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きのこ帝国『タイム・ラプス』と宗像フェス

9/12にリリースされたメジャー3rdアルバム『タイム・ラプス』を聴いて思うのは、きのこ帝国ってつくづく、誰にも依ってないし、何にも酔ってないバンドだということ。これまで培ってきた繊細で気高い音楽への美学を欠くことなく、「今はこれを表現したい」という明確な意志で、かつてなくオープンで普遍的な作風に踏み出している。誰しもに刺さり得たこのバンドの醸し出す“感傷”を、不特定多数に届く強度を持ったポップミュージックとして仕上げてある。

きのこ帝国のインディーズ期のディスコグラフィーはソングライター佐藤千亜妃の魂の解放の歴史と重なり続けていた。混沌とした青年期を描いた初期作『渦になる』『eureka』、これまでと決別する『ロンググッドバイ』を経て温かく穏やかな『フェイクワールドワンダーランド』へと辿り着いた。その後、かつての大切な人への想いを巡らせるメジャー1stアルバム『猫とアレルギー』という、パーソナルな作品にてきのこ帝国のドキュメンタリー期は完結した。前作『愛のゆくえ』はグルーヴの深化に重点を置き、内容としては“愛”をテーマとした作家性の強いアルバムだった。

今回の『タイム・ラプス』は、青春を歌ったという部分では初期の作品群に近い。しかし主体はあくまで現在にあり、ノンフィクションを記録し直してるのではなく、虚構を織り交ぜながら新たな角度から今の解釈で撮り直している。前作で得たストーリーテラーとしての視点で、自身の青き日々対峙して鮮やかな色合いで映し出しているのだ。初回特典として1st自主制作アルバム『夜が明けたら』の復刻盤を付属させているのも、当時のリアルと現在からの視座を対比を表現するためではないか。

重厚なイントロからは想像できないほど、自らの弱さを明け透けにした1曲目「WHY」、このアルバムは幕を開ける。続く「&」も、カラッとしたサウンドで、情けなくも愛おしい日々へと思いを馳せる。キラキラとは少し違う、生々しい手触りを持った思い出たちだ。

MVも作られた「金木犀の夜」はそんな楽曲群の中でも特に秀逸だろう。ふとした瞬間に舞い戻ってくる記憶とか、忘れないし、忘れないで、みたいな都合の良さとか。気恥ずかしい呟きのような、話し言葉のような、着飾らないラフな詩世界もまた、淡々とした音像によくマッチしている。

きのこ帝国「金木犀の夜」MV
https://youtu.be/bdOGh2q4184

一方で、「ラプス」のような孤独の底からの叫びも収録されている。『渦になる』『eureka』期に近い黒々とした感情だが、今のモードで柔らかくアレンジしてあるのがこのアルバムならではのアプローチだろう。激しく攻撃的な「Thanatos」もまた、佐藤がかつて抱いた死への憧憬を危うく綴りながらも、それを現在から見つめることで真に迫る優しさを垣間見れるのだ。

同じく疾走するギターロックである「中央線」は、この作品で唯一の活動初期から存在する曲だ。特典の『夜が明けたら』とこの本編を繋ぐワームホールのような役割を果たしている。どこか投げやりで何も許しきれない感覚をシンプルな構成でぶつけている。セピア色で差し込まれる回想シーンのような存在だろう。

初期作と比べた時に最も変化しているのは歌の開かれ方だ。本作屈指の明るさを誇る「ヒーローにはなれないけど」の朗らかな歌声は真っ直ぐで美しい。そっと前を向かせてくれる素直な力強さがある。

一方で初期からの持ち味であるドープな一面を受け継ぐ曲もある。アンニュイなインスト「Humming」を挟んでの「LIKE OUR LIFE」は、アコギとループするオケを軸にして夢惑うような心地にさせる。「傘」は歌謡曲/フォークに根ざした湿度の高いナンバー。「タイトロープ」では轟音の中を漂う浮遊感あるメロディと共に、虚しく言葉を紡いでいる。これまでの技もしっかりと磨き、きのこ帝国の最先端として鳴らしてある。

特筆すべきはラスト2曲。「カノン」は佐藤千亜妃の歌う者としての大義が虚勢なく刻まれている。作中、語り手であり続けた彼女が不意に始める自身の吐露に胸が震える。その堂々とした表明のまま、「夢みる頃を過ぎても」でアルバム締めくくられる。選ばず見れなかった世界と、選んで今立っている世界の狭間で、揺れる心をストリングスを交えた演奏で劇的に彩っている。何かを悟り、大事に心の奥底へしまいこむような、切なくも爽やかな余韻が耳に残る。

きのこ帝国「夢みる頃を過ぎても」MV
https://youtu.be/Ay7etoJxj4U

もう戻れない日々を見つめようとする凝らした瞳に映るのは、あの頃の色褪せない景色たち。それは連続写真のようにして今の自分へと連なっている。結成10年を経たきのこ帝国だからこそ描けたこの世界観は、成熟と若さが同居した稀有な傑作だろう。社会人1年目、疲弊しきった自分には少々その感傷が沁みすぎるけれど、じっくりと浸れるアルバムだった。

そういえば。リリースから遡ること3日前、宗像フェスできのこ帝国のライブを観た。宗像フェスと銘打ちつつながら、開催地は福岡県福津市という隣の市。私事としては、この会場、恥ずかしいくらい実家に近く(徒歩圏内)、会場が面する海・恋の浦には小さい頃に遊びに来ていた。

そんな記憶の果てに存在する場所で、大学の頃ハマり散らかしたきのこ帝国を観るのはとても不思議な気分だった。ずっと前から知ってる風景を背に、その時は知らなかった大好きな音楽が鳴ってるという。

恋の浦を視界に入れながら聴く「海と花束」も、静寂に寄り添うようにしっとりと歌った「ハッカ」も素晴らしかったけど、初めてライブで聴いた「金木犀の夜」は格別だった。涼まってきた夕間暮れに、懐かしさを呼び起こすメロディがたまらなく優しかった。思い出に、新たな思い出を付け足していくような。これもまたひとつの人生の上に広がったタイムラプスだなぁと。

あと、とっても余談だけど、このフェスにはきのこ帝国直系な羊文学も出ていて。オルタナ界隈的には、きのこと羊が同じステージに立ったメルクマールな日だと思っている。羊文学もまた美人で虚ろな顔のボーカル・塩塚モエカを擁するバンドだけど、佐藤千亜妃とはまた違うチャーミングさがあってとても良かった。きのこ帝国がまさか『タイム・ラプス』のような作品に辿り着くなんて、『渦になる』の時は思ってもいなかった。羊文学も、諦念に満ちた1stアルバムを出したばかり。これからどう進んでいくのかね!

#アルバムレビュー #イベントレポ #きのこ帝国 #タイムラプス

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