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映画とエスパーと電話魔と『電話魔はだれ?』/対決・電話魔③

藤子先生は同一モチーフを繰り返し使うことが多いのだが、その中には結構意外なものが含まれる。これまで紹介したところでは、「戦争帰還兵」や「自主映画」や「絶滅動物」など、藤子先生でしかこのモチーフを繰り返し使ったりしないだろうと思うマイナーなものがある。

Fマニアとしては、そのような繰り返しテーマを見つけたときに、言い知れぬ喜びが湧き上がってくる。そして、誰かに言いたくて仕方がなくなる。「ドラとオバQと魔美で同じこと書いてますよ~」と。

けれど、日常生活においてそんなことを聞いてくれる人はいないわけで、そうした晴らせない鬱憤(うっぷん)のようなものが、長年蓄積されてきていたのである。

そういうことで、このnoteでそうした鬱憤を晴らす毎日なのである・・!


今取り上げているテーマは、最上級にマイナーな「電話魔」である。携帯電話全盛のこの時代に、そもそも「電話魔」という言葉はもう死語だろう。けれど、藤子先生は3本「電話魔」を使った作品を描いている。なので、僕としては、読んでくれる方がいるかどうかは関係なく、記事にしなくてはならないのである

これまでの記事は以下。

これまでの電話魔は、
①クラスで成績トップの出木杉を妬んだNo2男の犯行
②パーマンに泥棒を邪魔された男の逆恨み
、というお話だった。

今回見ていく「エスパー魔美」は、きちんと語っておかねばならない重要かつ、感動的な傑作となっている。


「エスパー魔美」『電話魔はだれ?』
「マンガくん」1977年23号

冒頭、真夜中に佐倉家に怪電話が掛かってくる。男の声で「お前の家は呪われている・・」と繰り返す内容で、昼夜問わず掛かってきているらしい。人のいい佐倉家の面々にとって、このように嫌がらせをされる心当たりはない。

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さて、寝ようと思っていると、誰かからの困った念波が聞こえてくる。遠くて弱いベルだが、一応向かう魔美。

あるアパートからで、入ると突然日本刀を持った若い男が斬りかかってくる。思わず避けると、その男は中年の男性を背後から斬り倒す。すると死んだように見えた中年男が血まみれになって、若い男にすがりつく。「放せ」と言っても放さない。

その二人は幻のように消えてしまうのだが、ある一室から悪夢を見ている男が唸り声を上げている。今の幻は、男の夢だったのだ。悪夢やら怪電話やらによって、魔美の睡眠時間はこうして削られていくのであった。

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翌日も佐倉家への嫌がらせ電話は続く。魔美は高畑に相談する。高畑は、佐倉家を恨んでいる人が一人だけいると指摘する。それは隣に住んでいる陰木家の夫人である。

陰木といえば、もはや趣味がクレームといった感じで、佐倉家を監視し、何かあればネチネチと抗議をしてくる強烈な女性である。

実は本作の前の回『のぞかれた魔女』というお話で、陰木さんと正面から激突するエピソードがあり、結果的に陰木さんは近所中におかしい人間だと思われて引き籠ってしまうというラストを迎えていた。

そういうこともあって、魔美も真っ先に疑っていたのだが、電話の声の主がもっさりとした太い男の声であり、違うと思わざるを得ない。高畑は「男の人はいないのか」と聞くと、「二人暮らしのご主人がいるのだが、真面目そうな紳士で最近は寝たきりなのだ」と言う。

高畑は、ともかく男の声を聞きたいと魔美に告げ、魔美は今晩にでもテープにとって届けると約束する。

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さて季節は晩秋。魔美とパパで、ポンコツ車に乗ってスケッチ小旅行へと向かう。風景画を描くにはいい季節だし、電話魔からも解放されるしの一石二鳥である。ちなみにこのようなパパとのスケッチ旅は、『春の嵐』でも行われている。

パパと離れて魔美もスケッチを描いていたのだが、少々ミスをしたことをきっかけに集中力を欠いて横になってしまう。すると、この前の日本刀で斬りかかる男の夢が、またも幻のように見えてくる。案の定、近くでこの前の男が寝転がっている。

パパとランチをした後、ブラブラしていると、さっきの男が鉄線に寄りかかって、何かを考えこんでいる。そこで導体テレパシーを使って男の考えを読み取る魔美。ちなみにこの能力は『わが友コンポコ』で初登場したもの。

男が頭に浮かべていたのは、映画「幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ」であった。「映画だ」と魔美が声に出したことで、男との「幸福の黄色いハンカチ」についての映画談義が始まる。2人で会話の中で、作品の内容を語っているので、ここで引用しよう。

