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【マルチ投稿】アステリアの鎖_第二十五話【伝承】

 ティアの混乱に拍車がかかった。
 自分の知識では、王位継承の儀式によって歴代継承者の魔力やスキルを受け継ぐことになっている。その膨大な知識の海には、当然アステリアの知識や魔力を受けついでいるはずなのに、ノルンの三翼さんよくが継承されないのはおかしい。

 自分はなにかを見落としている?
 だけどなにを?

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 去年の秋に、一番目の姉が王位継承の儀式に参加することを表明した。この時になって、ティアは王位継承の儀式について意識し、調べようと思ったのだ。王位継承の儀式の儀式は500年も続いており、ネイリス学院には王位継承の儀式についての考察した論文が貯蔵されていた。

 自分が所属するヘルメス教授のゼミでも、議題にあがったことがある。ただティアの存在ゆえなのか、歴代王たちの政策と沿革にふれる程度だ。

 周囲の配慮とはいえ、あまりにも王位継承の儀式について知らなかったことをティアは恥じて、焦燥に駆られた。それに加えて、一番上の姉がいなくなる。自分の周囲の環境が大きく変わることに恐怖を覚えたのかもしれない。
 自分の中で消化しきれていない感情や過去、変動する認められない現実からの逃避、様々な要素が彼女を突き動かしていく。

 知ることは問題の解決には結びつかない。だが恐怖を軽減させて、覚悟を固めることができる。ティアは課題の論文を書き、学会発表の準備も並行する傍らで、学院の書庫に閉じこもるようになった。

 が、限られた時間で調べるにも限界が流石にあり、ティアはヘルメス教授にアドバイスを持ちかけたのである。教授は教授でイオアンナが死んだショックが尾をひき、絶望をまるごと背負っているような悲壮感があった。
 教授は、だれよりもなにもりも世界の脅威を直視しているからこそ、理想と現実の狭間でもがき苦しんでいるのは分かっている。
 だからこそ、教授がティアの提案に飛びつくことを、五年間の付き合いで知っていた。
 この現実から逃れることができのなら、同時に、この現実を打開する一矢いっしとなるのなら、藁にもすがるように教え子の頼みを聞き入れる。

「ふむ、君はもう少し視野を広めてみてはどうだろう。王位継承の儀式に焦点が当たりすぎていて、君が望む答えから遠ざかっているように見える」 

 それが分かっているから、相談しているのだが。

 不満そうなティアの顔を見て、ヘルメス教授は顎の髭を撫でた。

「今の君は私情に流されて、いつもの冷静さを発揮できずにいる。ただやみくもに森に突撃しても道に迷うだけで、得るものは無に等しい。だからこそ、いつもの君が言うであろう言葉を贈ろう」

 一呼吸おいて教授は言う。

「君の望む結末を確定させること、そして、王位継承の儀式を編み出した魔導姫アステリアについて調べることだ」

 言い切るヘルメス教授は、痛ましいものをみるようにティアを見た。
 ヘルメス教授の瞳に映る自分は、手負いの獣のように体中を緊張感でたぎらせて、強張った表情に疲労の影と、血走った目が冷たい光を放っている。自分が思っている以上に余裕がない姿は、客観的に見たらとても醜く、滑稽だった。

 ティアは一度目を伏せてから、深呼吸をする。それから、ゆっくりと目を開いてヘルメス教授を見据えると、少しだけ肩の力が抜けた気がした。

 そう、こんなところで足踏みをしている場合ではない。

「わかりました。ありがとうございます」
「あぁ。まぁ、よろしい。私の方も時間がある時には調べてみよう」

 てっきり罵声を浴びせられると思っていたのだろうか、態度を軟化させたティアに、ヘルメス教授は戸惑いながらも承諾した。
 短いが感謝の言葉を口にしてから、図書館へと赴き、過去の文献を読み漁ってアステリアの情報をかき集める。

 魔王が倒される以前のアステリアの評価は、まるで白と黒のようにくっきりと分断される。

 白い部分は、曰く、知的好奇心が旺盛で、神から祝福された天才。
 黒い部分は曰く、人智を超えた頭脳を待ったばかりに、人倫を理解できない天災。
 この二つから、彼女が頭の頭が並外れてよかったことが読み取れる。

