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【マルチ投稿】アステリアの鎖_第四十二話【暗浴】

 街が燃えていく。
 25年前とは比べる事のできない暴動。
 本能を押さえつけられてきた者たちの怒りが、世界を灰へと還すのだ。

【復讐を完遂させるには複数人じゃなくて、単独の方が完遂がたやすい】

 記憶の中で魔導姫が嘲笑う。
 そうだ。その通りだった。
 デオンは彼女の言葉の正しさと、自分たちの滑稽さを仲間たちに思い知らせたくて一人になった。

 どんなに強固な目的意識を持とうとも、結局は時間の経過とともに、思想の違いが浮き彫りになって、デオンの知らないうちに派閥が派閥を生み、自分の知らない計画や研究が同時進行で行われて、もはや復讐が手段へと逆転していたのだ。

 賢者の石計画。
 生殖機の流出。
 シェルターの名を借りた地下帝国。
 思考を放棄した結果の魔王AIマキーナ
 裏切り者の天使による、亜神と人間をかけ合わせたヒトモドキデミ・ヒューマン

 勇者アレンが名乗りを上げた時、まだ自分たちは修正できると思ったのだ。
 初心にもどり、自分たちの日常に回帰するための本来を願いを。

 見出された希望は、【キュプロクス】の一人によって打ち砕かれた。

「上位世界で、由々ゆゆしきモノを見つけました。この情報は、上位世界の成り立ちにも関わってくることですので、心して聞いていただけると助かります」

 しどろもどろに説明する男の名前はジン。
 彼は緑に輝く瞳に、涙をためて説明する。

【亜神はこの世界の一部であり、退化することはあっても滅することはできない】

――だが、それは五百分の一の確率でしかない。

【そして、特異点シンギュラリーポイント】を見つけた。とジンは言う。

 自分たちの運命はすでに決まっている。
 しかも特異点を担う存在が、自分たちの身近に存在するというのだ。

 それが勇者アレン。そして【キュプロクス】たちが、持ち帰ったデータをもとに作りだされた、異次元同位体の失敗作――《《アステリア99号》》だった。

 彼女、もしくは彼は、廃棄するには申し分もなく存在が安定しており、おそらくどんな異世界でも、活動できる点においては成功体。両性具有という肉体を持ち、常人ではけして成しえぬ領域まで、魔力をコントロールできる化け物。

 ここまでしないと、自分たちは日常に戻れないのか。
 アステリアはデオンたちにとって、視覚化された理不尽であり、彼女はユピテルの隠れ蓑となった、魔導王国オルテの王女という身分を押し付けられることになった。

 あぁ、だけども。それも全部、運命だったというのか?

 ままならない事態が続くと、人は誰かのせいにしたくなる。
 そして、恨む対象が絞り切れなくなれば運命すらも呪う。

 上位世界の最奥へ探索を進める【キュプロクス】のメンバーは、次第に帰ってくることができなくなった。
 デーロスに所属するすべての存在が、生きた情報として漂っている上位世界。自分たちの本体が保管されている、本来ならば交わることのない領域において、長期間の滞在は未知の危険を伴う――それを忘れたわけではなかったのに。

 探索の時間がちょうずるにつれて、彼らは自分の魂と上位世界の情報同位体とが融合し始めて、現実世界の肉体が溶け始めたのだ。
 
 命を捨てる覚悟を固めた【キュプロクス】のメンバーは、仲間たちの為に可能な限り運命を持ち帰った。逆に探索を諦めたメンバーは、現世に残り、ロイヤルウィザード宮廷魔導士の役職を与えられた。
 彼らは上位世界から、持ち帰った情報の研究を進めるとともに、上位世界に残ったキュプクロスのメンバーを、現世に戻すための器――人工生命体の研究に携わることになる。これが、ウェルギリウス家の前身ぜんしんである。

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 あぁ、だが、自分たちは結局、どうすることが正解だったのだろう。

