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photo#04 : 大阪のキタとミナミのミナミのほう

 大阪を離れることになった。
 離れると言っても行き先は隣県なので、そこまで離れるわけでもない。間で五年ほど離れていたこともあったし初めてのことでもない。それでも長く暮らした生地を一度離れて、帰ってきてからまた離れるというのは、どこかいっそう名残惜しいようなところがある。何だかんだで住みよい街でもあったし。
 そうして限りある時間とわかれば惜しくなるのが人の心で、せっかくなのでいろいろ写真でも撮っておこうかという気持ちになった。今更何をと思いつつ、引っ越しやら何やらの準備の合間を縫って歩き回っていたのだった。
 歩き回ったといってもそんなにあちこちでもない。いくらか知っていて気軽に立ち寄れる程度のところ。大阪なので大阪らしいところ。などと言うと色の濃い場所もいろいろ思い当たるけれど、慣れない場所に急に首を突っ込んでも仕方ない。そもそも考えてみるとミナミ界隈にすら最近全然行ってない。あまり具体的な用事もないし、コロナ禍以来飲み会で出るなんてこともほとんどなくなってしまったし。
 そんな次第で何度かミナミ界隈をうろうろしたり、キタ界隈をうろうろしたりしていたのだった。

 大阪ミナミ、とは言うものの、その範囲はなんだかふわっとしている。だいたい南北で言って難波周辺から心斎橋周辺くらい。それより北の本町とかはたぶん船場。東西はあんまりはっきりしない。だいたい向こうの筋か、その向こうの筋までか、たぶんそのへんちゃうかなあ、ようわからんけど、っていうくらい。
 難波から恵比寿町にかけては日本橋の電気街やいわゆるオタロードの界隈があって、かつては足繁く通った時期もあった。盛大なコスプレで有名なストリートフェスタは今年久々に復活したらしい。せっかくなので電気街方面の現在も見ておきたかったが行きそびれてしまって、結局はなんばから心斎橋までをぶらぶらと歩いている。

 南海なんば駅前。
 長いこと工事していたが、いつの間にか終わってきれいな広場になっていた。かつてはここから左手に続く高島屋入り口あたりまで、待ち合わせの人や街頭演奏なんかでごちゃごちゃしていたものだけど、すっかり垢抜けている。
 降り立って見渡すと、外国人観光客の姿が目立つ。目立つどころか半分以上はそうなのではないか。コロナ禍以前もインバウンドだ何だで多かったが、円安の昨今それ以上のように見える。アジア圏に限らずいろいろな国の人たちがいて、それが街にどう影響しているのだろうと思う。

 道行く人々を見下ろすタコやらネコやら鶏やら何やらの看板。

 味園ユニバース周辺。
 有名な元キャバレー。建築として大阪市の「生きた建築ミュージアム」などにも選ばれている。近年はクラブ系のイベントなどもやっていたが、すでに取り壊しが決まっていると聞く。あまり直接縁のない立場で勝手なことを言うのは憚られるが、地域の大看板みたいな建築が消えるのはちょっと寂しい。付随する「ユニバース横丁」とかもどうなるんだろう。広いのか狭いのかわからない名前が味わい深い。
 縁はないとは言ったものの、たしか過去に一度だけ何かの宴会で中に入った記憶がある。上階の内部にちょっとした日本庭園風の橋やら植え込みやらが設けられていたのと、トイレの小便器に氷が山盛り入っていて珍しいなと思ったのだが、もししかしたら周辺のビルと取り違えているかもしれない。余談。

 なんば花月前。
 いわゆるお笑いの吉本の劇場だが、左手向かいにドンキホーテがあるため路上駐輪が激しい。背後は道具屋筋。調理器具とかがいろいろ売ってる。

 法善寺界隈。
 繁華街の内側に不動尊が佇む。顔立ちは苔むして判然としない。横丁内は飲食店も少し落ち着いた雰囲気があって、夫婦善哉くらい食べてくればよかったかなと思う。よく耳にするわりには織田作之助も未だ読まない。

 道頓堀。
 絶え間なく行き交う人、人、人。混沌とした雑踏。合間にものものしい警備員の姿が見える。水上を満員の観光船が行く。それらすべてをかに道楽のカニとグリコのランナーが見下ろしている。

 道頓堀橋の北側、宗右衛門町の入り口。
 眺めてると、北側から来た人がみな、あった、とばかりにグリコ看板のほうを指さしたり、携帯で撮影しながら歩いていく。その反応、その表情がおもしろい。

 心斎橋方面へ。
 いくつかの通りが交差する。それぞれの風景、それぞれの光がある。いったいどれだけのお店があるのかわからない。あまりにも広大な繁華街。

 ごった返す心斎橋筋を一本外れ、御堂筋側に出ると観光客の姿はずっと少なくなる。アップルストアや高級ブランドが軒を連ねる通りは夜になると静かだ。やがて見えてくる特徴的なルイ・ヴィトンの建物、そして大丸心斎橋店。

 大丸心斎橋店、壮麗なヴォーリズの建築。
 これを見るだけでもここに来る価値はあるだろう。かつて取り壊しが取りざたされたこともあったが、改修を経て壮麗さを増したようだ。この時間すでに閉まっているが、内装もまた美しい。

 心斎橋のこのあたりは、三木楽器、国際楽器、ヤマハ(たしか今はもうない)などの楽器店も並んでいて、楽器をやっていた頃はちょくちょく遊びに来ていた。そんなことを思い出しながら歩いていたら数週後、三木楽器がワシントン条約違反で捕まったとのニュースが流れて仰天した。ツルサイカチ属の不法取引をやったらしい。老舗の楽器店でも(あるいは老舗だからこそ?)そんなことをするのだなあと思う。植物を扱っているのでワシントン条約絡みのニュースにはいくらか思うところがある。

 大丸の隣から御堂筋線の心斎橋駅へ降りる。
 御堂筋線は長期にわたって各駅の改修が続いている。まだ途中の駅もあるが、梅田や心斎橋など本当にきれいになった。主要駅は地下鉄駅としては非常に大きな空間で、建設された戦前のいわゆる大大阪時代の気概を感じる。それに比べて谷町線の駅なんかはなんであんなに狭苦しいんだろうと幼い頃は思っていたが、他路線や東京の地下鉄駅なんかを見比べてもそっちのほうがごく普通なのだと後で知った。
 天井のシャンデリアは御堂筋線各駅で意匠が異なる。改修と聞いて残るか心配していたが無事残されたようだ。心斎橋駅は比較的素直なかたちをしている。個人的なお気に入りは淀屋橋駅のもので、レトロフューチャーめいた味わいがある。

 以上。つらつらと書いてきて、特にオチはない。大阪人はオチのない話を嫌うものだがまあそこはそれ、特に目的を持たず街を歩いて眺める、というのも面白いものだ。そうやって歩いてみて、意外と自分はこの街のことを何も知らないのだな、と感じたりもするのだった。
 長くなったので、キタについてはまた今度。


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