 が、不幸なことに周囲は彼女の言葉を聞き流す。アステリアが理論立てて説明するも、理解する知能が足りなかったのだ。周囲は彼女を密かにバカにして、夢だと一蹴し、彼女を日陰へと追いやった。
 勇者アレンが登場するまでは――。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 アレンは自分が愚かであることを理解し、無知であるがゆえに知恵がある男だった。
 勇者として訪れたオルテにて、アステリアの言葉が事実だと直感したアレンは、アステリアを旅の仲間に勧誘する。

 彼女の主張の核である【魔王の正体】を知り、世界を救う活路を見出したアレン。
 生まれて初めての理解者を得たアステリアは、旅の誘いを快諾し、アレン唯一の理解者を守るために魔王を倒す決意を固めた。

 彼女は第二王女ではあるが、国を出ることを誰も止めることはない。
 厄介払いできると清々し、第一王女のエステリアを、王位を継ぐ者として擁し、優遇し、教育した。
 アステリアが生きて、しかも、魔王を倒してしまう可能性なんて考えていなかった。

 優秀な姉と変わり者の妹。
 これまで姉妹の関係性は、この評価に収束していた。
 アステリアが国を出なければ、勇者と出会わなければ、魔王を倒さなかったら、この評価が覆ることはなかっただろう。
 魔王が討たれて世界は一変し、この姉妹の評価もオセロのごとくひっくり返った。

 勇気ある天才の妹と臆病者で凡庸な姉。
 勇者との旅で、妹が活躍するごとに立場を失ったエステリアは、親戚筋にあたるウェルギリウス家に嫁いで政治の表舞台から姿を消したはずだった。 

「我が子のために、この国の未来の為に苦しんで死んでくれますよね。まぁ、今回は特別に、キケロは生かして、キケロの後に生まれる兄弟たちは国のために、死んでもらいましょう」

 これが、オルテの血塗られた王位継承法の始まり。 
 勇者アレンの国葬の途中であり、霊廟に棺が運び込まれるタイミングでアステリアは霊廟の扉を開けて現れた。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 先頭を歩いていたエステリアはキケロを咄嗟に庇い、姉の健気な姿にアステリアは嘲笑で顔を歪める。

「こんにちは、皆さま。私は世間に疎いもので、血の重さと付随する価値というものが理解できませんでした。ですので、これは後に発展するであろう後継問題を解決する、素晴らしい発明を御披露いたしましょう」

 だから……。

 アステリアが右手を振り上げると、アレンの棺が宙に浮いて消えていく。周囲の人間は予想だにしない事態に混乱しつつも、魔王から生き残った鋼の理性でもってその場に残り、エステリアからの指示を仰いだ。
 そしてエステリアの性格を知っている上で、彼女の決定に従うしかない未来を想像して暗澹たる気持ちになる。

「わかりました、アステリア。けれど、あなたの趣味の悪いプレゼンが終わったら、勇者アレンの遺体を返してくださいね」

 彼らは魔導姫に先導されて霊廟の階段を下りると、墓場オリーブ園の入り口の扉ではなく、まったくべつの扉が現れる。
 開けた先には赤い石柱に、巨人族でも悠々と入れるほどの高い天井にめまいがした。

 おかしい、なにかが、言語化できない感覚的な違和感に、アステリア以外の人間は唾を嚥下させて恐怖で体を緊張させる。あるはずのない空間、あったはずの場所、あったはずの常識――アステリアの存在そのものが現世のことわりを歪ませて、自分たちにありえないものを見せつけているようだ。

 それはまるで、魔王が倒された報せを訊いた時と同じで。

 これで魔王に脅かされることもなく、そして魔物に襲われ土地が汚染されることもない――と聞かされても、理解が及ばない話を訊かされているみたいな静かな混乱。

 寿命が500年を超える長命種は脅威が去った事実を震え上がる程に喜んだが、短命の、しかも各種族から狙われてきた人間からしたら、生まれ落ちた瞬間から魔王の脅威が日常だったために、魔王のいない日常と平和という概念が他の種族とはズレていた。

