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【マルチ投稿】アステリアの鎖_第五十話【未覚】

「たぶん、僕たちはこの世界で生まれたわけじゃないから、君たちのように種神に対して、絶対的な畏怖を覚えないし思考停止することもない……だから、まぁ、疑問に思うんだ。種神の《《本来の姿は、どんなものだったのかって》》」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

――作戦決行。

「マキーナ! 準備は良い?」

 魔王デウス・エクス・マキーナに搭乗する、アレイシアとアステリア。ティアは二頭の【獣】を引き連れてデオンと対峙する。

「やぁ、レオナールのことは残念だったね。こんな状態だから、大したもてなしが出来ないことを許してほしい」

 デオンの口から二番目の姉の名前が出るが、ティアは動揺しない。もうそんな些細なことで、彼女の心が揺らぐことなどありえないのだから。

「いいえ、気にしておりませんわ。むしろクロノス商会の創始者でもあり、我が祖国の初代国王とお会いできて光栄でございます」

 すらすらと心にもないことを口にする唇には、うっすらと冷たい笑みが浮かんでいる。

「どこから侵入したのかは、この際気にしていないさ。どうせ、ファンタジーの何でもありの世界さ。そんなうんざりした世界も、もうすぐ終わる」

 デオンの言い回しには、諦めと嫌悪がにじみ出ていた。彼がここまで生きてこれたのは、意固地という――人間にしか理解できない気持ちであるだろう。

「……あなたのお友達が上位世界にいたわ。あなたの力が必要だって」
「……嘘だ」

 反射的に口走る言葉に、デオン自身が動揺する。久しぶりに心臓が脈打ち、息を吹き返すような感覚に己の中がぞわぞわした。
 ティアは手短に、これまでのことを説明するとデオンは、泣き笑いに近い表情になり「あぁ」っと、唸るような声を漏らす。

「そうか、ジンが。こっちは、約束を果たしていないというのに」
「そう考えるのは早計ではないでしょうか? 生きていれば、いくらでも約束は果たせます」

 それはプルートスの考えでもあるのだが、言葉を借りてみてティアは思う――自分たちはこんなにも弱い存在だからこそ、強く前へと押し出してくれる言葉に、勇気づけられるのだと。

「なるほど、そうだな」

 顔を上げるデオンの表情には、動揺の色も諦めの影もない。

「ならば行こう、【墓場オリーブ園】へ。もし、君の言っていることが本当であるのならば、この世界は救われる」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「唸れ! 【次元刀じげんとう】――)白光千波リュミエール・ブランシュ・ミル・ヴァーグっ!!!」

 アレイシアの叫びと同時に、振り上がるマキーナの刀身は白く輝き始めた。 繰り出される一撃は現実。
 二撃目は空間。
 三撃目は時空。

 アレイシアのスキル【次元刀じげんとう】は、彼女の望む場所ならば、未踏の地であっても彼女を目的地へ導くことが出来る。

――例え、それが神の領域でも。

 ティアを経由してジンの話を聞いたことにより、彼女は神の領域へ足を踏み入れる片道切符を手に入れた。だが、人間一人ではパワー不足であり、魔王のパワーとアステリアの魔力が彼女のスキルを、目的地へと押し上げる。

「……っ!」

 一直線に次元の壁を切り裂き、疾駆していく魔王は、おぞましいフォルムの巨大な怪物に対峙した。女性器と男性器をかけ合わせた、グロテスクなフォルムにアステリアとアレイシアは発狂寸前となるが、ロボットである魔王は下された命令と、自分にしかできないことを遂行する。

……】

 一直線へ自分へと向かう機械人形に、種神が初めて反応した。下半身の触手をくねらせ機体を捕えようとするが、機体は身を捻って回避し、種神の神体を刺し貫いた。

【吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾吾ッ!!!】

 種神が悲鳴をあげた。痛みの悲鳴ではなく、怨嗟の悲鳴でもなく、歓喜の、ようやく開放された安堵の悲鳴だった。

 種神の巨体を貫いた魔王は、ボロボロと朽ち果てて、その破片を種神の触手が拾い集めていく。すでに取り込んだ二人も吸収されて、因果に引っ張られるかのように、世界中に散っていたアステリアの複数体が、次々と種神の中へ入って行った。
 それはまるでグロテスクな化物の身体に、流れ星が次々と飛び込んでいくような光景であり、流れ星が入り込むたびに邪神は蠢動して【自分の欠けた部分が補完されていく】感覚に酔った。

【これで、ようやく、アタシたちは結ばれたのでアスティ】

 種神の中で勇者の呟きが響き、種神は新しく再生された【口】で歌を歌う。種神にもたらされた概念――異次元同位体アステリア99号――劣化した種神であるが、彼女こそ種神が失い、損なっていた部分を生まれ持っていた、完璧で皮肉に満ちた神に近い存在であり、過去と未来の二つの魂を持つアレイシアが種神に時間の概念を与え、異形の怪物を機体の補修に充てていた魔王の巨体が、神に新たな肉体を与える。

