2010年代論―トラップミュージック、モードトレンドetc.を手掛かりに(13,863字)
前書き
私がこの10年間について想いを巡らせるとき、いつも記憶と知覚の間を刺激し、イマジネーションをブーストさせるのは、2015年に書かれた千葉雅也の「アンチ・エビデンス―90年代的ストリートの終焉と柑橘系の匂い」という論考です。
数年前に本人に取材する機会があり、「私が千葉さんの作品で最も好きなのはアンチ・エビデンスなんです」と伝えた際、彼は「そう言ってくれる人もいるけれど、けっこう誤解されているんです」と、残念そうな表情で答えていました。
かつて――主にテクスト論の文脈で――「誤解」が尊いものであった時代はとうに過ぎ、それは悪となってしまいました。平易な言葉遣いで、意味の取り違えがないように伝えること。ファクトを押さえ、エビデンスもきちんと添えて。この10年代というのは、圧倒的にそういう時代でした。
本稿は、エッセイであり、私小説であり、この10年間で劇的に変わっていった私たちの文化とそれを取り巻く状況を、「アンチ・エビデンス」にインスパイアされた形で、書き記したものです。そしてそれは、読者の方たちの誤解を誘発し、我々がともに考えもしなかったイマジネーションを巡らせることを望んでいると、あえて付け加えさせていただきます。
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2010年5月某日の記録
G.W明けで、頭がだるい。先日は「第九地区」を映画館で観た。最近POV作品が流行っていて、たいていはカメラが無駄に揺れるだけで面白くもなんともないのだが、この作品は少し楽しめた。ニール・ブロムカンプ、という監督らしい。しかし、この辺の映画作家っていうのは10年後果たして生き残っていられるのだろうか。まぁがんばれ。
なんてことを仕事に向かう途中、mixiに書く。mixiはすでに下火だが、クローズドな空間が何となく居心地が良く、惰性で続けている。今さら、はてなブログに引っ越すのも面倒だし。この前は、lil’ wayneの身体性を感じるパフォーマンスがぶっちぎりに素晴らしくて、10年代は間違いなく人々がフィジカリティに魅了される時代が来る、と熱弁をふるってしまった。そんな小難しい戯言、マイミクの中でも数人しか読んでいないけどね。
ファッションブログ「Elastic」を開く。そういえばこの前読んだ記事は興味深かったな。なんだったっけ、赤文字系と青文字系が接近中、みたいな記事だった。あと、銀座にH&MやAbercrombie&Fitch等のファストファッション店が続々オープンし、カジュアル化が進んでいるっていう話。ハイとロー、社会と個、彼と彼女、色々なところで何か大きな力同士が引っ張り合って、世の中をみしみし歪ませている気がする。街も、食べ物も、私たちの体も。自分はまだSONYの携帯電話を使っているし、i-podからは神聖かまってちゃんがノイズを鳴らしているし、しかし彼らは「ロックンロールは鳴りやまない」と歌っていて、なんだか切実な感じがリアリティあるね。シャッフル機能。面白いね。次はKanye Westの「Power」。
東映撮影所に着いた。CMの撮影に立ち会う。誰もが知る大物女優。撮影前でピリピリしているクリエイティブディレクター(恐らくこの現場で一番偉い人)に、フォトグラファーが、独り言か話しかけているのか分からない程度のテンションで喋る。「今日は長くなりますねぇ」。一泊置いて、クリエイティブディレクターがベーグルを食べながら言う。「●●ちゃんの、寄りの絵は午後でしょ。そこが今日の山場だね」。
私は手持無沙汰で、聞いているのか聞いていないのか分からないような顔でクルーのまわりをうろうろしていたら、フォトグラファーと名刺交換する羽目になってしまった。よろしくお願いします。夢の絵画、みたいな名前の高貴な方だった。会話したその瞬間から何を話したか忘れてしまうような会話を一言二言、かわした。なんか、すごい雰囲気。田舎出身の私からしてみれば、都会の文化資本を味わいつくして生きてきたような人に見える。気がする。高等民族。まぶしい。
そうこうしているうちに、広告代理店の大勢のスタッフに囲まれて、女優がIN。「よろしくお願いしまーす」だと。いえいえ、こちらこそ、よろしくお願いします。CMの前に、スチール広告やチラシ・POPのヴァージョン違いカットをたくさん撮る。その中から、一部WEBサイトにも流用ね。欲しいカットが足りているか、WEBのチームにも確認しといて、と昨日先輩に言われたんだった。はいはい、どんどん撮って。ニコパチからおすましまで、女優が一度動く度にスタッフがぞろぞろ民族移動。私は下っ端のせいで、なんだかおろおろしちゃって、仕事していないのに仕事している人たちより疲れ始めてきてしまっている。と、それに気づいた広告代理店の方(中堅くらい)が、ふんわり香るくらいの態度で「さすが女優ですね。これだけやってくださったら話題にもなりますね」と話しかけてくれた。次のクールでは久しぶりに連続ドラマの主演も決まっているらしい。
