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【エッセイ】映画『NOPE』 あれもUFOやんけ


※このエッセイは過去の別ブログから移行してきたものです。

 UFOってもうオワコンかと思ってた。そんな折に、映画『NOPE/ノープ』はUFOを題材にした物語をみせてくれた。90年代オカルトブームを通過した私は嬉々として鑑賞した。

 『NOPE/ノープ』は、時に人権をも踏みにじる「映像を撮る者と見る者の欲望」を、モンスターとして描いた。その中で、黒人差別によりアメリカの映画史から無いものとされてきた歴史的な事実も取り上げてみせた。

 主人公兄妹OJとエメラルド・ヘイウッドの家業は、ハリウッドの撮影に使う馬の調教師。そんなワケで、OJとエメラルドは仕事を得るため、今日も映画製作スタッフへ自分達を売り込む。

 そのさいにPRとして写真家エドワード・マイブリッジスが撮影した走る馬の連続写真の話をする。あの走る馬と一緒に写っている騎手は黒人で、OJ達のひいひい爺さんであると。

・知られずじまいな、映画に携わったオトコ

 エメラルド達はフィクションだが、マイブリッジスの馬の連続写真に写った騎手が黒人なのはマジ。しかし、その黒人騎手については映画史にいっさい記録が残っていないらしい。

 私はこれを Unidentified Filming Otoko「知られずじまいな、映画に携わったオトコ」=UFOと呼ぶ。

 そんなところにも黒人差別の傷痕(きずあと)があったなんて。なんちゅう悲劇。マイブリッジスの連続写真を知る日本人の内99%は気づきもしなければ、騎手を気にしたことすらないんじゃないか? 私もまさにそう。

 人を無きものにする差別や偏見なんて馬の糞の役にも立たぬ。そんなマジでNOPE(無理、ありえない)…と、思うのは簡単で。
 もしかしたら私も未だ気付かずに差別にあたる言動をとっているかも知れないから、反面教師として受けとめたい。


・世界初の女性監督アリス・ギイ

 私が呼ぶUFOのなかには、Unidentified Filming Onna「知られずじまいな、映画に携わったオンナ」というUFOもある。
 「知られずじまいな、映画に携わったオンナ」、その代表者がアリス・ギイ=ブラシェ(1875ー1968)。フランス生まれ。世界初の女性映画監督である。

 私がアリス・ギイ=ブラシェのことを知ったきっかけはTBSラジオ『「アフター6ジャンクション」特集:映画史から姿を消した“アリス・ギイ”っていったい誰なんだ?特集 by「斉藤綾子」さん』(Spotify リンク)でだ。2022年8月まで知らなかった。

ドキュメンタリー映画『映画はアリスから始まった』(WEBページリンク)も作られており、日本では2022年7月22日から公開された。

 他に、『「映画」をつくった人 世界初の女性映画監督 アリス・ギイ 作:マーラ・ロックリフ 絵:シモーナ・チラオロ 訳:杉本詠美(Amazonリンク)』という絵本もある。今回この絵本とラジオ「アフター6ジャンクション」特集を元につづらせていただく。

 アリスは映画が誕生したばかりの1896年から1920年までの間に、なんと700本(フランスとアメリカ両国分を合わせると1000本以上)を超える映画を監督した。

 しかもアリスのすごいところは、物語映画を初めて創り上げ、世の中に公開したことだ。初期作品からアリスは自分でシナリオを考え、キャスティグや小道具なども用意し、映画を創り上げていたのだ。

 さらに、ハリウッドでトーキー(音声つき映画)が生まれる以前に、音声つきの映画も創り上げていた。アリスのトーキーはハリウッドのものとは作りが違い、音源を先に録り、その音源に合わせた映像を撮る。そして音源と映像とを同時に流すことで、音声つきの映像に仕上げていた。これもアリスが考えた手法。

 物語だけではなく、斬新な映像表現を具現化する制作アイディアにも優れていたのだ。他にも、コメディやメロドラマといったジャンル映画をハリウッドより先に、アリスは創り上げている

 じゃなんでそんなスゴい世界初の女性監督が、映画史の教科書にも載せられていなかったのか。それは単純に、映画業界にも女性蔑視という差別があったからだ。ホント、男の単純バカさ加減に男である私でもあきれる話。

 アリスがフランスでカメラを取り扱うゴーモン社に就職し、映画を作り、大成功をおさめると、ゴーモン社の取締役会は映画作りをアリスではなく男性に担当させようした。冗談は社名だけにしろや(この時は、会社の重役のひとりであったエッフェル塔の設計者ギュスターヴ・エッフェルにより、アリスが映画作りを続けられるよう取り計らってくれたそうだ)。

 アリスは1907年、結婚を期にフランスからアメリカに渡った。そのころアメリカの映画業界ではたくさんの女性が働いていた。アメリカ人女性監督も何十人と増えていった。
 しかし映画産業は、発展とともに女性を追い出し、男性主体の現場へと変わっていったのだった。男のイヤな習性、害悪である。

 その後映画史について初めて出版された本には、アリスの名前は無かった。無いどころか、アリスが作ったいくつもの作品の監督名が、アシスタントの男性達の名前になっていたり、知らない人や映画監督ですらない人の名前に変えられていたのだった。
もう犯罪やろ。

 これに対して、アリスはその映画史の間違いを正すために自伝を書く。素晴らしい行動力だ。尊い! しかし、どこも出版には応じてはくれなかった。ドイヒーな業界というか、女性蔑視が蔓延した幼稚な社会。

