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忘れてから思い出す

あの頃は楽しかったと感じることは人生のうちに幾度となくあるだろう。僕自身そう感じることがここ最近多くなってきた。まだ20にもなっていないのに、自分の中にある月日の流れの感覚は非常にはっきりとしておらずモヤがかかっている。ところどころ、記憶が抜け落ちている箇所が存在している。だが昨日のことのようにはっきりと覚えていることも少なからずあることは確かだ。

その男子との出会いは小学校5年の頃だったと思う。鈴木というその男子は転勤族として同じクラスに転校して来た。黒縁の眼鏡をかけ、若干癖のある短髪。彫りが深く痩せていて鼻筋が綺麗だったのを覚えている。

性格はといえば大人しく、本を好んで読んでいた。かと言って暗くもなく、ユーモアがあって友達ができやすいタイプだった。少し難のあるところもあったが。

転校初日の休み時間、鈴木が一人で座っているところに僕は真っ先に声をかけに行った。
「ねえ、君はどこから来たの?」と僕が言うと、「さっきも言ったけど、東京から大阪、兵庫、神奈川、北海道、そしてここに来たんだ。」という答えが返ってきた。ああ、そういえばさっきの挨拶で「〜から来ました。」みたいなこと言ってたなと今更ながら思い出していた。

そして「宮城はどう?東京とかより、すごしやすいかな?」と言うと、
「君、面白いね。まだ来てほんのちょっとしか経ってないのにわかるわけないじゃん。」と笑いながら返してきた。

このときの鈴木の言葉に僕は内心面くらっていた。

喋り方が面倒くさそうで気怠げであり、乾いた笑い方をする彼に僕は謎の憧れみたいなものを抱いていた。小学生が憧れるキャラがそのまま彼の素になっていたからだと思う。

独特の雰囲気みたいなものを纏っていたし、いわゆる’’絵になる人’’だった。同級生、先生からも一目置かれていたのを覚えている。

割と失礼なことを笑いながら言ったり、解ってる風な表情や動きをするのに勉強や運動は出来なかったり、変わり者な部分がちょこちょこあって見ていて面白かった。

そんな鈴木は事あるごとに自分がすごしたことのある地域の話とか思い出話をしてくれた。そして最後には決まって同じことを付け加えていた。
「俺、この生活あんま好きじゃないんだ。学校が変わって新しいクラスに挨拶するの面倒臭いし、引越しのときに部屋片付けるのもだるいしさ。でもこんな風に前にいたところのこと話すのって俺しか出来ないじゃん。だからそういうときにゆうえつかん?みたいなものがあって気持ちいいんだよね。そこだけは好きなんだ。」

鈴木のこの言葉は様々な地域の生活を実際に経験していたからか妙な深みがあった。


鈴木とは中学に上がってからも同じ学校だったが、中学1年でクラスが分かれお互いLINEもしておらず別校舎になった為、疎遠になってしまった。その後鈴木が転校したことを知らされ、挨拶もしないうちに縁が切られることとなった。

それ以来、鈴木のことは一度も見ていない。友達との話題になったりすることもない。いくら面白くても、月日の浅い関係なので忘れられるのは避けられないのだろう。僕自身、まるで最初からいなかったかのような感覚になっていることさえある。

それでも、鈴木の、彼の存在はここに残っている。



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