――あぁ、救わなければ。

 神に浸透するのは呪い。二つの次元をつぎはぎして、人類が移住を試みようとした新天地が、神の再生された脳裡に浮かび上がる。その地面にはイヴが眠っており、アダムたちを待っている。

――の地に祝福を。
――彼の地に未来を。

 ただの土地を世界たらしめる異次元同位体――すなわち、神。
 種神ではなく普通の神となった存在は、自分の中に残っている未練のままに祝福を与えて、新しく生えた手を重ね合わせて祈りを捧げる。

 世界に溢れる光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光光――。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 無限ループが壊れる。
 因果律が修正されて、本来の形へと戻ろうとする。
 無限ループを繋げていた、無数の砕け散った幾万の分岐点が、制限されていた無限の可能が、膨大なエネルギーとなって収束する。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

――【墓場オリーブ園】にて。

 スーツに着替えたデオンは、墓場を歩き、今日まで積み上げてきた失敗作たち青バラの棺に黙祷する。
 青いバラの花言葉――不可能もしくは奇跡。
 デオンたちの願いであり、デオンたちの呪い。
 様々な思惑で生まれ落ちた、青バラの落とし子たちは、これでようやく安息の眠りにつく。
 
「なぜ遺髪を、オリーブの枝にくくり付ける弔い方にしたのですか?」

 ティアの問いかけにデオンは応える。

「因果律の調整みたいなものだよ。新天地で俺達では手に負えない、未知の生物や植物が発生しないように、この場所のこの位置で生きた証という名の情報を保管していたんだ。25年前に移転用の魔力を全部捨てるハメになったが、それがようやく花開く――」

 デオンは隠し持っていたナイフで自身の髪を切り、地面にばらまいた。

【マスターコード認証。転移魔法陣を起動します】
「デオン……殿? これは……」

 響き渡る機械音声の内容に、ティアはデオンに問いかけようとするも、デオンの意識はすでに別の方に向かっていた。「あーあ。またリーダー役なのかな」とぼやいて、盛大にため息をつく。

 圧倒的な光が迫っていく。
 500のルートに固定されて、本来ならば無限大に広がるはずの行き場を失っていたエネルギーが、この世界を滅びへと巻き込もうとするも、この世界に連れてこられた人間たちによる、数千年の執念が光の受け皿となった。
 ポーロス大陸の地下大迷宮――否、世界中の人類種を新天地へと転送する、転移魔法陣が起動し、蹂躙の光が制御されて規則正しく解き放たれる。

「デオン殿?」

 光が通り過ぎたあと、地下墓地にいたのはティア一人だった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「これにて殺世界事件さっせかいじけんは一件落着だな」

 上位世界でプルートスが満足げにつぶやいた。
 滝口にはもう誰もいない。
 プルートス以外誰もいない。
 そして、自分もいなくなる。
 魂が引っ張られる感覚に、ニヤリと笑うプルートスは、こりゃ圧倒的に不公平で不条理だなと腹を抱えて笑う。
 ある意味、ジンは幸運だった。
 魔王が神の領域の到達する前に、ジンの魂を上位世界ではなく第二世界へと送り届けたからだ。転移魔法陣がうまく作動すれば、純粋な人類であるジンの魂は、新天地へ運ばれて、再び人間として転生することが出来るのだろう。 

……そういえば、ジンは気になることを言っていた。

 種神の他に神がいる。種神を傷つけてグロテスクな存在へと貶めた何か。が。

 神にも派閥争いがあるとするならば、自分たちと神をわかつものはなんであろう。
 そんなことを考えながら、プルートスは腹をさする。
 傷ついた種神は造ることしかできなくなった。なんとか、傷を治す手段の延長として世界を創造するも、考えて記憶する頭のない神は、次第に私念に塗れて暴走し、世界を無限ループの地獄へと導いた。
 亜神のモデルは、おそらく種神を傷つけた神であろう。だからこそ、残虐に無限に苦しめることが出来た。

「あぁ、耄碌もうろくしたな。こんなこともあった」

 景色の一部が歪んで現れた、ひび割れた墓石。
 その墓石には【プルートス・オケアノス】と刻まれているが、名前の横には手彫りで一文が添えられていた。

【は、細胞の一欠片ひとかけらでも消滅しない限り、何度でも蘇る】

 25年前だ。学生だった自分は、未完成だった傀儡神アリアドネの糸によって、上位世界に繋がりながら現実世界でも同時に活動することで、テロリストの主犯を検挙することが出来た。
 その時だ。イーダスの挙動にイヤな予感を覚えたプルートスは、その場の思い付きで、上位世界にある自分の本体に触れ、自分の本体を改変させたのだ。
 意識体である自分が本体に触れた時の衝撃。後悔。
 なぜ、自分より頭のいいユリウスが、その手を使わなかったのか――深く考えようとしなかった、若さゆえの浅慮。
 代償は、急激の老化。試練の間に踏み込んだ瞬間、プルートスの寿命が尽きて、《《一度、絶命した》》。