 ただ、アステリアとアレンの存在のおかげで、魔王討伐後、人間がやたらに襲われることが無くなったのもまた事実であり、社会的な地位が向上したのも確かな現実。
 自由に行動を許されて、自由に繁殖できて、自由に経済活動を許されて、自由に生きることが許された。

 人間種は遺伝子の箱舟だとデーロスでは定義付けられて、人間種以外の種族は人を喰らうことでバランスを取るように本能づけられている。
 そんな人類にとっては地獄のような日常。自分たちが幸せに暮らせる世界を作った英雄が、緑の瞳を敵意で光らせて自分たちと対峙している現実に彼らは言葉を奪われる。

「さぁ、私の愛しい甥。勇者アレンのマンダリンオレンジの髪、紫の瞳を受け継ぎし勇者の子よ、世界のために死んでおくれ」

 まるで歌うように残酷なことを言うアステリアが、白くて長い両手を掲げると赤い石柱に紫電が走り、幼いキケロの身体を直撃した。

「いや、キケロっ!」

 キケロを抱きしめたままのエステリアは、顔面を蒼白させて瑠璃色の瞳を見開いて叫ぶ。

「やめてぇ!」

 我が子を庇うかのように抱きしめるも、石柱からの電撃はエステリアの身体を透過して、そのままキケロの身体に注いでいるようだった。不幸中の幸いなのか、キケロは悲痛の悲鳴をあげることも、苦痛の痙攣を起こすこともない。ただ、なにかが焼けこげる匂いとともに、林檎のような甘酸っぱい香りが周囲に充満し始めて、居合わせてしまった臣下たちはイヤな予感で顔を歪ませる。

「これでこの子は原初の器になりました。心は完全に壊れて、私の思想がキケロの行動原理となるでしょう。では、王位継承の儀式について、レクチャーを始めましょうか」

 うっとりとした表情で深紅の石柱を撫でる彼女。撫でられている石柱には、表面に《《びっしりと呪文》》が刻まれていた。

「私は世間に疎いもので、血の重さと付随する価値というものが理解できませんでした。ですので、これは後に発展するであろう後継問題を解決する、素晴らしい装置なのです」

 語る美貌には、酷薄な影が差している。

「この石に私の魔力と知識を転写しました。王位を継承するふさわしい者には、もれなく魔王を倒した魔力と知識が受け継がれます。まぁ、その前に簡単な質問させていただきますが」
「な、なにをいっているの……?」

 完全に怯えた姉の姿に頓着せず、アステリアの気味の悪いプレゼンテーションを続けた。

「王位にふさわしくない者は知識を石柱に抜き取られて、気が触れるほどの激痛に苛まれて死に至ります。そして、私の魔力と知識にプラスして、死んだ者の魔力と技術スキルも生き残った国王に譲渡されます。ねぇ、姉上?」

 ようやく姉の方を見た緑の瞳は笑っていない。

「今回は特別にキケロを生かす形で、王位継承の儀式について説明しましょう。……そう、あなたがいいわね。次期王の為に、死んでくれるかしら?」

 アステリアが指名したのは、国王エステリアの護衛にあたっていた騎士団長の男だ。状況にすっかり飲まれてしまい、エステリアどころか第一王子キケロに危害が加えられているにもかかわらず、身動きが取れずにいた。この男は、この数時間で自らが無能であることを証明してしまったのだ。

「クソッ」

 騎士団長は観念する。世が平和になったとはいえ、職務放棄に等しいことをしでかしたこの男は、この難局を生き残ったところで、罷免以上の苦難が待ち受けていることは容易に想像がついた。アステリアの説明が本当であるのなら、この男に対して死は慈悲だ。しかも、失態を払拭して、この国の礎になれる栄誉でもある。しかし、内心では突然現れた死者に唾棄をした。

