見出し画像

【マルチ投稿】アステリアの鎖_第四十八話【迎去】

 ここから、自分たちの知っている歴史とは、だいぶ違う話になってくる。

 ナノマシーンの力を借りて復活したアステリアだが、愛する者を救うには至らず、復讐をたくらみ暗躍することになる。

 元の魔力を取り戻すために、200年。
 己の望む第三魔法を習得するために、300年。

 人としての寿命を外れたアステリアは、誰にも気取られることなく、長い長い時間をかけて復讐を果たそうとした。

 そこで邂逅したのが、魔導王国オルテュギアーの姫――ティアことクラウディア・ヴィレ・オルテュギアー。

 最初の時間軸での彼女は二人の姉は存在せず、事故でマナ神経肝じかを負傷したがゆえに、魔法が使えなくなっていた。

 魔導王国を標榜している国家に、魔法を使えない出来損ないは、存在してはいけない。例え事故であってもユニークスキルを発現させたとしてもだ。

 ティアのユニークスキル【月の女神トリウィアの手】は、相手の魔力に干渉するスキルであり、魔法を使えない人間ができそこないが、魔法を使える人間の魔力に干渉して、魔法や魔導を行使するのだ。

 そんな盗人まがいなスキルを、魔導王国の人間たちが容認するわけがない。しかも、この時間軸でのティアは、留学して国外へ逃がしてくれる父がいないのだ。

 彼女は王位継承権を奪われて、北の離宮に半幽閉された。
 だれもティアに同情することなく、オルテの王室はユピテル側が選んだ人間を養子に迎えることを決定する。

『そんなこと、ゆるさない』

 それが、次期女王として教育を受けてきたティアの矜持を傷つけた。
 彼女は自身の窮地を打開するために、離宮を脱走し、マナ神経肝じかの治療法を求めて世界を彷徨うことになる。
 道半ばで倒れることになろうとも、なにも行動を起こすことなく飼い殺しになるなんて、ティアには耐えられなかったのだ。

「なんだか、オレたちの知っている殿下に、多少プライドを高くした感じかね」

 痛ましい表情を作りプルートスが言う。

「あとこっちの姫様は眼鏡をかけていないですね。髪も腰まで伸ばしていますし、純血の人間種の影響でしょうか、発育が良いですね」

 と、ファウストも感想を述べた。

「よかった、お前、ちゃんと男だったんだな」
「なんですか、失礼ですね」

 二人の男の横で、ティアの大冒険がダイジェストで上映された。
 時に裏切りと欺瞞の中を進み……。
 時に迫害に心折れそうになりながらも……。

 裏切れらることを恐れて、仲間を作らずに、一人旅を続けたことが彼女の首を締めることになる。

 ある日『イシュタル大陸の南島に、いかなる病を治す奇跡の医者がいる』という噂が流れた。
 いかにも眉唾な噂であるが、旅の行き詰まりを感じていたティアにとっては朗報だった。
 もしそこに誰かがいたら、あまりにものタイミングの良さから、ティアに対して苦言を呈しただろう。
 友人がいたら、治るかもしれないと喜びを共有しつつも、冷静になれといさめられていたかもしれない。
 仲間がいたら、万年紛争地帯の大陸に近いから、すぐ行動を起こすことはお勧めしないと忠告が飛んだ。

 ここが最初の時間軸のティアの運命を大きく変えてしまった。
 ただ一人、自身のマナ神経肝じかを治療する旅に疲れ始めていたティアは、藁にも縋る思いで奇跡の医者の元を訪ることにいた。

 熟考する余裕もなく、都合の良い光の前で紫の瞳は濁り、地獄に垂らされた蜘蛛の糸に救いを見出す亡者の心情だった。

 噂の元、糸を吐いた蜘蛛が――魔導姫 アステリアだと知らずに。

 この世界のアレイシアは、黒髪と赤い瞳を持っている。
 だからこそ、噂を信じて奇跡の医者がいる診療を訪れたティアは悲惨な運命を辿った。

 自分たちの属する時間軸のアステリアは、ティアに対して勇者アレンの面影があったからこそ、譲歩し、戯れ、甘えを許し、選択肢を与え、油断も隙も与え、魔導姫なりの寛大さでティアを自分の計画へ組み込もうとした。

