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究極のテストマーケティングが学べる風刺劇『並平家の一日』とは?

『並平家の一日』
「SFファンタジア5 風刺編」1978年8月10日発行 /藤子・F・不二雄大全集「SF・異色短編」4巻

noteで相互フォローをさせていただいているクリエイターの方が、映画「トゥルーマンショー」について語られている記事があって、とても楽しく拝見した。公開当時に自分も観ていたが、そう言えばあの映画を見たとき、『並平家の一日』みたいだな、と思ったことを思い出した。

ということで、『並平家の一日』を再読したのだが、いま改めて読み直すと、究極のテストマーケティングをテーマにしている、時代を相当先取りしていた作品なのではないかと思い当たった。

そこで本稿では、本作の描かれた時代背景を整理しながら、本作で登場する「マーケティング」の中身を見ていきたいと思う。


まずは作品概要から。

本作は1970年代に学研から出版されていたSFアンソロジー「SFファンタジア」の5巻目、「風刺編」に寄せられた一本となる。

このシリーズは全部で7巻発刊された雑誌で、ビジュアル重視の編集方針の元、収録作品やSF作品解説などで、スーパー豪華な執筆陣を揃えていた。SF入門書の建て付けながら、今でもコアなSFファンが高値で売買しているようなシリーズとなる。

藤子F先生の担当は「風刺編」の短編マンガである。風刺と藤子Fという取り合わせは、一見水と油のようにも思える。子供向け漫画の大家であるF先生と、アイロニーの籠った作品のイメージが浮かばないからだ。

しかし、藤子先生の異色短編などでは、むしろ、子供向けで溜まったフラストレーションを晴らすかのような、皮肉たっぷりの、社会を斜めから見下ろしたような作品も多数描いている。

その代表的な作品が、「劇画オバQ」となるだろう。この作品については、いずれ詳細に考察するが、成人となった正太郎が、もはやオバケと楽しく暮らすというような時期ではなくなったことを、ガツンと描く衝撃作である。こうした大人向け作品までも描いてしまうF先生の幅を知って、自分は研究を始めたと言っても過言ではないのである。

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それでは作品の中身について見ていく。

本作は平凡な家族の物語だ。
父親(45)・母親(40)・長女(大学一年)・長男(中学一年)の4人暮らしである。

生活意識は中流の中

この中流意識というのが、重要なポイントとなる。

本作が描かれた1978年前後の「国民生活に関する世論調査」を読むと、生活程度はどのくらいかという質問に対して、国民の9割が自分たちの生活が中流であるという回答が得られている。人口が一億人を突破して以降、この傾向が強まったことから、いわゆる「一億総中流社会」と言われた。

高度成長の時代は終わり、オイルショックを乗り越えて、人々が豊かな暮らしを享受している、今となってはとても幸せな時代のように思われる。

そんな中流社会において、そのど真ん中の平均的傾向が、あらゆる数字に表れている家族の物語となる。

平均所得、医療費、起床から出勤までの時間、母親の自由時間の内訳、耐久消費財の支出、母親のバスト・ヒップサイズ、食生活、好んで見ている番組、長男の勉強時間、そうしたデータが全て、国民生活調査の中央に位置している。

余暇の行動も、平均的。万博・モナリザ・パンダ見物には一家で出掛け、ジャンボ宝くじや紅茶キノコを買い、映画は母娘で「人間の証明」を見に行き、息子は「宇宙戦艦ヤマト」を初日から鑑賞する。海外旅行が計画され、ルームランナーは使用頻度が減ってきている。

典型的の中の典型、ミニ日本とも呼べる一家なのである。

物語は、そんな平均的な一家の、ささいな一日を切り取っていく。

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しかしながら、ただの日常を描くだけではドラマにも、風刺にもならない。本作を特色づけているのは、この一家に持ち込まれる、購買行動のマーケティング、という大人の目である。この場合のマーケティングとは、世の中の平均的な家族を仮想モデルとして、彼らの趣味嗜好を捕らえて分析することで、世の中の中央値、最大公約数が見えてくる、という手法である。

現代では、ターゲティングとか、プロファイリングといった手法だと思うが、この頃はライフスタイル研究というような呼ばれ方をしていた。

マーケティングというカッコいい横文字の内実は、平均値を探っていくだけのこと。そうした冷ややかな視点が、本作には垣間見ることができる。でも逆を言えば、総中流社会だからこそ、平均を取っていく手法が生きたようにも思える。ベストセラー、誰もが口ずさむヒット曲、話題の映画、買い替え需要の電機商品…。そうした画一化にどっぷりと漬かることで、安心できた時代だという気がしてくる。

今の時代は、多様化が叫ばれ、平均値が本当に中央値であるのか良くわからない。音楽ジャンルは細分化し、アニメも漫画も小説もドラマも映画も同様だ。ボリュームゾーンを狙っても、そこが70年代のように分厚いわけでもなくなっている。

本作は中流社会への風刺・皮肉が込められているが、この風刺の感覚は、今の時代ではあまりそれを感じなくなっているのかもしれない。

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この並平家には、テストマーケティング機能が備わっている。この辺りが、「トゥルーマン・ショー」から本作を想起した部分だ。つまり、ミニ日本である並平家に、例えば服を送り付けて、一着選ばせることで、今後日本全国で流行するものを探り出すのである。

本作は、ラストが気が利いている。並平家の長女宛に送った衣服の中で、彼女は超ミニスカートのワンピースを選択する。来年の流行はミニか、と思わせるのだが、並平家を監視している調査会社の男は解説を加える。

ミニの流行は期待なさらない方が…。前にも彼女選んだのですが、親父さんに叱られまして…。まだ数年は無理のようです。

時代が前に進むときには、その障害を越えるために、ちょっとした時間が必要なのだという、洒落たオチとなっているのである。

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おまけ。。

ところで、何年か前に、日本全国の平均値を取るテストマーケティングの最適地として静岡県が良く選ばれるという話を聞いたことがあった。思い出したら調べたくなり、検索したら以下のような記事が見つかった。面白いので、書き留めておきたい。

知り合いの分冊マガジン編集者が、静岡のみで先行発売して、売れ行きを見てから全国販売を展開すると言っていたことも思い出した。個性の時代と言いつつ、まだまだ中央値を探るマーケティングは、しっかりと有効であるようだ。

◇静岡県がテストマーケティングの好適地といわれる理由◇

1 全国市場に近い特性をもっている

静岡県は年齢別人口構成比など、デモグラフィック要因が全国と近い。経済数値や意識調査データは全国平均。民力など様々な指標が全国平均を上回り、テストのリスクが相対的に低い。
2 気候が温暖で気象条件による差異が少ない
3 適度な市場規模を持っていること。

全国の約3%の市場規模でテストがしやすい。市場規模に見合ったコストで展開できる。
4 媒体コストが首都圏や関西エリアと比べて安価
静岡県内だけの放送網があり、電波メディアが外に漏れない。逆に他県からの電波は入りにくい。新聞は静岡新聞が世帯普及率約60%で行き渡っていて、1紙でカバーできる。
5 マーケットとして独立したエリアである
静岡県には、ほぼ同レベルのエリアパワーをもつ東部・中部・西部という三つの経済圏があり、それぞれのエリアの産業構造が異なっている。(それらが県レベルで合成されることにより、日本の全体市場に類似する。)それぞれのエリアの特性を比較しながら同時にテストを進行することができる。

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