 さらに追い討ちをかける事態が──。いったんフランスに戻っていたアリスは、再度アメリカに渡って自分のフィルムを探したが、1本も見つからなかったのだ。アリスが監督をした証拠がない、万策尽きた窮地だった。

 それから年月が経ったある日、不幸中の幸いにもフランスで、アリスの業績を示す資料が見つかったのだ。
 その情報が公開されたのち、1955年アリスが80歳のときに、フランス最高の栄誉であるレジオン・ドヌール勲章を授与されたのだった。オセーヨッ‼︎ でも本当に認められて良かった。


・日本のUFO「知られずじまいな、映画に携わっオンナ」

 日本でもUFO「知られずじまいな、映画に携わったオンナ」事例がある。坂根田鶴子(さかねたづこ)。日本の女性監督第1号と称される方だ。
 しかも坂根田鶴子は、溝口健二監督の下で修行を積んだ人である。映画オタクなら誰もが知るあの巨匠 溝口健二の下でやで?!

 溝口健二の弟子であり、日本で初の女性監督というだけで映画業界の話題としてはゴイスーだろ! と思うのだが、しかし私は、溝口監督作は見たことがあっても、坂根田鶴子の名前も作品も聞いたことがない。無論、私の知識レベルでは当然だが、話題にあがることも滅多になく知るキッカケもなかなか無いんじゃなかろうか。

 私は『アリス・ギイ』をキッカケに、ネットで「日本の初の女性監督」などでネット検索して知った口(ちなみにGoogleで「坂根田鶴子」を検索すれば、坂根田鶴子を研究した記事や書籍の情報が確認できる)。

 ということで、ざっくりここで紹介させていただく。菅野優香さんが執筆された『日本映画における女性パイオニア』から引用させていただいている。

 坂根田鶴子は1904年京都に生まれた。1929年に日活京都太秦撮影所現代劇監督部に入社。巨匠 溝口健二の下で、脚本筆記から、記録・管理、フィルム編集、台詞指導など映画制作の多くを学んでいった。

 坂根は仕事として映画監督を希望し、その後も溝口監督と行動をともにした。1934年に『足長おじさん』という映画で念願の監督デビューとなるはずだったが、頓挫。そして1936年にやっと『初姿』という映画で監督デビューをかざる。しかしそれが坂根の長編映画としては唯一の作品となった。

 『初姿』は女性が監督したという偏見を受け、正当な評価を得られなかったのだ。評論家は「女らしい感性の細かさを期待してみたが、それはどこにも見あたらない」と言った。
ナニ、ソレ。監督が女性である点を減点評価に持ち出すのはいかがなものか。そもそもその「女性らしい感性」というもの自体、男が生活しやすい様に強要してきた面や幻想、思い込みがあるのではないか。

 その後、坂根は1942年に満洲に渡り、満洲映画協会(満映)啓民映画部に入社。1945年までの3年間に約10本の映画を製作。他の作品の構成や編集も行った。

 1946年に日本へ戻る。それから京都で松竹に入社し編集課記録係を担当。再び溝口監督作品の編集や記録係として映画界に復帰。が、しかし坂根には、二度と監督のチャンスは無かった。

 溝口健二は坂根の働きぶりや『初姿』、満州で製作された作品をどう評価していたのだろうか(鑑賞したかはわからないが)。溝口も偏見を持って、見ていたのだろうか……。
 弟子が夢を叶えられるよう何かしら援助はしなかったのだろうか。便利な助手ぐらいにしか思っていなかったのだろうか。
 もしそうだったならば、悲しい。そして見損なってまうやろ。

 菅野優香さんの記事以外にも、映像ジャーナリスト / 映画監督映画監督 熊谷博子さんの『映画をつくる女性たち』と『日本初の女性映画監督 坂根田鶴子を追って』という記事もある。
 ぜひお二方の記事をご覧いただきたい。


・UFO

 もう、大きなため息が出てまう……。
 最後は軽いUFO「未確認飛行物体」ネタで気分を変えて終わりにしたいと思う。

 こちらのツイートをご覧いただきたい。よーく見ると写ってんすよ、UFOが──

 もうおわかりですね。ハイ、反射ですわ。室内電光が窓に反射してるだけー。でも、矢印誘導灯以外は、パッと見「エッェェ?!」と驚愕してしまうレベルではないだろうか。

 光の楕円具合いや明度が、夕焼け背景のパースにそった映り込みでスゴくイイ感じィィイ。デーブ・スペクターさんお見事! 

 たまたま気づいて撮られた写真ではあろうが、時間帯、場所、カメラアングルなどがまるで計算された特撮のワンカットの様である。もしかしたら昔の特撮にも同じ様な手法が使われていた事もあったかもしれない……そう思うとなんだか映画的にも感じられて面白い。

 そんな写真をツイートしたデーブ・スペクターさんですが、彼の存在をお茶の間に知らしめた日清のカップ焼きそば。あれも、UFOやんけ。
 (ちなみに、日清のカップ焼きそば U.F.Oの意味は「うまいソース(うまい=U)、太い麺(ふとい=F)、大きいキャベツ(大きい=O)」

#エッセイ , #映画感想文 , #UFO , #NOPE , #アリス・ギイ , #坂根田鶴子 , #デーブ・スペクター , #ジョーダン・ピール


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