 だが、この時間軸では違う。
 情け容赦なく、ティアの身体は増幅器として改造されて、運命神ノルン三翼さんよくが発動した。

 増幅装置として改造されたティアは、自分がとんでもないことの一端を担ってしまったことに気づいた。
 アステリアと繋がっているからこそ、彼女の正体が世界を救った英雄――【魔導姫 アステリア】であり、彼女が自分を使って過去を改変しようとする現実が衝撃でもあった。

「な……っ、に」

 復讐と過去改変にこだわるがゆえに、アステリアには大きな見落としがあった。

「グ……あぁっ」

 ティアは自分がこれから死ぬのが分かりきっていた。
 王族として、女王として教育された彼女は、この旅に出る前にひとつの決意とケジメを己の中に落とし込んでいた。
 王位継承権を失ったとはいえ、自分の失態が自国の失墜へつながる事態となるのを防ぐために。

「おまえ、こんなジョウタイで、ユニー、く、すきるを……」

 ユニークスキル【月の女神トリウィアの手】の力がなければ、アステリアは過去改変できない。最低限の条件がティアの生存であり、彼女の頭部には一切手を加えていなかった。
 アステリアと強制的につながっていたティアは、その繋がりを利用して【月の女神トリウィアの手】を発動させたまま、自らの奥歯に仕込んだ毒を思いっきりかみ砕く。

――ガリッ!

「……あぁっ」

 その場に残ったのは、ティアの頭部と意味不明な残骸。
 この時間軸では、勇者アレンが死んでいるからこそ、魔導姫は過去改変を本気で考えており、過去改変も復讐の内に入るからこそ、ティアに対して残酷に振舞えた。

 だが、その結果が勇者アレンの魂に、未来から来たティアの魂が混ざるというパラドックスの発生である。

 アステリアのアレイシアに対する執着と過去改変への願いが、この時、命を落としたティアの魂を過去へと飛ばし、勇者アレンの魂と混じり合った。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「これが始まりの時間軸であり、この上位世界が生まれたキッカケでもある」

 ジンが言う。

「そして、僕たちが属している時間軸を、一応は、第二時間軸と名付けよう」

 ジンの言葉と共に空間の色が失せて、一面にまばゆい光を放つ粒子が、潮の満ち引きのようにキラキラと押し寄せてくる。

「勇者アレンが死亡した。これは本来の歴史であるのだが、アステリアが結果的に過去改変に成功したことで、第二時間軸が生まれて、種神の玩具となり、無限ループを繰り返すことになった。しかも、ややこしてくて複雑で、過去と未来の前後の矛盾が生じても誰も気づかない上に、世界が崩壊しないように、この上位世界から情報を取得して補強している。……そして、最悪なことに第二時間軸は種神に飽きられてしまった」

 あぁ。と、ジンは翠色の瞳を伏せる。

「僕は一度、第一世界を過去改変すれば、パラドックスが解消されて無限ループから解放されると思ったんだが、試みは失敗した。第一世界には僕の魂に同調できる器がなかったうえに、あの世界は世界として完成されていたんだ。過去から未来にかけて、無数の分岐を繰り返して……まぁ、それが本来の世界の在り方なのだろうけど……」

 キラキラと粒子が舞う神秘的な空間に影が差した。
 自分たちの足元が夜空のような空間に変化して、そこで少女たちが死闘を繰り広げている。

「これは、もしかして殿下か!」
「まさか、先祖返り……いや、だとするなら形態があまりにも」

 ティアの背に生えている黒い翼。ショートカットがロングヘアーに伸びて、毛先に近づくにつれてマンダリンオレンジの色が金色に近くなる。エルフのような耳に、腰から伸びる海洋生物の触手と、纏うドレスが黒炎のように不規則に動いて、なんとも歪なデザインだ。
 それに彼女の連れている、二頭の怪物は……。

――考えるのはよそう。

 ティアたちはファウストの存在に気づくことなく、魔導姫の攻撃と勇者、さらに魔王マキーナの砲撃をしのいでみせた。
 ティアは諦めていないのだ。可能性を信じて、膝を屈するようなことをしない。