私は実は、この女優を、麻布十番の「Mancy's Tokyo」というカフェレストランで先月見かけていた。ヨガウェアみたいな服を着て、銀髪の若い男性と、ついこの間歌手デビューしたばかりのL.A系ファッション誌のモデルと一緒にいた。ややテンションが高かったのか、あれやこれやで、あんなことやこんなことで、そんな感じだった。という彼女も、代理店の方曰く、「WEBはメインの3カット以外は流用NGみたいです」だと。うん。はい。なるほどね。
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トラップ・ミュージックを頼りに
この10年間で起こった最も大きな音楽的流行の一つである、トラップ・ミュージック。耳の早いヒップホップ・リスナーからしてみればゼロ年代からすでにフロアやインターネット上を沸かせている音楽ジャンルの一つだが、その後じわじわとオーバーグラウンドにも露出しはじめ、気づけばEDMの沈静化と入れ替わる形で、10年代後半には最も注目を集めるビートとなった。
興味深いことに、音数の詰まったEDMと比較し、トラップ・ミュージックは非常に単純な構造で成り立っている。TR-808のずっしりと重いベース音に、細かく刻まれたハイハット・ドラム。ゼロ年代にT.IやGUCCI MANEがトラップをヒットさせてから10年以上経った今も、いくつかのサブジャンルは生まれたものの、その基本的な構造は変化していない。
日本においても、トラップは主戦場となるヒップホップのフィールドで多くのヒットを生み出し、動画の閲覧数を伸ばし、数多のリミックスがアップロードされ、ストリートとインターネットを沸かせた。本稿では、その中でも最もヒットした(と言ってよいだろう)三つの曲を題材にすることで、同時にあらゆる分野の社会/文化状況を織り交ぜながら、2010年代というディケイドがどんな時代だったのかをあぶり出していきたい。
1. 上部構造と下部構造のはざまで――JP THE WAVY「Cho Wavy De Gomenne Remix feat.SALU」を聴きながら
2017年5月、突如リリースされた1曲のトラップ・チューンが注目を浴びる。JP THE WAVYという新鋭ラッパーがリリースした「Cho Wavy De Gomenne」といういささかふざけた曲名のそのナンバーは、「急遽渋谷に仲間を呼んで撮った」ミュージックビデオとともに何十万回もの再生数を獲得し、新鮮な才能に触発されたSALUがコラボレーションを持ち掛けたところでWAVYの本当のシンデレラストーリーが始まる。「Cho Wavy De Gomenne Remix feat.SALU」は瞬発的な爆発力をもってオリジナルを超えるバイラルヒットとなり、最終的に1,350万回を超える再生数(注:2019年12月30日時点)を記録、様々なリミックスヴァージョンも次々とアップロードされ、まさに10年代を代表する現象となった。
歴史が物語っている通り、ヒップホップはそれ自体がキングを競うゲームであり、ゲームにはルールが必要であるからこそ、ある程度の音楽の“型”を必要とする。トラップは下部構造(ベース音)と上部構造(ハイハット)という型をはっきりと固定化し、その型の外側でダンスやミュージック・ビデオを、型の内側でラップ・パフォーマンスを披露することでそれぞれが差別化を図っている。中でも、「Cho Wavy De Gomenne Remix feat.SALU」は、ハードコアな、ある種の質実剛健さを伴ったトラップの型をベースに、その外側と内側で“魔術的な”魅力を醸し出すことで一世を風靡していった。
KOHH以降に顕著になった、Migosに影響を受けた音節の切り方、日本語の発音の斬新さ、大胆なUSトラップナイズ。Wavy feat.SALUは、USトラップならではの投げやりで吐き捨てるようなフロウで日本語を“捨てて”いく。英語と日本語を全くの同列に置き、口から出したその瞬間から吐き捨てる呪文めいたラップ・パフォーマンスは、後の2019年にリリースされた「CHOTANOSHI feat. Nasty C」にさらに顕著に見られる。日本語と英語の融解=シームレス化はそれら曲タイトル「超wavyでごめんね」=「cho wavy de gomenne」や「超楽しい」=「CHOTANOSHI」にも表現されている。日本語ラップとしての、英語と溶けた言葉を呪文のような発音で捨てていくこと=魔術化。上部構造と下部構造という“型”の内側で香り立つ、その魔術性の充満。
そして同時に、極限までUSトラップナイズされたJP THE WAVYとSALUのパフォーマンスは、発音だけでなく、身体性の面においてもより興味深い挑戦を果たしている。
各種SNSや動画投稿サイトで多くのフォロワーを生んだダンス。「超wavyでごめんね」と歌うリズムに乗って身体を揺らす特徴的なダンス。低い腰の重心に、再び呪術的なポージング。口に手を当てる仕草やアイゾーンにかけられたピースサインはいささか中性的であり、アンチ・マッチョイズムを掲げ始めた10年代のUSヒップホップの動きと共鳴する。友達を集めて固められたダンス・フォーメーションからは、日常の中で醸成された独自のコミュニティから発信された閉鎖的ムードを感じ、メジャー・レーベルからリリースされるMVに見られるようなペイド・キャストでは演出できない強さを放っている。それらをまとめあげる、サイバーパンク的/ロボット的ファッションと、SALUが合流してからスピードアップされる疾走感は、JP THE WAVY同様これもまた10年代に一世を風靡した96年生まれの映像作家・Spikey Johnの手腕だろうか。上部構造と下部構造という“型”の外側でも色めき立つ、魔術性。新たなカルチャーの到来を告げる、その魔術性。
