創作『かざぐるま』[第12話]

[第12話]A

A:23歳 女性
 
 X年12月、院生室。今年の授業はすべて終わり、もう冬休みに入っている。今日は院生室の大掃除ということで、朝から学生が集まって窓拭きをしたり掃除機をかけたりしている。私はBちゃんと本棚の整理をしていた。院生室の本棚は高くて、床から天井まで心理学の本や学術雑誌がぎっしりと詰まっている。その中からあまりにも古いと思われる雑誌を抜いて、入りきらずに近くの机に積んであった新しい雑誌を入れていく。脚立に乗って、棚にぎゅうぎゅうに押し込められた書籍の中から薄い雑誌を引き抜くのは、力のいる作業だ。地震が来たらひどいことになりそうだよね、とBちゃんが言う。そんなこともお構いなしに、私は黙々と作業を続ける。しかしたまに興味のある論文タイトルが目に入ると、いつの間にか手が止まり、脚立に座りながら雑誌に見入ってしまう。そうしているとBちゃんから、ちょっとちょっと~とか、手を動かしなよ、と注意される。
 今回の大掃除は先輩を中心に、欠席者が何人かいた。理由は風邪やインフルエンザなど。しかし同期はいたって健康であり、春稀くんと颯太くん以外全員参加している。春稀くんはもう学校に来なくなって久しく、先生から聞いた話では、先週あたりから入院しているらしい。入院している病院は知らされなかったからお見舞いも行けないけれど、何か事情があるのだろうか。颯太くんの方はちゃんと学校に来ていたけれど、やはり先週ぐらいから顔を見ていない。春稀くんに何か重大な病気が見つかって、つきっきりで看病しているとか? そんなことはないか。うーん、どうだろう。でも冬休み明けにはきっとまた来るよね。
「お昼休憩入ってね~」
 先輩に声をかけられた。大きな段ボールの中からお弁当を出して、みんなに渡してくれる。おいしいと噂の弁当屋のものだ。私は嬉しくなった。

「えー、Bちゃん、冬コミに出るの?」
 Bちゃん、Cちゃんと私でお弁当を食べながら、そんな話になった。Cちゃんがすごいね、と驚いている。ああそっか、Cちゃんには言っていなかったっけ。Bちゃんはほぼ毎年冬コミに参加していて、私も売り子として出ているのだ。Cちゃんに伝えていなかったことを、今さらながら申し訳なく思う。きっとCちゃんも参加したいと思うのではないだろうか。
「あっ、でも大晦日とかだよね? 帰省してるなー」
 Cちゃんが言う。そうだよね、年末は家でのんびりしているよね。
「また来年も出るの? あ、来年は修論があるから難しいか…」
「あー、そっか! 忘れてた。そうだね」
 Bちゃんも私も、「そういえば」という顔をする。じゃあ今年が学生最後の冬コミになるのか。それもなんだか寂しいような気がする。
「それはそうと、当日朝は絶対寝坊するなよ?」
 Bちゃんがにやりとして言う。
「分かってるって!」
 と私は笑う。当日はものすごく早起きして駅に集合して、電車に乗って会場まで行く。冬の早朝の、身体全部が凍えるような寒さがよみがえってくる。
「…Bちゃんが売る本って、BLなの?」
 改めて確認するかのようにCちゃんが聞く。
「そうだけど。一次創作のやつ」
「前は二次創作やってたんだけど、界隈の人間関係に疲れてやめたんだって」
「ちょっとー、そんな昔のことは言わなくていいよ」
 Bちゃんがふてくされている。私はごめん言い過ぎた、と謝る。
「そんなことより、Cちゃんも読む? 1冊400円だけど」
「そこでちゃっかり商売を始めるなよ…」
 私はツッコミを入れる。Cちゃんが笑う。Bちゃんは懲りずに作品のプレゼンを続ける。こんなふうに3人で笑っていられるのも今年限りなのかと思うと、切ないなぁと感じる。2年生になったら先輩たちのように、冬休みも年末年始の楽しみも返上で、ひたすら修士論文の執筆に取り組むのだ。そしてなんとか提出して、審査が通れば修了(卒業)だ。そうなっているであろう1年後の自分を、私はまだはっきりと思い描けないでいた。