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【考察的小説】魔女は嘘をつけない・後編

以下、いきなり後編が始まります。
初めての方は、
ぜひ前編からお楽しみくださいませ。。。

https://note.com/sharonwith_/n/n2438cb1804b1
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『どうして桜久くんが草野吉の遺灰を持っているの? 』

 麗奈が放った言葉がリフレインする。 
「一体何のことを言っているんですか、麗奈さん」そう言って、視線は麗奈から目を離せずにいた。
 僕はどうやら語りすぎてしまったようだ。きっと麗奈は気づいたのだろう。

「ほら、これ。このガラス瓶。砂のようにサラサラ、そして桜の花弁が入っている。これって遺灰でしょ」
 麗奈は写真立て横に置かれたガラス瓶を指差した。さっきまでは卓上カレンダーで死角になって見えなかった小瓶が、今は露わになっている。僕は言葉を紡いだ。

「はい、母の遺灰です」
「でもどうして・・・」わかったんですか、と発する前に麗奈が話し出した。
「その小瓶に『草ヨ』という字が書かれてあるじゃない。それさ、草野吉のサインと同じなのよ」
「そうですか」と僕はそれ以外何も答えなかった。

「桜久くんのお母さま、いつ亡くなったんだけっけ? 」麗奈が聞くと梨奈が「ちょっと」と制している。いいんだ、と梨奈に言い、僕は話を続けた。

「母は、半年前、家の玄関で亡くなっていたんです。第一発見者は僕でした。いつもより化粧もきちんとして正装していた母は、どこかに出かけようとしていたんです。でもその行先はすぐに分かりました。仕事関係の人に会う予定だったようです。母の鞄に入っていたスケジュール帳とUSBが教えてくれました」

「そっか」と言って麗奈は遺灰にそっと手を合わし、ゆっくりと話し出した。

「これは私の推測と思って聞いてね。お母さま、お仕事に一区切りついたんでしょうね。それで安心したんだと思うの。病を患っているのは分かっていた。でも桜久くんには言えなかったんでしょうね。半年ほど前って、正式に梨奈と付き合い始めた頃じゃない? お母さま、未来ある二人に心配をかけたくなかったんだと思うの」

「もう、気づいてらしたんですね、草野吉が僕の母である事を」僕はゆっくり言葉を発した。梨奈が横で驚いているのが分かったが、麗奈が構わず話し出した。

 「いや、正直分からなかった。でも、草野吉と桜久くんのお母さまには、共通点が多過ぎた。草野吉の小説には、たくさん禅師の言葉が出てくるし、桜久くんのお母さまも禅語が好きでしょ。そして二人とも半年前に亡くなっている。しかも家の玄関で。だからもしかして草野吉は桜久くんのお母さまじゃないかっていう仮説が立ったの。特に草野吉の名前を梨奈が何度か呟いた事で確信に近づいたの」

「どういうこと? 」梨奈が訊ねる。
「草野吉。えっと……」麗奈が鞄から手帳を取り出し、何かを書き始めた。

——クサノヨシ

「この文字の中に、二つ名前が隠されているわ」麗奈が該当する文字を〇(まる)で囲んだ。
「ヨシノと…サク」梨奈がゆっくりと言葉を発し「桜久のお母さまの名前と桜久の名前が入ってる」梨奈が動揺している。

 僕はしばらく黙り、そして小さく頷いた。
「麗奈さん、お見事です」僕が呟くと麗奈の切れ長の目じりが下がった。
「と言いたいところですが、僕も聞きたい事があります」と今度は僕が麗奈に目を合わせた。

「麗奈さん、いつから知り合いだったんですか? 草野吉と、いや、母と」
「と言うと? 」と麗奈が言葉を返した。

「うちの母、草野吉は性別を明かしてませんでした。ストーリーに先入観が入らないようにっていう配慮で。だけど麗奈さん『それに彼女も随所に禅師の言葉を散りばめているのよ』と『彼女』って言いました。あれっ、なんで知ってるんだろう、と思ったんですよね。しかも『草ヨ』のサインはオフィシャルなサインではなくて、仕事関係者に記す、確認サインとして使う時のものです。それをどうして麗奈さんが知ってるんだろうって思って。しかも家の玄関で亡くなった、だなんて限られた人にしか知り得ない情報ですから。だから麗奈さんと母はお互い以前から知っていたんだって」

