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【マルチ投稿】アステリアの鎖_第四十七話【救才】

 触れた瞬間に、自分の中に溢れそうになった感覚は、全能感に近いものだった。そして絶対的に背負いたくない、絶望的な負の感情に満ちていた。
 くせ毛の子供に触れた景色は、魔王マキーナによって、極限まで世界中のマナを吸い取られて枯渇した未来だった。

 終わらない蹂躙劇の中で奮闘するティアは、異形たちの軍勢を連れて応戦するも、魔王の現れた次元の穴から、わらわらと異次元生物が現世へと侵食し始めて、そこに暗黒種クトゥルフしゅたちも参戦するという地獄絵図。暗黒種たちはティアに味方をする者もいれば、異次元生物を捕食しつつも、魔王に加勢する者もいた。

 秩序が崩壊した【未来の世界】
 結末は呆気なく、魔王マキーナが自爆して世界が滅んだ。
 おそらく取り込んだマナの過負荷によるオーバーロードで、機体が持たなかったのだ。

 ファウストはふらついて、川から離れて座り込んだ。まるで質の悪い酒を飲んだ後のように、頭がうまく働かずに、あるはずのない肉体は、そのまま横で眠りたいと訴えている。

「休憩がてら話を聞け」

 部下の疲労を見て取ったプルートスは、そばの岩に座り込み、膝に肘をつけて両手を組んで口元に当てた。

「お前がここに来る前に、俺はここで、この現象について検証したんだ」

 そう言って、プルートスは首だけ動かして、また滝へと視線を向ける。
 厳しい面持ちの捜査官の顔で、現状の理不尽に憤りを隠すことなく、部下に情報を開示する。

「まったくもって、クソッタレだ。滝から落ちる時の姿は、500通りあった。ソイツラに触れて見えたのは、未来の光景であり、この様子だと【この世界は最低でも500回】滅んでいる。だが、500回過ぎれば、また一巡さ。お前が腕を掴んだ子供は、あと499回、落ちるヤツを見届ければ再び姿を現すだろう」
「……世界は、このデーロスは、どう足掻いても滅びるのですか?」
「滅びるな」

 短い言葉で肯定する上司は、頭をガシガッシ掻いた。

「だけど、お前も俺も諦めが悪いからここにいる。そうだろう?」
「はい」

 何度も何度も、世界は滝から落ちている。
 姿や有様が毎回違うのは、滅ぶ過程が異なるからだろうか。
 未来は無限に広がっている筈のなのに、500回、500通りの袋小路に自分たちは閉じ込められている。

 どうすれば、この質が悪い無限ループから抜け出すことが出来るのだろうか。

「あっ、あぁ……」

 後ろから声が聞こえてきて、ファウストとプルートスはぎょっとした表情で振り返った。

 振り返った先にいたのは、学者風の男だった。ひどくやせ細っており、よろよろと二人に近づいてくる足取りは、死にかけの病人に近い。

「おい、大丈夫か。しっかりしろ」

 プルートスが慌てて駆け寄ると、男の顔に生気が灯った。白い顔に血色が通い、分厚いメガネの奥にある翠色すいしょくの瞳に、ファウストは息を呑む。

「騒がしいと思ったら、そうか、助けが来たのかぁ。よかった、長かった! 長かったよぉ」

 感極まって泣き出す男に、プルートスはためらうことなく男を抱きしめて背中をぽんぽんと叩いた。
 そういう場面で躊躇いがないところも、プルートスが尊敬を集めている所以ゆえんであるのだろう。

 男は嗚咽を漏らしながらも、途切れ途切れに語りだした。
 彼は『ジン』と名乗り、他の仲間たちは上位世界に完全に取り込まれてしまったこと、自分もこの世界に引っ張られて帰還するのが困難な状況であり、助けが来ることを信じてずっと待っていた――と、切々に語って訴える。

「あぁ、だけど、すまない」

 プルートスから体を離したジンは、メガネをかけ直して二人を見る。
 すっかり諦めがついた顔には、青白い死相と黄金に光る瞳があった。

「あなたの情報を読み取らせてもらったよ。そうか、とうとうシンギュラリーポイントまで世界は到達したのか」

 ジンの視線の先には、滝から落下している『世界』の姿があった。

「そのシンギュラリーポイントってのは何なんだ?」

 プルートスの問いかけに答えず、次にジンは、不思議なものをみるようにファウストの顔を見た。自分と同じ翠色の瞳を持つ存在に見つめられて、ファウストはどこか居心地が悪い気分になり「なにか?」と、問いかけることで気持ちを取り繕うとする。

