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【小説】ドント セイ グッバイ (1)


1話 ロンドン


「お客様は、3月28日までの宿泊になってますね」

「28日に、もう1泊追加してください。部屋はシングルルームに変更で」

「かしこまりました。45ポンドです」

ケンイチは、約2年の英国滞在を終えて、帰国しようとしていた。

最後の4か月はYHA*のドミトリー(二段ベッドの部屋)に滞在していたが、最後の夜は、シングルルームに泊まることにした。

『最後ぐらい贅沢してもいいだろう。これでもホテルより安いし』

追加料金を支払った後、日課のネットカフェに行き、メールをチェックした。


先日、写真を送ったエミリー**からメールが届いていた。

ケンイチ、写真送ってくれてありがとう(^^)/。 写真の画質悪いね。台湾で現像したほうがきれいだよ。

『おー届いたか。うるせー、日本でやったほうがもっといいわ!』

その日はなぜか、1日ずっと憂うつな気分だったの。でも家に帰ったら、写真が届いていて、みんなで過ごしたWWOOF***の日々を思い出せて、とっても嬉しくなったよ(^_-)-☆

『へー、良かったじゃん。そんなに喜んでくれるなら、送って良かったわ』

昨年の夏にケンイチはイギリス北部のハイランド地方でWWOOF(農業体験)に4週間参加し、同様に参加した台湾からの大学生の数名と仲良くなって、メールで交流をしていた。

ケンイチはもうすぐ、日本に帰るんだよね。また会えるよね。 だって台湾と日本は近いし。We can can

『あれぇ、文法間違えてら。 ...ん、これって、わざと?

...間違い.............. 』

なぜか、しばらくドクドクと自分の胸の鼓動が高鳴っていることにきづいた。

『なんだよ。...どういうことなんだ。』


ケンイチは千葉県出身の24歳で、東京のいわゆる”Fラン大”に入り、ろくに勉強もせず、就活がちょうど就職氷河期と重なり全敗した。

就職をあきらめて、英語もろくに話せないのに、大好きだったおばあちゃんが、「いつかグラスゴーにいきなさい、世界一よ」という話を子どもの頃にしたのを覚えていて、イギリスに渡り、グラスゴーの語学学校に通い、2年目はロンドンのホスピタリティの専門学校に通った。最後は日常生活程度の英会話はできるようになっていた。

日本に帰国するのに、その前に台湾を10日間旅行することにし、台北と高雄に寄る予定にしていた。

台北には同じ農業経験で知り合った男友達のスティーブ**と会う予定で、高雄ではケンイチが好意を寄せていた女友達のレイラ**やリリー**と会うことになっていた。


『やっぱ、台湾行くのやめようかな...』『全部キャンセルして、エディンバラに行ったら... みんな怒るよな。 どうしよう』

先の3名は既に台湾に帰国していたが、エミリーはまだイギリスにおり、エディンバラにいた。


昨年の夏にハイランド地方で農業体験をしたときに、先にプロジェクト終了してエディンバラに移動するエミリーをケンイチとその仲間たちでインバネス駅まで見送りにいっていた。

「エミリー、女の子一人で夜行列車で移動するの、ホントに大丈夫なの?」

「ケンイチ!、私、大人だよ。心配しないで」

「そっか、ならいいけど」

エミリーは21歳で台中近郊から来た大学生で、大学を休学してイギリスに留学していた。色は白くて、目はぱっちりしている美人で、シャネルのヘアアクセサリーをいつも髪につけていたが、誰かにもらったようで、それほど都会的ではなかった。

ケンイチはエミリーとは冗談を言い合う仲で、妹のような印象を持っていた。

一方、色が浅黒く、背も低くて、決して美人ではない同い年のレイラに対して、チャキチャキしていて、気配りもできて優しい姿が、まるで自分の母親のように思えて、ケンイチは好意を寄せていた。


それがイギリスを出国する直前で、ケンイチの気が突然変わってしまったのだ。


ロンドンを出発する前日になり、ケンイチは部屋を移動した。

前日まで冷たい雨がしとしと降っていたが、この日は久しぶりに晴れていた。

夕方、ホスピタリティの学校****で一緒だった日本人の友人のユウジから電話がかかってきた。

「よう、今日が最後の夜だろう? またギター持っていくからさ、ヴィクトリアパークに行って、歌でもうたおうぜ!」

「ごめーん、用事があるんだ」

「えー!、そうか、最後に遊べないなんて残念だな。気をつけた帰るんだぞ!」

「すまない。日本に帰ったらまた会おう」

ケンイチは結局その日、誰とも会わなかった。


そして夜になり、エミリーに電話した。

「エミリー?」

「ケンイチ⁉ どうしたの?」

「オレ明日、イギリスをでるよ」

「そうだったの。台湾でみんなに会ったらよろしく言っといてね。私よりも先にケンイチが会うんだから」

「うん...  あのさ」

「何?」

「オレ、エミリーのこと好きなんだ  (I like you very much)」

「えーっ、私も (Me too, Me too)」

「良かった。じゃあ、また日本か台湾で会ってくれるね?」

「もちろん!!」

ケンイチは専門学校のフィルムクラブでビデオで観たイギリスラブコメ映画の主人公を真似して、あえて、”Love”ではなく、”Like”という言葉を使ったことで、エミリーから好意的は返事を得たが、表現が弱くて、エミリーには、愛の告白とは捉えられなかった。

『やったー、うまくいったぞ!!』

そんなこととはつゆしらず、ケンイチは告白が成功したと思い込み、上機嫌でイギリス最後の夜をシングルルームで熟睡できた。


翌日、ケンイチは、エミリーのいるエディンバラには行かず、当初の予定通り、ロンドンのヒースロー空港から、台湾・台北の蒋介石国際空港(現 桃園空港)へ飛び立った。


つづく





脚注 *YHA ユースホステル格安の宿泊所。ドイツ発祥で世界中にある。

**エミリー、スティーブ、レイラ、リリーと言う名前は「イングリッシュネーム」といい、アジア等非欧州系の人たちの名前が英語圏では発音がしづらい為、欧米の名前を名乗ることがあります。日本人は利用する人は他に比べると少ないです。

***WOOF(ウーフ)ファームステイ ファームや果樹園での労働をする代わりに宿泊代や食事が無料になる働き方/労働力の対価に食事と宿泊を交換する制度/有機農場や自然が残っていてその環境を大切にする人たちと交流持って働きたいという目的を持った人が応募するもの

****ホスピタリティ ホテルマネジメント、ツーリズムマネジメント、イベントマネジメント等を学ぶ学校



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