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焦るドラ、のんびりノビ『のろのろ、じたばた』/ノロノロ・チャカチャカ①

ゾウの時間とネズミの時間という話を一度は耳にしたことがあるのではないかと思う。

心拍、つまり心臓が一回ドキンと打つ時間は、ゾウは3秒かかるが、ネズミは0.2秒だという。その差は15倍である。

この差は固体の体重の差から生まれると言われており、体重が重くなればなるほどに、心拍や呼吸や筋肉の収縮などがゆっくりになるという。

それゆえに、ネズミとゾウとでは、同じ一秒でも感じている時間の長さは異なっているものと考えられる。これが、ゾウの時間とネズミの時間と言われる話である。ちなみに人間の心拍は一秒に一回である。


ネズミとゾウの個体差の話を出すまでもなく、私たち人間同士でも、体感している時間の長さは人それぞれなのかも知れない。

特に子供と接していると、急げと言ってもモタモタしているように見えたり、逆にゆっくりしろと言ってもチャカチャカと動いているように見受けられる。子供と自分とでは明らかに時間の感覚が違うのだ。

自分のことを振り返っても、田舎でのんびりしている1時間と、都会でアクセクしている1時間は、まるで体感時間が異なる。時の流れは一定だが、その中に身の任せた時の時間の感じ方は、人ぞれぞれなのだ。


さて、藤子作品の中では、先ほど触れた「ゾウの時間とネズミの時間」をテーマとした作品が、実は結構な数描かれている。たいていは、ノロノロしている人間とチャカチャカしている人間が、同時に存在することで、何か事件が発生する展開となる。

そこで「ノロノロ・チャカチャカ」と題して、時間の感じ方が異なる人々の面白可笑しいお話をいくつか紹介していきたいと思う。

その第一弾としては「ドラえもん」から初期の爆笑作を一本取り上げたい。なお、シリーズを追って時系列を遡るように作品を検証していく予定である。


「ドラえもん」『のろのろ、じたばた』(初出:くすりでジタバタ)
「小学三年生」1971年3月号/大全集1巻

本作は冒頭に少しご注目。

のび太がどら焼きを持って部屋に入ってくる。

「ドラえもんくうん。君のだ~い好きなどら焼き・・・」

猫なで声を出して、何かをねだろうという空気を出すのび太。まあ、いつもの調子ではある。するとドラえもんは食い気味に、

「宿題なら、ダメ」

と大声で拒絶する。「よくわかったな」とのび太が感想を漏らすと、ドラえもんは容赦なく睨みつけてくる。宿題を頼んだくらいでは少し怒りすぎのような印象を受ける。


このシーンをきちんと理解するには、本作の一ケ月前に発表された作品を振り返る必要がある。本作の一本前「小学三年生」の1971年2月号は、ドラえもんがどら焼きに釣られてのび太の宿題を安請け合いした結果、壊れる思いをした『ドラえもんだらけ』であった。

『のろのろ、じたばた』は『ドラえもんだらけ』のオチを踏まえたお話となっているのである。

こちらは「ドラえもん」史上でも最大級に笑える最高傑作なので、是非作品を読んで、記事なんかも読んでいただけると幸いです。

『ドラえもんだらけ』からの~
『のろのろ、じたばた』


ドラえもんは、今度はその手は通じないとばかりに、のび太に説教をする。毎日同じことを繰り返しているので、この辺で徹底的に反省してみる必要があると、いつになく厳しい口調である。

ところがドラえもんの厳しさはのび太には伝わらなかったようで、「なぜだろうねえ・・」などと答えながら、ゆったりと持ってきたどら焼きを食べて、「今夜ゆっくり考えてみる」と部屋から出ていこうとする。

ドラえもんは「それがいけない」と注意喚起し、

「のんびりしすぎてるんだよ。ハッキリ言えばのろまだ!」

と毒づく。これにはさすがにムッとしたのび太。「のろまは生まれつきだい」と悲しい反論をする。


そこでドラえもんが取り出したのが、薬びん二種。一つが「クイック」で、飲むと気持ちも体の動きも早くなる。もう一つが「スロー」で、その逆の効果だという。

ドラえもんは「クイック」を勧めてくるが、のび太は「いいね、後で・・・」と立ち去ろうとする。ドラえもんが追っかけてくるが、のび太は「薬は嫌いなんだよ」と逃げ回る。

こののび太の薬嫌い発言は、ラストで効果的な伏線として使われているので覚えておいて欲しい。


のび太はまずはドラえもんに飲んでみろと言い返す。ドラえもんはさっそく一錠口の中に放り込む。ただでさえイライラしていたドラえもんは、ここからスピードアップして、ノンビリのび太を追い込んでいく。

まず、「のび!」と名を呼ぶ。たった一文字削れるだけだが、「のび太君」と呼ぶのはまどろっこしいという。木村拓哉をキムタクと略すようなものか? いや違うか。

そして勉強部屋に連れていってのび太に宿題をやらせる。ノートを広げる前に「できたか?できたか?」と聞いてくる。なかなか終わらないので、ソワソワしてきて、「ウオアワ~オ」と雄たけびをあげ、意味もなく体操を始める落ち着きのなさ。


のび太は嫌になって、「分からないところを教えてもらう」と言って、家を出ていく。ドラえもんは「ぱっぱと行ってこい」と送り出すが、のび太は「のんびり行こうよ、人生は」と門の所で伸びなんかをしたりする。

するとドラえもんが「やあ、おかえり」と出迎えくる。まだ出発前と聞いて、「じれったいなあ」と激怒。のび太を押して行き、しずちゃんの家に到着。素早く呼び鈴を押し、同時に飛び込んでいく。

「どな・・」としずちゃんが出迎えるが、その前をダダっと過ぎ去っていくドラえもんたち。しずちゃんを早く早くとせっつき、のび太には「こんにちわと言いながら、靴を脱ぐ」と指示出し。せっかちにもほどがある。


しずちゃんのママがお茶の準備を始めると、ドラえもんはポットを取り上げて、のび太に直接飲ませる。そしておやつの焼きいもをご馳走になるのだが、

「焼き芋は、食べる前におならをする」

という名言と共に放屁一発。せっかち具合がドンドンとエスカレートしている様子だが、そういう薬の効果なのだろうか?

