと――スーパーロボット【ゼウス・エクス・マキーナ】の開発は不気味なほど順調であり、復讐の光に目がくらんだ人間たちは、自分たちがどのような道を歩いているのか気づかない。

【つづく】

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