【一度でもこちらの手を緩めたら、生殖した分、増えた巨人は亜神へと反転して世界を滅ぼし尽くすだろう】

 もたらされるのは絶望と希望であり、どんなに亜神の名前を壊そうとも、存在を抹消するに至らない。

「そんなの関係ない。この世界から、すべての人外を根絶やしにしてやる」

 世界という揺るぎない大木と、狂った神の手のひらで踊らされ続ける屈辱に、デオンたちは決して慣れることはない。

「これは人類の意地だ! 思い知れ!」

 しかし、どんな抵抗も運命という強制力の前では無力だ。

「クソ、どうして死なない」

 確定された未来は、あらゆる角度でデオンたちを蹂躙し、現実を修正していった。

「500なんて恵まれている。0より全然マシさ」

 彼らの希望――500年後のシンギュラリーポイント。
 そこで解禁される500通りの未来の中で、自分たちの活路を見出すしかない。

「君たちに話がある。とても重要な話だ」

 だから、彼女たちと接触した。
 勇者アレンを唆して魔王に封じて、アステリアをだまし討ちで封印して、500年後の未来が自分たちに優位に働くように、自分たちで主導できるように暗躍した。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 シンギュラリーポイントを経過しても、人類を優位にするための苦肉の策。
 人間の勇者は必要であり、世界的に対しての発言権と、権威を高めるために魔導王国は存在する。純血を保つのが難しいからこそ、血統をコントロールするための王位継承の儀式――【アステリアの鎖】
 勇者アレンを助けるためにアステリアが編み出した術式に、デオンたちはさらなる上書きと演出を付け加える。

 ユピテルの映像機器によって造られたフェイクニュース――誰でも参加できる王位継承の儀式【アステリアの鎖】は、このデーロスの生きとし生ける者の瞳を希望で曇らせて真実から遠ざけた。

 来たるべく500年後が、どんな世の中分からない。
 自分たちの意地と抵抗が、決められた運命の一部であろうとも、将来的に未来がひらけるのならば無駄ではない。

 デオンたちは来るべき日の為に、さらに策謀を巡らせる。
 アステリアの名を語って裏ですべてを操り、世界の情勢を鑑みながら、オルテの国王を二人用意する。
 つまり、影武者と傀儡人形
 どちらも真ではなく、嘘でもない。存在しなければ成立しないピース。
 一人二役ならぬ、二人一役。影武者に王位継承の儀式を継承させつつ、25年前間まで、魔導王国オルテュギアーは確かにデオンたちの手中だった。

 だが、ゴールが目前に迫ると、人間は浅ましい欲を出す。
 よくある内輪もめ――それが【】青バラ狩り25年前の無差別テロに繋がり、500年近く続いた王位継承の儀式は破壊されて、アステリアを野に放つ結果となった。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「…………」

 デオンは目をつぶり、仲間たちのことをなるべく思い出そうとした。
 それが人間らしい作法だと思ったからだ。
 だがまぶたに蘇るのは、裏切り行為を行った仲間たちの末路。

 生殖機になり、あるいは衝動抑制剤の原料となり、生きながら身を引き散られて、狂うことも許されずに無限の苦痛に苛まれる同胞たち。

 だがそれも終わった。アステリアの復讐による世界の惨状が、デオンに語ってくれるのだ。
 魔導姫の復讐と暗躍により、死ぬことができなかった友人たちは、すべからく解放されたのだろう。

 だから自分も。

 おそらく、デオンは疲れていた。
 疲れている自覚のないままに、疲れて、狂って、被害者面をして、アポロニウスと同様に、自分を殺してくれる存在を望んでいた。
 自殺することを選べない運命の操り人形。
 無理やり立たされた舞台を下りるには、課された役割を果たすしかない。

「アステリア、早く私を殺してくれ。」

 ようやく500年を迎えて、王位継承の儀式を中心に世界が動き出している。変革するか滅びるか分からない。アステリアがもしも、自分たちの作り上げた楽園の仮説地帯を、その座標を見つけたのなら、手渡しても良いと思っている。
 なぜならば異次元同位体の到達によって、ただの土地が世界として完成するのだから。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 デオンは虚ろな視線で燃える街を見る。
 美しく赤く燃える町が、金色の火の粉を散らして夜空を焦がす。
 聞こえてくる絶叫は根底に喜びがあり、法治機関が機能せず、乱発される魔法が建築物に火を付けて、多種多様の種族が先祖がえりを始めて変容する。人間の血肉を混ぜた混血晶マーブルだった彼らは、人の皮を被ることを放棄して、世界の強制力により本来の姿へと回帰した。