「あぁ、いや。懐かしいと思ったんだ。プロジェクトは途絶えたけど、こうやって血筋として残っていったんだなって。つまり、これはボクたちの生きた証だと思いたいのは傲慢かな?」

 ジンは懐かしそうに語りながら耳たぶを揉む。どうやら、彼のクセらしい。

「シンギュラリーポイントは、この無限ループを発生させている原因になった期間のことを指していて、500通りのルートのうち、どれか一つが確定したら、シンギュラリーポイント地点へ時間が巻き戻るようになっている。なんて言うか、仕組みが砂時計に近いかな」
「砂時計、ですか?」

 あまりにもスケールの大きな話なのに、身近なものに例えられてファウストは当惑してしまった。

「そうだ。シンギュラリーポイントが砂時計のちょうどくびれている部分で、未来のルートが確定した瞬間に砂時計は逆さまになる」

 ジンは真面目な顔で人差し指と中指をくっつけると、そのまま何かを掴んだように手を動かして、下に叩きつけるような動作をした。どうやら砂時計をジェスチャーであらわしているらしい。

「君たちがこの世界を、どう捉えているのか分からないけど」と、ジンは慎重に前置きした。

「このデーロスは、種神に呪われている。いや、蛇蝎のごとく嫌われていると言っても過言ではない。だが、ある法則が適用されて、君たちがこの世界に現われて、僕と合流し、それ以前に暗黒種という外宇宙の存在が介入してくるのがわかった。これはきざしだよ」
「兆し?」

 まるで長い孤独の時間を癒すかのように、饒舌に持論を語るジンは得意げに口の端を持ち上げる。

「種神は【飽きた】んだよ」
「「はぁっ」」

 あんまりなジンの結論に、ファウストのプルートスの声がユニゾンした。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「そう、そうさ【飽きた】んだ。もしかしたら、亜神を憎悪することも虐待することも。だから、変化を求めている。種神の願いが叶えば、世界は無限ループから解放される。」
「なぜだ? 種神はこの世界を造って、亜神は種神が自ら土をこねて創り出したのだろう。我が子同然の存在に対して、どうしてそんな仕打ちが出来るんだ?」

 ファウストの青い言葉にプルートスは息を吐く。
 勝利の為ならば、幼子爆弾を平気で作る父親のユリウスとは対照的だ。だからこそプルートスはこれまで、ファウストとユリウスを混同させずに済んだ。

「我が子って認識じゃないんだろうな。どちらかというと、種神にとっての亜神やこの世界は、目的を達成させるための道具だろうよ。むかつく相手代りのサンドバッグみたいなもんだ。ただそのサンドバッグが生きていただけさ」

 プルートスはうんうんと頷いて答える。

「そういうことだ。そこで、この無限ループから解放されるには、外の存在――暗黒種の血を引くお姫様の存在が重要になる」

 プルートスの情報を読み取っていたジンは、耳たぶを揉みながら口走った。

「彼女こそ、生命の樹の上位互換的存在。恐らく、デーロスの外に出ても生存できる上に、デオンが世界中にばらまいている毒すらも、彼女に対しては機能しないだろう。あぁ、そうなると暗黒種自体が、毒が効かないのかぁ。もっと、早く。それこそ、マキーナの初号機あたりで暗黒種とコンタクトが取れたら、どんなによかっただろうか」

 地球に帰るために、ジンたちやデオンはデーロスに住まう人外たちも地球に送り込んだ。深海に、宇宙に、この世界から抜け出す突破口がないか、生体実験を繰り返してきた。

 そして、どれも徒労に終わった。
 エルフもドワーフもドラゴンもゴブリンも、地球に送り込んだ途端に自壊した。深海や宇宙の時も、人間たちと同じ末路を辿った。
 
 自分たちが創った新世界仮予定地は、もともと亜神たちがその巨体を収納させるためにつくりだした別次元をベースに、複数の次元を繋ぎ合わせて造った不安定なモノ――自分たちはそこに人間専用のドアを作って、内側に特別なカギをかけたに過ぎない。
 牢獄の中で、こっそり造った安全地帯。
 そういう意味では、自分たちはデーロスに囚われ続けている。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 暗黒種という、このデーロスにも宇宙にも自由に行き来できる存在を、早い段階で知ることが出来れば、自分たちは不毛な争いで分裂することはなかった。……そう思うのは、甘いだろうか?