 この魔女が。と。

「いえ、取り乱してしまい、申し訳ございません。では、はじめてください」
「ハハハハ、良い心がけじゃない。そうでなくっちゃ」

 出荷される家畜のような潔さで歩み出る騎士団長。この時になってようやくアステリアの表情が柔らかくなり、緑の瞳も静かな森のような落ち着いた色合いとなった。

「さぁ――っ」

 アステリアの掛け声に呼応して、石柱から電流がほとばしりキケロと騎士団長の身体に直撃する。

「グッハッ……ぁ」

 電流が止んだ途端に、騎士団長の男が黒い血を吐いて、その場で倒れ込んだ。
 身を包んでいた鎧が、まるでぼろきれのように剥がれ落ちて、露出した皮膚からは白い煙が上がっている。変色した肌の表面が黒く変色して、火傷のような水ぶくれが無数に浮き上がり透明なリンパ液を滴らせて、豊かな金髪が、一気に白髪になったことが、この男を襲った苦痛を物語らせた。
 しかも死にかけの虫のように、ぎこちなく手足を動かしている姿が、無傷な上に澄ました表情のキケロの対比となって、周囲の人間の感情を煽り立てる。

「さぁ、キケロ。みなさんに、ご披露しなさい」
「……はい」

 キケロはその場で見事な剣舞を披露する。
 初めて剣を持った小さな手は、熟練の兵士が扱うようなしっかりとした手つきとなり、床に刻まれた魔法陣の凹凸に足を取られることがなく、剣の重さを視野に入れつつ剣舞の型を乱さない流れるような足さばきに、見ていた人々から驚愕と感嘆が漏れた。あんなにも動いたにもかかわらず、息を切らさず汗もかかないキケロの不気味さも相まって、周囲は異論をはさむことができない。

「おやおや。この沈黙は、まだこの儀式について疑問があるということかな? それでは、そこの君!」
「わ、私ですか」

 突然使命された男は、騎士団長の副官だ。本来ならば、団長と連座で斬首がまぬがれない哀れな被害者でもある。
 副官は恐怖で顔を強張らせた。いやでも死にかけの上司が視界に入り、自分も同等の壮絶な拷問を加えられるのかと恐々とした様子だった。

「そんなに怯えなくていい。君はキケロと模擬戦をして欲しいんだ。ここの広さなら、申し分ないだろう」
「は、はぁ。はい!」
 
 アステリアの言葉に、副官の表情から安堵が広がった。参列していた人々も、死体が増えないことに安堵しつつ、これから始まるであろう模擬戦に好奇心がかまくびをもたげる。ずっと沈黙を守り、妹を睨みつけているエステリアを無意識に蔑ろにして。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「参った」

 結果はキケロの勝利だった。体格差に熟練度、戦闘における経験とセンス――副官が負ける要素はなかったのに、始終キケロの剣技に圧倒されたまま、魔法陣のくぼみに足を取られてしまったのだ。
 まるで騎士団長がキケロに乗り移ったようだと副官は証言し、締めのようにキケロは騎士団長を火葬した。
 人体を瞬時に炭化させる膨大な火力と、この密閉した空間で酸欠させることなく、コントロールできる技量。魔導姫が説明したように、キケロはアステリアの魔力と騎士団長の技量を受け継いだのだ。

「次回の王位継承の儀式は、キケロの肉体が崩壊するであろう15年後。それまでに、多くの種族をかき集めて参加させなさい。身分・種族・年齢関係なく。これは王家の血と勇者の血以上に尊き血を作り上げる布石。魔王を打ち倒す、真なる勇者の誕生につながるのです」

 この時、エステリアたちは気づかなかった。
 全世界でこのやりとりが、映像となって広がっていたことを。
 オルテュギアーだけ都合の良い事実が捻じ曲げられることなく、15年後、多くの者たちが儀式に殺到し、新たな時代がデーロスに訪れた。

 そして人々はこう語る。
 魔導王国オルテュギアー。通称オルテは、悪霊に支配されている。と。
 血塗られた王位継承の儀式は、いつしか【アステリアの鎖】と呼ばれるようになり、死しても尚、存在を示す魔導姫は畏怖の対象として世界中に周知されたのだった。

【つづく】

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