 あぁ、リーエット。君の努力は無駄になったよ。

 デオンの仲間の一人は、かつて生物学者であり、生殖機せいしょくきを活用し、人間の血を混ぜた混血晶マーブルの研究に血道をあげていた。彼女が死んだのは、アステリアの姉として設定されたエステリア人形が、リーエットに反抗したためだ。
 自分の作品に殺される――研究者肌で、人の心が分からないリーエットの最大の誤算であり、この時点で、生殖機をつないだことのある聖胚にんげんは、不死が剥奪されるのを証明してしまった。

「ねぇ、デオン。紹介したい人? が、いるんだけど」

 そう、リーエットには、人の心が分からない。
 だから裏切り者の天使の言葉に耳を貸した。
 人のサイズまで身長を調整した天使は、デオンたちの敵意を受け流しながらとつとつと語る。

 天使は魔王の活動により、亜神による精神的支配が弱まったのだ。
 裏切り者の天使は、亜神族たちがおかした最大のミスを語る。

【亜神族たちは前提を間違えていた】

 亜神と身近にいて、彼らから世界に関する知識を得たからこそ、天使たちは主人たちの致命的な思い上がりに嘆く。

 デオンにとっても忘れられない、自分たちが聖杯の一部となった地獄の過去。

 あの時、亜神たちは各種族に号令をかけて、生命の樹に同化するよう指示をした。だが、生命の樹に同化した種族の中に《《亜神はいなかった》》。
 
「自分たちがこの世界の指導者である」
――その根拠のない思い上がりが、下等種族との同化を拒んだのだ。

 それが大間違いであり、この時点で亜神が一人でも生命の樹と同化を果たせば、聖杯によって出力された個体は、世界の一部として認識された。
 精神を壊す飢餓から解放され、人間を積極的に食べる必要性がなくなった――という可能性だった。

 だが可能性は、あくまで可能性。
 イヴをそそのかした蛇の如く天使は言う。生殖機を使えば、人間と亜神の混血晶マーブルを作ることができる、《《生殖能力を奪われた貴方たちも》》、この世界で子孫を残すことが出来ると説得するも、その当時のデオンたちには、敵だった者の提案を受け入れる精神的余裕なんてなく、結果的に、リーエットと天使【リリス】の独断専行を許すことになってしまった。

 裏切り者の天使と組んで、彼女は試行錯誤の末に亜神の血をひいた第三人類を誕生させることに成功した。
 巨人に退化しはじめた亜神から精液を採取して、リーエットが自身の卵子を提供して造り出した――ヒトモドキデミ・ヒューマン

 ただし、成功例は二体のみ。

 最初の許された存在【キケロ】――表向きは勇者アレンと、魔導王国オルテュギアーの第一王女の間に生まれた存在。
 彼は王位継承の儀式という、盛大な目くらましたの為に犠牲になってもらった。勇者アレンの子供――マンダリンオレンジの髪と紫の瞳。遺伝子を弄って、キケロの髪と瞳の色をアレンに合わせて変えたのだが、その程度で周囲が騙されるのだからバカバカしい。

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【キケロ】は、人間よりも亜神の特性を受け継いでいた。
 尊大で発育と知能の発達が早く、下手をしたら、弱体化させた亜神族の呪縛を解いてしまう存在だった。

 二体目の成功体【リビュア】は、ほぼ人間と変わらない少女であり、計画通りであるのならば、アステリアとアレンによって造られた新天地で、キケロとともにアダムとイヴになることを期待されていたのだ。
――が。

「いや、キケロ、痛い。やめて」
「なんで? 君が僕に逆らうなんて許さない。人間の血を色濃く引いた、劣等種が、口答えなんてしないでくれる?」

 キケロとリビュアは許された存在であり、自分たちの希望であるはずなのに、キケロの弱者に発揮する凶暴性は、自分たちの計画に支障をきたすと判断された。

 それになによりキケロの態度が亜神を彷彿とさせて、デオンたちの反発を招いたことが確かであり、成功体の二人は刻が来るまでコールドスリープさせることになる。

 もしも、自分たちが失敗した時の希望。
 アステリアが編み出した魔導から、デオンたちはある可能性に気づく。
 キケロを使って、疑似的な生命を樹を作ることができる。と。
 来るべき500年後のシンギュラリーポイントまで、多くの血を混ぜ合わせて、病的な飢えから解放された――この世界に完全に完全適応した個体を作り出す。
 そこで最終的なベースを人間種に調整して、生体反応によって遺伝子を選別する端末――玉座の石碑を作り、デオンたちは着々と舞台を整える。