「僕が提唱する方法は、とても外道な手段。種神の望みが叶い、僕や人類側の希望も叶え、もしかしたら今、奮闘しているだろうお姫様にも得があるかもしれない」

 最後の辺りで、ジンは断言を避けた。
 自分が読み取った情報は、プルートスとファウストの二人に限定されており、末姫ことクラウディア・ヴィレ・オルテュギアーの本質を知るすべがなかったからだ。

 彼女こそ、デーロスに、この世界に残った最後の希望だと直感しているが、それが良い結果につながるかどうか分からない。悪い方向に転がるかもしれないが、ジンや仲間たちにとっての最悪は、デーロスにいる人類と人類種の絶滅であり、デオン仲間がまだ向こうで生きているのであれば、ジンは心が折れても、希望を捨てることが許されないのだ。

――キュプクロスの仲間に託された、この命だから。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「成功するための最低条件は、マキーナの存在。アステリアとアレンの生存が重要になる。そして、失敗したら世界は滅んで、僕たちの記憶もリセットされてやり直しさ。そう考えると、今の僕たちははたして何週目なんだろね」

 おどけたように言うジンの目は笑っていない。滝口に近づくごとに腐臭を放つ汚濁の川は、世界を何度も滝つぼへと突き落として、破壊と再生を繰り返す。

「助けて」

 世界は助けを求めていた。

「許して」

 世界は許しを請うていた。

「これで楽になる」

 世界は終わりを望んでいた。

「いやだ。生きたい」

 世界は終わりを拒絶した。

「みんな、みんな、死んでしまえ」

 世界はすべてを呪っていた。

「君たちに見せたいものがある。僕たちキュプクロスが現世に持ち帰りたかった発見――無限ループの根幹をっ!」

 ジンが声を張り上げると、景色が変わった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 巨大な深紅の鋼の巨人――スーパーロボット【デウス・エクス・マキ―ナ】と対峙している二人の少女。

『アスティ! いくわよ!』
『あぁ、アレイシア。今日こそ決着をつけよう』

 アステリアが杖を掲げて、勇者アレンが剣を振るう。
 発動するのは、アレンのスキル【次元刀】。
 二人は魔王の動力部に入り込み、内部から執拗に攻撃を繰り返した。

【次元刀】の恐ろしい所は、アレンの望んだところに空間同士をつなげてしまう所だ。のぞめば彼女の望む場所へも移動可能であり、魔王が機械人形だと見破ったアレンは、アステリアの知識を借りて、動力部へ正確に直接的に侵入を果たすことができた。

 二人を襲うのはナノマシーンという、彼女たちにとっては未知の技術。アステリアは即座に、魔力で練ったシールドを張って防御に徹し、アステリアの加護のもとで、アレイシアはロボットの内部を切り刻む。
 火花と爆風が舞い上がり、空間が赤く点滅し、耳障りなサイレンが内部空間に響く中、500年間――世界を蹂躙していたはずの魔王はあっさりと打ち倒された。

――が。

「誰だ。この少女はっ!」

 ファウストは声を上げてしまい、プルートスは顔をしかめる。

 勇者アレンとして、魔導姫 アステリアとともに魔王と戦った【次元刀】の使い手。
 彼女はマンダリンオレンジの髪と紫の瞳を持っていたされている。

 だが、自分たちが目にしている始まりの時間軸での勇者アレンは、《《長い黒髪と赤い瞳を持った少女だった》》。

「彼女こそ、クラウディア・ヴィレ・オルテュギアーの魂が混じる前――つまり、本来の勇者アレンだ」

 ジンの説明を聞いて、ファウストとプルートスは絶句する。

 場面がさらに変わる。
 血まみれで動かなくなったアレンと、泣き崩れるアステリアだ。
 黒装束の集団に取り囲まれた少女たち。
 二人は魔王ではなく、正体不明の集団に襲われて命を落とした。

「その集団は、ユピテルの放った刺客だろうね。この時点の時間軸では、【上位世界なんて存在しなかった】から、脅威とみなされて二人は消されたんだ。だけど、想定外のことが起きた」

 二人の死体は地中深くに埋められて、彼らはこれで終わったと思い込んでいた。埋められて数分後、アステリアの死体に青い電流が走り、彼女がナノマシーンの力に蘇ったとは、彼らも予想できなかっただろう。
 魔王の内部で攻防した際に、アステリアはナノマシーンという未知の技術に興味を持ち、持ち帰ったナノマシーンを、独自の研究で使えるようにしたのだ。

【つづく】

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