 麗奈が僕の目を見て優しく微笑んだ。
「そうよ、先生は家の玄関で亡くなった。最後の作品を仕上げてからね」
麗奈は梨奈が持つ「魔女は嘘をつけない』に視線を移した。

「自宅で病気療養をしていた訳ではないから、一旦は不審死扱いになった。でも病院の診察券を見つけてかかりつけの医師に連絡したら、すぐに死亡診断書を出してもらえたの。 
それはご遺族にとってのせめてもの救いだったかと思うわ。だって死亡原因が特定できなければ、ご遺体を預かって検死をしなければならないから」麗奈は僕を見た。

「じゃぁ麗奈さんは、随分と前から母のことを? 」
ゆっくりと麗奈が頷く。

「これは先生の最後の作品よ」麗奈が本をなぞる。
「麗奈さんの職業、何か気になってたんです」こちらに振り返った麗奈が首を傾げる。きっととぼけているのだろう。

「最初は出版社の人かなって思ったんです。母の亡くなった状況は出版社の一部の人は知っていたから。でも何か違うような気がして。出版社の人なら、この最後の作品『魔女嘘』を出版する時に僕と会っていたはずだし。それで思い出したんです。麗奈さんが人から見られる印象について話した時に、僕が『誰かにそう言われているんですか』と返せば『そういちに』って言った事を。あの時、僕はてっきり恋人の名前かと思っていたんですが、これでピンと来ましたよ」

 僕は写真立ての横に置かれた犯罪ミステリーの本を取った。
 「これ『捜一・花子のクリミナルブログ』です。麗奈さんが言った『そういち』とは捜査一課の略ですよね」

 麗奈を見ると悪戯っぽい笑みを浮かべ「やられた!」と唸った。
「あと、柔道も。警察の方なら納得です」僕が付け加えれば「あ、それは昔からしてたの」と訂正された。

「すごいね、なんかドラマ見てる見たいだった」梨奈が言う。
「でもあれだよ、桜久ちゃん」
いつのまにか麗奈の僕に対する呼び方が「桜久ちゃん」に変わっている。

「あのね、遺灰を撒く行為は刑法第190条の死体等遺棄罪に抵触する恐れがあるよ」
「どうしてそんな事、僕に言うんですか? 」
「これはね刑事の勘よ。あの魔女嘘の本の一節で『私の一部を蒔いて』って表現があったでしょ。あれは遺灰じゃないよ」

 ドキリとした。僕はてっきり母は自分の一部、つまり遺灰を撒いてほしいものだと思ったからだ。それを本に記したのだと思った。

「桜久ちゃん、真面目そうだから、直観的に先生の言葉を受け止めたかも知れないけど、それこそ如是我聞の心よ。先生がそんな事、息子にさせると思う?散骨ってね、色々ややこしいのよ。公共の場や私有地ではないところでの節度を持つ散骨なら処罰に値しないと言われているけど、実際は何だかんだ許可がいったりするのよね。自分の病気の事を最後まで桜久ちゃんに言わなかった人が、息子にそんな面倒な事をさせるかな」

確かにそうだと思う。でもだとしたら「私の一部」とは何だろうか。
「お母さまの言う『一部』ってあれじゃないかな」今度は梨奈が何か気づいた様だった。

「さっき、桜久が『愛ある言葉を蒔きなさい』って母によく言われてた、って教えてくれたでしょ。そこから察するに、蒔くのは『愛のこもった言葉』なんじゃないかな」

僕は動けなかった。代わりに胸の奥からぐっと何かが熱くなるのを感じていた。
「そうか、愛の言葉、だったんだ」僕の言葉に麗奈も賛同する。

「でも麗奈さん、どうやって刑事である麗奈さんと母が知り合ったんですか? 」
梨奈も不思議に思っているのだろう。麗奈の目を見ていた。

「あ、それはね、簡単よ。私が魔女だから」
 よく、驚いた時に目が点になる、と言うが、今の僕と梨奈の目は、きっとそれだと思った。
「だから、言ったじゃない、魔女騒ぎの時。ほら私が魔女の格好をして小学生の子供たちにお説法を説いた様子を女性が見てた、って言ったでしょ」

 思い出した。そうだった。確かに麗奈はその話をしていた。
「ほら、手でOKサインをもらった人。その人が草野吉だったの。と言っても、その時、草野吉が誰かも分からなかったんだけど、先生に『あなた面白いわ』って言われてね。一応怪しいものじゃない事を証明するために、警察バッジを見せたの。そしたら『私は作家活動をしているから事件もの扱う時、意見聞かせて』って言われてね。それから先生に呼ばれるたび、原案を読ませてもらったりしたの」

