書き出し_休載小説の話をなんとか終わらせよう_アステリアの鎖 41

「う……ふっ」

 か、硬い。噛み切ることできない。

 純血の夜族ではないから、ティアには吸血するための犬歯も、肉体を噛みちぎる顎の力もない。首筋に歯を突きたてていても、うっすらと歯形がつくだけで飢餓と焦りが胸を焦がす。

「どうしよう、わたし、わたし」
「……あぁ、すいません。自分が浅慮でした。ちょっと失礼します」

 苦戦するティアの気配にファウストが頭をあげた。彼女をいたわる翠色(すいしょく)の瞳が切なくて、疲労を滲ませた白い顔にはやさしい笑みが浮かんでいる。

「見苦しいですが、どうかご辛抱を」

 そう言って……。

 ガリっと自分の掌を噛みちぎり、自(みずから)らの血肉を咀嚼し始めた。

「!」

 長い指がティアの顎をなぞり、ゆっくりと持ち上げる。迫ってくる血にまみれた唇。吸血が出来ないティアのために、ファウストが取ろうとしている行為に、愛おしさと悍ましさと罪悪感で頭がおかしくなりそうだった。

 わたしの、はじめて……。

 まるで雛に餌をやる親鳥のように、咀嚼した血肉をティアの口にゆっくりと流し込まれていく。

……どうしよう、おいしい。甘い。

 鉄錆の味とぶつぶつとした肉の感触。舌に感じた絡みつく異物感は、毛穴から生えている無数の産毛だろう。自分が今食べているのが、人体の一部だというのに全身が喜んでいる。

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