書き出し_休載小説の話をなんとか終わらせよう_アステリアの鎖 43

 どうして気づかなかったの?

 日よけの帽子は燃えた車内に取り残されて、あらわになった頭髪は少しクセのある短い黒髪。鼻筋が通って、少しやつれ気味な端正な顔が父の面差しと重なった。なによりも、ティアを打ちのめしたのは、ファウストの双眸――父と同じ翠色(すいしょく)瞳に気付けなかったことだ。

『お父さま、お父さまのおめめの色、キレイ! もっと近くで見たい』
『はははは。いいよ、こんな目でよかったら存分に見るといいさ』

 ティアは父の瞳の色が好きだった。ただの緑色じゃない、カワセミの煌めくような緑の羽根の色。森の妖精のように神秘的で鮮やかな、その緑を独り占めしたくて、父の愛情を確かめたくて、幼いティアは父に抱きしめられながら、父の瞳の色を堪能し、父の視界が自分にのみ注がれていることに喜びを感じていた。
……背後で姉二人が、妹に対して嫉妬している気配を感じながら。

「ご、ごめんない、やっぱりダメ! ダメです」

 ティアは慌てて、ファウストの胸板を両手で押して拒絶の意思をしめす。
 ファウストの疲労感が、自身の認知のバイアスを狂わせていたとはいえ、あやうく自分は取り返しのつかないことをしようとした。

「あ、あなたは、何者なのですか? まるで死んだ父とそっくりです」

 父は過去を多くを語らない。もし、カーリア(母)との青いバラを咲かせる前に、別の家族がいたのだとしたら。もし、腹違いの兄がいたとしたら……。
 最悪の想像に、吐き気と奇妙な愉悦が腹の底に渦巻いた。目覚めたばかりの夜族の血が、近親相姦を唆していることに気付いて気分が重くなり、別の意味で顔が赤くなる。


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