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【現地レポ】三度目の隔離⑩ 青島⇒北京、そして北京に戻ってから

隔離が明けて無事に北京に戻って来ています。

VPNの調子が悪かったのと、隔離の身体的・心理的ダメージが強すぎて、しばらくnote更新もサボってしまいました。

一応シリーズの締めくくりとして、時間が空いてしまいましたが、青島での隔離解除から北京に戻ってからの経過観察期間の出来事、そして最後に(いらんと思いますが)私の隔離に対する所感について簡単に記録しておきます。

最終日、11時頃に係員が部屋に訪れます。
ドアを開けると「レッツゴー」と英語で言われ、先導される形で隔離ホテル一階のロビーへ。

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で、ロビーでチェックアウト手続きと共に、隔離証明書やらPCR検査結果やらを貰います。

その後ホテルの用意してくれたバスで青島空港に向かい。

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青島空港でまた外国からの入国者向けの特別室で出発までしばし隔離。
ここらで初めて一緒に隔離されていた方々と顔を合わせた訳ですが、企業にお勤めの駐在員に交じって、一人で小さいお子さん二人を連れているお母さんもいたりして「三週間、ホントにお疲れ様でした」と心の中で最敬礼しました。

で、青島を飛び立ってからはもう割と普通で、北京空港に着いた後、入居しているマンションに戻って来れました。

但し、そこから一週間、住んでいる社区(エリア)の衛生担当者に毎日二回対応報告をWechatを通じてすることが義務付けられ、加えて日時指定で二回近くの保健所的なところに行ってPCR検査を受けることも必要となります。

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幸い保健所が家から自転車で30分程の所にあるのでそんなに苦労しないで済みましたが、まぁ仕事の調整とかもあって中々に大変でした。

そんなこんなで一週間が過ぎたら、またいつもの北京での日常が戻ってきた感じになります。

但しビザが出ないので引き続き家族は日本のまま。
コロナの影響はここ中国でもまだまだ尾を引いてます。

過去の投稿でも触れましたが、とにかく三週間の隔離は長かった。
以前の二週間隔離だと、まだ「週」が過ぎるという感覚の方が強いですが、三週間隔離になると「月」や「季節」が過ぎてしまうという感覚が強く、僕の場合、その間シャバにいたら何が出来たかな、とか考えてしまい、精神衛生的にヨロしくなかったです。

家族とは一緒に住みたいし、それが叶わないなら何度でも一時帰国したいところですが、隔離というコストが高すぎる、でもそれだからこそ北京では生活上は日常が戻っている(移動や外食に制限がかけられていない)ということもあり、日々複雑な心境です。

上海では家族向けのビザを取得する為の招聘状が出始めたみたいな話も聞きますが、そうした措置も北京にまで適用されるのがいつになるか、そもそも上海でもその措置に乗っかれる人が限られている、手続きが不透明といった情報もあり、期待する分だけ心が揺り動かされ疲れてしまうマイナス面もあります。

早く真の意味での日常が戻ることを、期待せずに、でも祈りながら、一旦この隔離の記録を締めたいと思います。

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