1995.12.23 伝説の天皇杯準決勝 名古屋グランパスVS鹿島アントラーズ

みなさんこんばんは。いかがお過ごしでしょうか。

3月も残り少なくなってきました。桜の満開も近いですね。


今から随分昔の話ですが、友人と国立競技場にサッカーの試合を観に行きました。名古屋グランパスエイトと鹿島アントラーズの伝説の試合です。それはJリーグではなく、天皇杯の準決勝で、ボクが確か大学1年くらいの時でした。

この年の名古屋はJ1で3位、1993年のファーストステージチャンピオンの鹿島は7位どまりでした。名古屋は1993年から下位チームだったので、この年は大躍進でした。

ちなみにボクはJ開幕当初も、今も横浜マリノスを応援しています。

それでも観に行きたくなるような、魅力的なチーム同士の対決でした。

当時のメンバーは、今では信じられないような顔ぶれでした。

鹿島はレオナルドジョルジーニョともに現役ブラジル代表で、前年のアメリカW杯にも出場し優勝。秋田豊、相馬直樹、本田泰人、黒崎比差支ら日本代表クラスのメンバーを擁していました。

対する名古屋は監督があのベンゲル、翌年からはずっと英名門アーセナルの監督で指揮、エースはピクシーことストイコビッチ(アメリカW杯ユーゴスラビア代表)、元ブラジル代表DFトーレス、大ケガする前の若手怪物ストライカーの小倉隆史や代表の浅野哲也、後のフランスW杯代表に選ばれる平野孝、後に(タレントとして)ブレイクした中西哲生らがおり、キラキラ輝いていました。

試合は勢いにまさる名古屋が5対1で鹿島を圧倒し、その勢いで元旦の決勝も広島に勝ち、初のタイトルを獲得しました。

この時鹿島はチームのバランスが崩れていて、レオナルドも本職ではないFWでの出場で、(今考えれば主力の負傷か何かと思われますが)何かおかしい感じがしました。

試合全体は名古屋の美しいパスサッカーに魅了されましたが、ボクが最も印象に残ったのは、斜め後ろからの速いロングボールをレオナルドが足を思い切り延ばして、足の甲かつま先でトラップして、ボールの勢いを完全に殺して、足元に落として止めるというスゴ技を観た時でした。こんなことができるのかと度肝を抜かれるようなプレーでした。

その後、翌年シーズン終盤に退任して(名古屋は年間2位)からアーセナルに移ったベンゲルは何度も代表監督待望論がでたものの、2度と日本で指揮を執ることはなく、レオナルドは96年末にパリサンジェルマン、その後ミランへ移籍 98年フランスW杯準優勝(ジョルジーニョは98年まで在籍)。ジーコのコネで現役ブラジル代表の複数の選手やなぜか世界有数の指導者のベンゲルやバリバリのストイコビッチが共演という、夢のような豪華メンバーによる試合は、長くは続くことはなく、桜のごとく、はかなく散ったのでした。


試合終了後、ボクは友人と国立から都内の当時通っていた大学のサークルの部室に戻り、なぜか先輩や他の大学の人たちも現れて、即席のクリスマス会がなされたというのを追記しておきます。


それでは、また。

※当時本屋で立ち読みして面白かった本。



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