 なんどか石碑が誤作動を起こしたが、それも運命の一部だと諦めた。自分たちの運命が、この先、500年後まで確定しているのなら、失敗も成功も、幸運も不運も、すべて確定事項なのだから。
 
 だからリビュアが、コールドスリープのカプセルに入れられたまま、作りかけの新天地へ飛ばされることも、確定された予定だったのだろう。
 アステリアの魂がナノマシーンの同調を成功させたことも、デオンたちに不審を抱いたエステリアがリーエットを殺したことも、外宇宙生命体がこの世界に定住したこともすべて。すべて。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 醜悪で美しい世界の終末を眺めたデオンは、闇夜の中で巨大な深海生物の影が蠢くのが見えた。

 次元の壁を突破して、この世界に定住した暗黒種クトゥルフしゅたちだ。普段の彼らは深海で眠っており、滅多なことで地上に姿を現すことはない。
 彼らの冒涜的でおぞましい姿。全ての生物に該当しているようで、該当していないデタラメなフォルムは、デオンたちが住んでいたクトゥルフ神話の生物たちを連想させるものだった。

 聖胚となったデオンたちは、彼らとコンタクトを取りコミュニケーションをとることに成功したが、この世界に住まう一般の者は暗黒種が視界に入るだけで恐怖に駆られて、自分のこめかみに魔法を打ち込んだ。

 暗黒種クトゥルフしゅは、謎が多い。
 上位世界にアクセスしても、確定している情報は、その気になればデーロスの全生物を食い殺せる能力を有している。
 空腹を感じたら虚空から黒い触手を伸ばして、獲物を光の届かない深海まで引きずり込んで捕食する。その二点のみであり、彼らの強靭さ、得体の知れなさは未知数だ。
 もっと詳しく解析を進めたかったのだが、解析を進める前に【キュプロクス】たちは全て、上位世界に取り込まれてしまった。
 デオンの「必ず助けに行く」という言葉は、彼らに届いたかどうか分からない。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 数百年前に、突然、暗黒種が玉座の間に現われた時は、この世の地獄の有様だった。彼らがなんの意図で、この世界に介入したのか分からず、その存在に圧倒されて、【尊き青バラの血ブルーローズブラッド】の中に、外宇宙生命体の血が流れ込む結果となった。

 生殖機の調整で、暗黒種の血統値は常に1%から5%まで保たれていたのだが、25年前のテロで事情が変わり、生命力があり強靭な子宮を獲得するべく、暗黒種の血統値を10%以上に引き上げることになるも、その決定は事後報告であり、デオンが仲間たちと袂を分かった後であった。

 しかも追い打ちをかけるようにディルダンの内戦が始まって、巨大企業の会長であるデオンは後手後手の対応にまわることになった。まさか、自身が立ち上げたクロノス商会が、勝手にライラの難民を保護していたのも最近知った話であり、王位継承の儀式が公布されたと同時に彼らは姿を消した……魔力の痕跡から、アステリアの仕業であることが確定し、彼女の潜伏先も判明したのだが、まさかクロノス商会敵陣に潜伏していたとは。

 すべてが行き届かない、自分の想いも伝わらない。
 うまくいかない。ままならない。
 自分たちの元居た世界に帰る方法ではなく、聖杯となった自分たちが死ねる方法だけが更新されて増えていく。
 悪意だけが伸び伸びと育ち、火種となって四方八方にばらまかれた地獄。
 そこへ、ずっと沈黙を守ってきた暗黒種たちの醜悪なナイトパレードだ。

 一体なにが起こっている?

 まるで気たるべき日が来たかのように、暗黒種たちが海から飛び立って暗黒の空を舞っている。

【つづく】 

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