 ティアがプルートスの細胞を、カーラに移植しなかったら起きえなかった奇跡。自分はたまたま運が良かった。いや、悪かったのだ。
 25年前からずっと。

 これで、自分を取り巻く因縁は収束するのだろうか。
 
「さて、次に目覚めた時には、お前たちがいると良いな。ユリウス、カーリア、ダフネ、ヘルメス、ユリウス」

 友人たちが遠くから、手を振っているような気がして、プルートスは目をつぶった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「――」

 黒い翼を広げて、ティアは空を飛ぶ。
 暗黒種である同胞たちは、かわいらしい末姫の存在を歓迎して、戯れながら繋がり合う。
 彼女は動ける生命の樹――多くの命を吸い上げて、無限に増殖して現世へと還す黒き聖女。

 暗黒種をすべて取り込んだティアの身体は、黒い巨塔となってそびえ立ち、デーロスに住まう者たちは本能に従って生命の樹へと殺到する。

 世界は汚染された。けど、壊されたわけではない。
 本来の機能に従って、世界自体も黒い巨塔へと吸い込まれていく。
 デーロスという異世界も、ある意味、もう一つの生物でもあるからだ。

 世界を吸い込んだ巨塔は、黒真珠の如く膨れ上がって虚空に浮かぶ。

【美味しかった。もう、お腹いっぱい】

 少女の声が虚空に響き、刹那――パチンっと、音を立てて黒真珠が弾けた。
 弾ける瞬間に咲く、大きな黒いバラ。
 花びらのような黒炎が燃え上がり、時間がめぐり、一つの形へと結実する。

 一人の少女が切望した、ハッピーエンドの形へと。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 第二世界に新たな秩序が構築されるも、ティア以外の人々はそれを忘却していた。
 世界を生み直した少女は、友人のシスターに甘えるようにもたれかかり、走る二階建てバスの屋上からイルカの群れを鑑賞する。

「すごいですねー。飛び跳ねると水が飛び散ってキラキラして、泳ぐことに最適化したフォルムも見事です」
「…………」

 興奮するカーラに対して、ティアは無言で、灰色のワンピースドレスを着た体を摺り寄せた。
 丸メガネの奥にある紫の瞳にきらめく海を映して、不安げな瓜実顔うりざねがおにあるピンクの小さな唇を震わせながら。

「……? ティア様、どうしましたか?」
「ねぇ、カーラ。わたし、幸せになれるかな?」
「あー、もしかして、五年ぶりの里帰りですから、不安になっちゃいました?」

 この世界でのティアは、五年前に交通事故で重傷を負い、父を亡くし、後遺症の治療でカルティゴに渡った。
 今年に入ってようやく完治が告げられて、故郷に帰ることを許されたのだが……。

「まぁ、そんなところかな」

 自分にとって、ハッピーエンドが約束された世界だというのに、彼女の表情は暗く沈んでいる。
 ティアだってバカではないのだ、あったことを無かったことに出来ない。
 その証拠に、父の死は避けられなかった。

「…………」

 この世界に、人類はいない。
 デーロスは魔族が支配する――【魔界】となり、人類がいるとされる、人間界へ侵略するように本能がプログラミングされている。
 改変前の世界で、人間の影響と依存度が強かったゆえの、ティアではどうしようもできないカルマ

「大丈夫です! ティア様はティア様ですから、幸せになれますって!」
「なにそれ」

 それがどうか、破滅を招かないことを祈る。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「それでは、今後もごひいきに!」

 護衛として観光業者に変装した、ファウストとプルートス別れる。
 家族と再会し、久々のだんらんに心を温めながら、ティアは別の事を考える。

「ティア様、もしかして」
「カーラもでしょう」

 こっそりと城を抜け出したティアとカーラはニヤリと笑い合うと、カジュアルな格好に着替え直したファウストとプルートスに合流した。

「お前、いつの間に口説いたんだよ。従兄いとこなんだろう?」
「ですが、不測の事態とはいえ奪ってしまいましたし」

 呆れるプルートスの横でファウストは頭を掻いて苦笑した。
 この世界では観光客同士の転倒事故が発生し、その時にティアの身体を受け止めようとしたファウストが、はずみで彼女の唇を奪ったことになっている。

「そうです。ファウスト殿! わたしの初めてだったんですから、責任を取ってくださいよ」
「ほら、姫様もそう言っています」
「開き直るな! あー、頭がいてえぇ」
「それは大変です! 私が癒して差し上げますわ」

 すべては予定調和の元に。
 アステリアの鎖から解き放たれた世界で、ティアは未知の味覚――初恋の味を堪能することにした。

 それまるで甘酸っぱくて、林檎のような味だった。

【了】

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