山田洋次監督・高倉健主演。
殺人犯の主人公が、刑務所から出てくるところから始まる。家に帰りたいんだけど、奥さんが自分を待っててくれるかどうか、怖くて帰れない。
主人公は出所してすぐに、奥さんに当ててハガキを出す。
「もしも、まだ俺を待っててくれるなら、鯉のぼりの柱のてっぺんに黄色いハンカチを出しておいておくれ。出ていなければ俺はそのまま黙って立ち去る」
で、いざとなると家へ近づくのが怖い。もしも出ていなかったらどうしよう・・・。

ここで情報を補足しておくと、「幸福の黄色いハンカチ」は、1977年10月1日に封切られた大ヒット作品で、北海道を舞台としたロードムービーである。高倉健と道中一緒になる桃井かおりと武田鉄矢も印象深い。僕自身も本作は大好きな一本で、「男はつらいよ」専門の監督となっていた山田洋次監督の実力を見せつけた傑作である。

そして今回調べて驚いたのが、映画の公開が10月で、本作の発表が12月。見てすぐに描いたとしか思えないスピード感なのである。先ほど触れた陰木さんの『のぞかれた魔女』と繋がっている話でもあるので、おそらくは公開前から情報は知っていて、公開後すぐに鑑賞して、物語に取り込んだものと思われる。

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いつしか話し込んでいる魔美と男。男は「この映画を見て自分も真似したんだ」という。先週刑務所から出てきて、すぐにハガキを書いたのだと。

男は来歴を語る。「両親は固すぎる真面目人間で、高校の時にグレてしまい、家出してそのままヤクザ入り。顔を売りたくて、敵の親分をたたっ切った」という。彼が見ていた悪夢は、その時の修羅場だったのである。

男は一人息子で七年ぶりに家に帰ることになるのだが、今さら受け入れてもらえるとは思えずに、怖くて進めないのであった。まるで映画と一緒である。

魔美に手を引かれて、実家に向かうことにする。

「あたしたち、高倉健と桃井かおりになった気持ち」

などと言いながら。


町を進み、丘に登る。その上からなら家を見下ろせる。男の代わりに魔美が様子を伺う。物干しの上に黄色いハンカチが出ているのか、と。

・・ない。

現実は、映画とは違うものだった。

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男は肩を落とし、やっぱりな、と呟いて家に背を向けて歩き出す。男が去ったあと、何て親だと怒りが収まらない魔美は、その家へと怒鳴り込みをかける。すると、出てきた住人は「3年前にここに引っ越してきて、何のことかわからない」と答える。

男の出したハガキは、両親に届いていなかったのである。


その夜。高畑が魔美に、怪電話の真相を明かしにやってくる。ふと思いついて、テープの回転数を倍にして聞いてみたのだと言う。すると「お前の家は呪われている」という声の主は、陰木さんなのであった。

すると、そこに怪電話が掛かってくる。魔美は現場を押さえようと、テレポートで陰木さんの家へと飛び込む。とっちめようと思った瞬間、陰木さんのご主人が姿を現す。もう、やめなさい、と。

咳き込む主人公。医者から動いてはいけないと止められているらしい。寝床へと連れて行く陰木。「もうこんなことは止めろ」とご主人。陰木は、

「だって、悔しいじゃありませんか。どうして私たちばかり、こんな惨めな思いを・・・。せめてあの子がまともにいてくれたら・・・」

始めて明かされる陰木家の家庭事情。陰木夫人の日頃の恨み節の背景には、そのようなことがあったとは。

それに対してご主人は、

「私たちが悪かったんだよ。世間体とかそんなものばっかり気にして、あの子の気持ちなんてちっともわかってやろうとしなかった」

どうやら、グレた息子がいたような口ぶりである。

すると魔美は、戸棚の上に両親と息子の3人が写っている写真立てが目に入る。中央に立つ男の子は、あの「幸福な黄色いハンカチ」の男でなのであった。

これで全てが繋がった!

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翌日。出所帰りの男が、友人と歩いている。名前を名乗らない電話が掛かってきて、ある番地に行けば誰かに会えるということで、訪ねに来ていたのだった。

佐倉という家の隣、表札には「陰木」の名。

男が陰木家の前に立つと、ちょうど玄関が空いて、陰木夫人が顔を出す。男と陰木の目が合う。

大声を上げて家へと飛び込んで行く男。

隣の佐倉家の屋根の上から、魔美と高畑がその様子を見ている。

「たぶん、これで電話魔は消えると思うよ」

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初めて明かされる陰木家の家庭事情、「幸福の黄色いハンカチ」をなぞった展開、そして電話魔のトリックとその真相。

これらの要素をかっちりと重ね合わせた最高の感動作となっている。

ちなみに本作の一か月後、『ずっこけお正月』にて突然幸せになった陰木家の姿が少しだけ描かれる。以後、陰木さんは凄く優しい隣人として登場することになる。

幸せになると人に優しくなれるんだなと、改めて思わせてくれるのである。


「エスパー魔美」などの考察、たくさんやっております。


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