世にも恐ろしい誘拐劇『ヒョンヒョロ』 藤子F「誘拐」ストーリーズ ③
藤子F先生は、気に入ったモチーフを、色々な作品で繰り返し扱うことがよくある。オバQで使った忍者ネタを、ドラえもんで使う、というようなパターンである。Fマニアからすれば、そのような同一テーマを複数作品から見つけ出した時は大きな喜びであるし、さっそく考察を始めてしまうのがマニアの性(さが)だ。
その中で、藤子ワールドで繰り返し登場する「誘拐」ネタについて見てきた。「誘拐」は、現実の世界では恐ろしい凶悪犯罪であるが、Fの世界の住人にとっては、簡単に克服できるものとして、比較的ライトに描かれる傾向にある。これまで二回に渡って、そのような割と気楽に読める作品を見てきた。以下にリストアップしたものを掲載しておく。
オバケのQ太郎『ゆうかい魔に気をつけろ!』
「週刊少年サンデー」1964年42号/大全集1巻
パーマン『ガン子誘拐事件』
「小学二年生」1968年3月号/大全集3巻
SF・異色短編『ヒョンヒョロ』
「S-Fマガジン」1971年10月増刊/大全集4巻
バケルくん『さらわれたのはだれ?』
「小学二年生」1974年11月号
エスパー魔美『ただいま誘拐中』
「マンガくん」1977年11月号/大全集1巻
エスパー魔美『エスパーもさらわれる?』
「少年ビッグコミック」1980年18号/大全集4巻
パーマン『さらわれてバンザイ』
「てれびくん」1983年9月号/大全集7巻
ドラえもん『テレテレホン』
「小学二年生」1984年12月号/大全集15巻
本稿では、他の作品とはガラリと印象も変わり、対象年齢も一気に上がる衝撃的なSF短編『ヒョンヒョロ』を見ていきたい。
『ヒョンヒョロ』は1971年10月に早川書房の「S-Fマガジン」、SFファン界隈にとっては、ずばり「マガジン」の増刊に発表された短編マンガである。本作が描かれた二年前にも「正寿ちゃん誘拐殺人事件」という残忍な誘拐殺人が起きている。誘拐が日常茶飯事に起きていた時代の作品と考えてよいだろう。
掲載誌からわかるように、本作は完全なSF作品だ。しかも相当にヘビーなSFファンを想定して描かれている。基本的構造としては、宇宙人との価値観ギャップが主題となっている作品で、そこに誘拐のネタを加えたという作りになっている。つまり価値観ギャップが主で、誘拐は従だ。
可愛い男の子マーちゃんが、円盤に乗ったうさぎちゃんから渡された手紙を持ってくるところから物語が始まる。マーちゃんは前にもお星さまを拾ったなどと空想めいたことを言い出していたので、ママやパパは空想癖の強い子供だと納得する。
ところが、その手紙は、
ヒョンヒョロをください くださらないと誘拐するてす マーちゃんどの
と幼稚な字で書かれている「脅迫状」であった。
この脅迫状は、突っ込みどころが満載だ。ヒョンヒョロが何かわからないし、誘拐する予定の子供に直接犯行予告を渡している。当然、通報された警察も、いたずらだと相手にしない。
いたずらの可能性が高いが不気味なので、マーちゃんは外ではなく家の中で遊ぶことになるのだが、そこに壁を抜けて大うさぎが姿を現わす。手紙を読んだかと聞いてくるのだが、マーちゃんは字が読めないと答える。
大うさぎは家族に読んでもらおうということで、マーちゃんと一緒にパパとママの前に姿を現わすのだが、非現実的な大うさぎが目の前に現れて、その現実を受け入れることができない。パパもママも幻覚だと思い込むのである。
大うさぎは自分の存在を信じてもらうため、マーちゃんの許可を取って居候することにする。
大うさぎは、人間の食事は、葉っぱや魚の死体で大変素朴だという感想を言うのだが、この一言で人間の価値観と大うさぎのそれとは全く異なることがわかる秀逸な台詞となっている。
そして、大人は非現実を受け入れないが、価値観が固まっていない子供はそれをいとも簡単に受け入れてしまう。常識を得ることと、価値観が固まってしまうことがトレードオフの関係であることが語られている。
大うさぎは、TVで誘拐のサスペンスドラマを見て、脅迫状に場所と時間の記載が無かったと反省し、「続きょうはくじょう」を書いてマーちゃんに渡す。地球では地球のルールに従わなくては、などと言いながら。
マーちゃんのパパとママは、喧嘩をして仲直りの流れで性行為へと及ぼうとするのだが、ここに大うさぎが入ってきて、有性生殖の実際を観察したいと居座ろうとする。ここで、二人とも大うさぎの存在をようやく認めるに至る。
パパとママは警察を呼び、大うさぎからの脅迫状の事情を改めて説明する。警察は案の定、非常識にもほどがある、と相手にしないのだが、大うさぎがパトカーを消すなどの実力行使に出て、警察もその存在を認めざるを得なくなる。
うさぎの存在が確定した後は、ヒョンヒョロをめぐる茶番の身代金受け渡しが行われる。大うさぎは、郷に入りては郷に従えの精神で、地球の誘拐犯の「常識」を押し付けてくるのだが、これが生半可の常識であるため、かえって非常識な事態へと突き進んでいく。
大うさぎは子供を巻き込むことはしないと約束するが、その代わり警察には「誘拐事件」の習慣通りに動いて欲しいと要求する。犯人が目の前にいる状態で捜査本部を立ち上げさせ、ヒョンヒョロ受け渡しの張り込みなどもやらせる。そして、脅迫状に書かれていた公園の電話ボックスに夜中の0時で待ち合わせることになる。
ところで、ヒョンヒョロとは何なのか?
訳が分からないので、金品をありったけ用意して、電話ボックスに向かうパパ。5分前に到着したが、大うさぎは時間は守りたいと、5分間待たされる。
そしていよいよヒョンヒョロの受け渡し。しかし、大うさぎは金品を見ても納得しない。そしてヒョンヒョロが何かを知らないということが分かり、激怒する。
「宇宙最高最大ノ価値アル、アノヒョンヒョロヲ? 非常識ナ!アマリニモ非常識ナ!!」
ここで大うさぎ側にも常識があったことが示される。互いの常識がズレているために、いつまで経っても話が噛み合わなかったのである。
大うさぎは怒りに任せて、誘拐を実行する。
翌朝。シーンと静まり返った世界。たった一人マーちゃんが起きてくる。手にはこの前拾ったというお星さま。これこそがヒョンヒョロなのであった。つまり、ヒョンヒョロが何か、という答えは最初から示されていたのである。子供の言うことをしっかり聞いていれば、このような事態にはならなかったのだ。巧みな伏線と言わざるを得ない。
また、なぜマーちゃんだけが消えずに残ったのか。これは大うさぎが、子供は巻き込まない、という約束を守ったからである。
本作は、既に定型化している「誘拐」のやり方を、一つの凝り固まった価値観として提示し、それと全く異なる宇宙人の価値観をぶつけて、平行線を辿らせる。
本作のような価値観が噛み合わないストーリーを作るにあたって、誘拐ネタがフィットした、ということになるだろう。
さて、3回に渡って藤子F「誘拐」ストーリーズを追ってきた。今回紹介しなかったパーマンの『さらわれてバンザイ』については、パーマン3号こと星野スミレが主人公の物語として、いずれまとめて記事にするつもりである。
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