そして食べ終わると同時にさようならと言って、しずちゃんの家を出ていく。用事がまだだと聞いて、「何してんだ」とのび太を引き摺って戻ろうとする。

ここでのび太がギブアップ。薬の効き目は分かったから、「スロー」を飲んで元に戻るようお願いする。なぜクイックとスローの二種類を出す必要あるのかと思っていたが、なるほど、互いの薬の効果を打ち消し合う用途があったのだ。


そしてここからハチャメチャに拍車が掛かっていく。

ドラえもんはセカセカとポケットから取り出した道具を散らばらせると、「スロー」と思しき薬びんを手にして、

「これだ、これだ、これだ。ゴクリ」

と、三粒を一気に口の中に入れる。・・・と、なんとドラえもんが手に持っているのは「クイック」のびん。一粒でここまでの大騒ぎだったのに、その三倍の量を追加服用してしまったようだ。


ドラえもんが先ほど散らばした道具の中から「スロー」のビンを拾い出すのび太。ドラえもんに手渡そうとするが、既に何倍かのスピードを出しているので、うまく渡せない。

そして、走り出したら止まらないと言って、のび太から遠ざかっていく。しまいには、「早く追いつけえっ。何やってんだ。ノロマ!」と言い捨てて走り去ってしまう。

とても追いつけないのび太。自分も「クイック」を飲んでスピードアップさせるしかない。「間違えるなんて馬鹿だなあ」と壮大に前振りした後に、のび太は薬を4錠、カパと呑み込む。

なんとこれは「スロー」のびん。何でそこで間違えるんか! 慌てて「クイイク」のビンを拾おうとするが、ここでトロ~ンと動きが止まる。早くも薬の効果が表れたようだ・・・。


藤子A先生の喪黒福造のような目つきとなるのび太。筆致し難いスローモーな言動を見せてくる。

「フア~」

「ウファ~、ファーファーファー」

「ほっとけば」

「いいや」

「薬なら、いつか、ききめが」

「消えるでしょ。ねえ」

「おうちへかえろ」

と、文字では紹介しずらい感じで、まったりするのび太。


その脇をまさに目にも止まらぬスピードで駆け抜ける何者か。ハットリ君? な訳もなく、クイック4粒分のドラえもんが、のび太を探し回っているのである。

ドラえもんは野比家に戻ってママにのび太が帰ったかと尋ねて、「まだ」と聞くや否や、ガチャと窓ガラスを突き破って出て行ってしまう。そして忍者走りをしながらドラえもんは、「くたびれたよう」と泣き言をいう。

クイックの効果は気ばかり焦らせて、体の疲れは通常のままであるらしい。いつも思うが、ドラえもんの出す薬は、たいていの場合「麻薬」である。


一方のび太は道路でかたつむりと徒競走中。しかも負けて、「君は早いねえ」と脱帽する。そのままゆったりと帰宅。そして玄関の前で動きを止める。

・・・しばらくして、暗くなって、パパが帰ってくる。のび太はのんびりと、誰かが入り口を開けてくれるのを待っていたようだ。


部屋に入り、のび太がクイックとスローのビンを手元に置いて、ノタ~としている。パパはクイックのビンを手に取って、うまそうなドロップだな、と言って一粒取り出す。ママも続ける。

のび太はそれは「クイック」で、飲むとセカセカするよ、と言いたげだったが、「スロー」効果で言葉がついていけない。じれったいな、と言いながらパパとママは二粒ずつ口へ放り込む。

なぜここの人たちは、まずは一粒試してみるとはならないのが疑問である。

飲むとすぐに異変をきたすパパとママ。ガクガクガクと小刻みに震えたかと思うと、「ブハー」と両手を上げて叫びだす。舌が伸びて、両目が☆となる二人。明らかに毒薬か麻薬を飲んだ症状である。


ドラえもんがヘトヘトになりながら家へと帰ってくる。薬の効果は切れたようだが、結局青森まで走っていってしまったという。「ドラえもん」では、東京から地続きの遠方という意味合いで、しばしば青森というキーワードが出てくる。

時を同じくしてのび太も元に戻った模様。今度こそ宿題をやろうとドラえもんは言うのだが・・・。


家の中では先ほどクイックを爆飲みしたパパとママが、目を互い違いにさせて、手をバタつかせながら、ドタバタと走り回っている。

ドラえもんは何とかスローを飲ませようと腕を伸ばすが、スピードについていけない。そして宿題など捗るはずもないのび太は、

「だから薬は嫌だと言うんだ」

と、うんざりするのであった。


のび太は「薬は嫌だ」と発言していたが、まんまと嫌な予感が的中した形となっている。

これは「ドラえもん」シリーズ全体を通じても言えることだが、ドラえもんが出す薬、特に効果が対になっているようなものは、何かしらの健康被害を引き起こす麻薬である場合が多い。

「ジキルハイド」「ムシスカン」などがそれに当たる。「ウソ800」のように素晴らしい効果を示す薬もあるにはあるが、たいていはトンデモな効き目を発揮する。

是非とも機会を見つけて、ドラえもんに登場する麻薬特集記事を書きたいと思う。



「ドラえもん」考察多数です。


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