「この時間軸の姫様は、魔族として覚醒した。この戦いが行きついた先で未来が確定されたら、この時間軸はループする……だが、過去がどこまで遡るのかは、じつは僕にもわかってない」

 ジンは心のままに語る。
 期待も不安も一緒くたにして、自分の役割を必死に果たそうとする。

「だからこそ、介入するなら今なんだ。無限ループを止めることができるんだ、だが一番の問題がある」
「種神か?」

 悔し気に顔を歪めるジンにプルートスが問いかける。

「この第二世界の無限ループは、種神の愉悦で成り立っている。だが、飽きてしまったことで、外部からの生命体を呼び寄せたり、上位世界に君たち招き入れたり、いろいろテコ入れしているんだ。もし、自分に置き換えたとしよう。自分のお気に入りだったオモチャを、さらに面白くしようとして魔改造しようとした。だけど、その結果、思ったよりも詰まらなくなったとしたら……君たちならどうする?」
「捨てるかな」
「うーん、俺だったら愛着があるから捨てることはないだろうけど、手元におくのもイラつきそうだから、もらってくれるヤツを探すかな。それで、そいつがそのおもちゃを壊そうが、捨てようが、自分がしたことじゃねぇから、酒もまずくならないし、重たい気持ちを引きずったまま布団に入ることもねぇ」

 つまり、種神が満足しなければ、ロクな結末にならないのだ。

「だが、話を聞いた限りは、お前さんは種神の意に沿えるかもしれない――最適解を見つけたんだろう?」

 プルートスの指摘を受けて、ジンは気まずそうに黙り込む。プルートスの青灰の瞳から逃れるように顔を俯かせると、周囲が再び、滝口近くの河原に景色が戻った。

「僕たちは、ずっとずっと帰りたかったんだ。地球に、東京に、千年以上も生きていたけど、ううん、千年以上も生きていたせいで、家族の安否や友達のこと、見たかったマンガやアニメの続き、いろいろでいろいろな未練が溶けない雪のように積もり積もって、僕は自分から正しいことをできなくなってしまった」

 滝から落ちていく世界は悲鳴をあげてる。
 ナマズの尻尾を生やした老婆の姿だ。老婆の姿の世界は、いったいどのようなルートをたどってこの姿に落ち着いたのか分からない。
 世界は内包する可能性によって、姿と在り方を変えて、抗えない滅びに流されて墜落する。
 豊かで、狂っていて、滑稽で、病的で、救いようがないのに、それでも自分たちが世界を見捨てることが出来ないのは、このデーロスに住まう者だからだろうか。それとも、自分を憐れんでいるからだろうか。両方か。
 
「どうか、僕に決心させてくれ。地球への帰還を諦めさせてくれ。僕はもう耐えられないんだ」

 ジンの懇願する声は、まるで血を吐くような痛みと切実さがあった。希望を糧に、自分の心を何度も何度も削って、なんども立て直して立て直して、複雑骨折レベルで心を折っていたとしても、ジンは諦めることもできないのだ。だからこそ、自分で自分の望みを壊さなければならない立場に絶望している。

 心の支えを、自分の手で壊さなければ、前に進むことが出来ない。
 ならばできることは、グダグダの先延ばしか、自ら命を絶つしかない……のだが、この上位世界で自殺はできるのだろうかと、ファウストは考える。

 プルートスはチラリとジンの様子を盗み見て、大きなため息をついた。

「どうして、お前さんたちは結論をすぐに出そうとするのかねぇ」
 
 プルートスは腰に手を当てて、ため息交じりに言葉を紡いでいく。
 ゆっくりとした足取りでファウストたちのそばに歩み寄ると、二人の顔を交互に眺めながら言葉を続ける。

「そう言うのは、やってみてから考えろよ! 想像は結局、現実に影響を与えないんだ! 想像力を働かせるだけで、なにかをした気になっているんじゃねっ! やれるもんならやってみるんだ!」
「――っ!」

 手厳しい言葉だが、プルートスの言葉はジンの心に届いたようだ。
 顔を上げて目をつぶり「ごめん」と呟いたジンは、寂しそうに笑っていた。

【つづく】

#小説
#連載小説
#ダークファンタジー
#ダークファンタジー小説
#オリジナル連載小説

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?