まじかーと思わず出てしまった言葉に我ながらびっくりする。
「そういう事になるわよね。でも草野吉が梨奈の恋人の桜久ちゃんのお母さんって事は今日初めて知ったのよ。先生、プライベートの事あまり語りたがらなかったから。それは私も同じだし。その辺りを互いに理解して仲良くさせてもらったの。本当にいい思い出だったわ」

「そうか、密葬にしたから麗奈さんとも会えなかったんだ」僕は色々と納得した。

「でも初対面で先生にこうやってOKサイン貰えた事って私の誇りよ」麗奈が言うと、梨奈が片手でOKサインを作って「OK、こんな感じだったのかな」と言った。麗奈はそれを見て「そうそう」と頷いている。

だがなぜだろうか。麗奈の記憶に残る母の残像は僕の記憶に残る母のそれと何かが違う。いや、全然違う。そもそもは母は片手で〇を作って「OK」なんて言わない。そもそもそういう柄ではない。

 となると母が麗奈に見せたであろうサインは本当に「OK」を示したものだっだのだろうか
「麗奈さん、母がこうやって本当にOKって言ってましたか? 」

 僕も片手でOKサインを作ってみる。
 麗奈はしばらく視線を左上に向けて考えている。その視線は過去を思い返している時の視線の位置と聞いたことがある。
「あっ」と言った麗奈は「確かに片手でOKサインはしたけど『OK』とは言ってなかったな」と今度は自分でOKサインを作っている。

「だとしたらそのサインは……」
僕が話し終わるのを待たずに何か閃いたような面持ちで梨奈がテーブルに置いてあったチラシの端に、ペンで〇を描いた。

その描かれた〇は、ただの円であるにも関わらず、僕の小さな記憶のひとかけらと結びつき、次第に一枚の写真のように脳裏に浮かんできた。

「これは、そうだ! 〇、つまり円なんです」
そうか、母はあの日、そう、僕が大学で知人との間に起こった話をした日、確か『面白い出会いってあるもんだ』と言って帰って来たんだった。
 それはきっと麗奈と出会った帰りだったんだ。  

 そしてさっきの梨奈のように、母もテーブルにあった広告チラシに〇と書いていた。僕はあの時、〇(よくできた)と言われた、と思ったけどそうではなかったんだ。

 僕は今思い出した事を、目の前の二人に話した。すると「先生の事だから何か意味がある気がする」と言って携帯を取り、〇の意味を調べた。

「あぁ、やっぱり〇はイラストとか、丸印の類のしか出てこないわね」麗奈が尚も調べる。

「待って、お母さまって、禅語をよく話してたんだよね。だったら禅に関係あるんじゃない? 」
 はっと思った。きっとそれだ。禅語に関係があるはずだ。

「梨奈、ビンゴ! 」僕が少し張った声を出せば「古いな」と麗奈から返ってきた。

 同じようにそれぞれが携帯を持って調べる。「あった」と僕が声を発すると同時に二人が顔を上げて頷いた。どうやら二人とも見つけたようだ。

 「円相(えんそう)」 

 そう、あれはただの円ではなかった。そこに書かれた説明を読めば「円相とは唐の禅師が真理とは何かと問われた際に描いた書画である。真理・宇宙を表し、つまるところ自然や人とつながり合っている事を表現しているとも言われている」と綴られていた。

「多分、この意味だったんだろうね、先生が描いた〇って」麗奈が言う。
「みんな繋がってたんだね」梨奈が言う。
「明日はお母さんの誕生日だし、引き合わせてくれたのかな」僕は遺灰に向かって言った。
「もう、粋なことしてくれて先生ったら」と麗奈が甲高い声で笑って「トイレ」と言って席を立った。

 廊下を歩くその後ろ姿は、どこかか細く見えた。そしてその肩は小刻みに震えていた。麗奈がトイレに入ってしばらくすると、思いっきり鼻をかむ音が聞こえてきた。
 梨奈と目を合わして、小さく笑う。
 どうやら、こっちの魔女も嘘はつけないらしい。

あとがき:
 後半では伏線を回収しましたが、伏線を張って、忘れないように回収するのは至難の業ですね。

 ただ、生きている中で、「これってこういう事か、、、」とハッとさせられる瞬間があるものです。その瞬間は感動を超越した、心に迫るものがあります。
 そんな一場面をこの度、言葉で紡がせていただきました。 

 改めまして、最後までお読みいただきましてありがとうございました。
参考書籍:「禅 心の大掃除」(三笠書房)
      著 枡野俊明

再編日:2023年2月15日


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