2. 10年代の魔術性を考える――モード・トレンドを頼りに
10年代というディケイドは、JP THE WAVYに限らず、それぞれ各分野の魔術師たちのグロテスクなまでの表現が、ヴァーチャル空間とリアル空間をつなぐ触媒として、妖しく漂う時代だった。空想が生み出す背徳に、夢中になって集い耽るファンたち。それら、一見“子どもじみた魔術”は、ゼロ年代のファクト主義――2ちゃんねる時代の「ソースは?」という定型的なレスポンスが懐かしい――をさらにエスカレートさせた徹底的なエビデンス主義に窒息しそうになっている世の中の様子ををあざ笑うかのごとく、カウンター的にカルチャーを支配していった。
たとえば、モード・トレンドの話をしたい。我々の予想を鮮やかに裏切る形で、10年代にモードトレンドの、ラグジュアリーファッションの頂点に立ったのは、GUCCIだった。ストリートの復権という大きなムーブメントを生み、ファッション・カルチャーの様相を一瞬で変え、大衆のハートを射抜いた「10年代のミケーレGUCCI」という現象。あらゆる時代のあらゆるテイストを引用~編集し、時代にあわせた新しいスタイルをポストモダン的手法で構築していくのはここ数十年間のモードトレンド界の常套手段だが、アレッサンドロ・ミケーレのそれは、グロテスクで、時に露悪的で、アイロニカルなキッチュさが鼻の奥をつんと強く刺激する代物だった。デフォルメされた世界観はミケーレの狙い通りオンラインとオフラインを自由に行き交い、ストリートにはまさにミケーレの考えるファンタジックなおもちゃ箱がめちゃくちゃにひっくり返されたようなシュールな光景が広がっていった。
10年代、同じくレディースウェアに新たな定番をいくつもつくったフィービー・ファイロによるCELINEの“エフォートレス・モダン・スタイル”と比較しても、もう少し時代を遡れば、ゼロ年代に“エレガント・ロック・スタイル”を提案し、モードのみならずストリートの価値観までをも揺さぶったエディ・スリマンによるDior HOMMEのそれと比較しても、ミケーレの作品は“直観に従いやりたいようにやっていて、時にそれがデコラティブになったりナンセンスになったりしつつも、なぜか皆がミケーレの夢想の具現化に虜になる”という、魔術的ショーを成立させていた。果たして、どこで?――ボードレールが言った“行きずりの女ともう会うことはない”パリの街角はもちろんのこと、それ以上に、アジアの街角で、スマートフォンの中で。
※2018A/WコレクションでのGUCCI
「僕たちの世界はシリアスな問題だらけ。服は僕たちと僕たちの取り巻く世界を分け隔てるものでしょ?ユーモアはヘルシーだしポジティブ。誰も傷付けないし、人を笑顔にする。」のちにVetementsとBALENCIAGAという二つのブランドで、ミケーレと同じくモードからストリートを股にかけ10年代ファッションのパラダイムシフトを起こしたデムナ・ヴァザリアは、2015年のインタビューでそう語っている。
10年代のモード・トレンドを語るうえで忘れてはいけない大きなトピックスとして、東欧発ファッションのムーブメントがあるだろう。デムナ・ヴァザリアやキコ・コスタディノフ、ゴーシャ・ラブチンスキー等、東欧出身のデザイナーによる活躍。彼らの作風は労働者の作業着からインスパイアされたものや、すでにチープなアイコンとして流通しているものを再利用するものなど、これもまたSNSとストリートを縦横無尽に行き来しブランドイメージを増幅~確立していくものが多い。
※2020S/SコレクションでのVETEMENTS
“新しく、革新的なもの”というモダニズム的な進化論が支配的だった時代と比較し、ここには、はるかに自由な編集視点がある。VETEMENTSの、エクストリーム・シルエットと呼ばれた超ビッグサイズなフォルム、DHLやIKEAからの大胆な引用、ブラックメタル/デスメタル風の呪術的なフォント。モード界に暗黙に存在していたルールを破り、デムナ・ヴァザリアの感性のもと表現された世界観は、既存の価値観からしてみればグロテスクなまでにデフォルメされたマニエリスム的ムードとして、自由な直観が生む摩訶不思議な魔術として、上海や東京の街を、人を、染め上げていった。
そしてそれは、モード・トレンドを操るラグジュアリー・ファッション界の巨大メゾン=上部構造から、下部構造=ストリート・ファッションや労働者衣服への侵食であり、大きく構造を揺さぶる現象だった。
あるいは、デムナが同時に手掛けていたBALENCIAGAに目を向けると、次第にロゴを前面に主張した作品が目立つようになり、それは18~19年にかけて極地へとたどりつく。ストリート=下部構造に氾濫した、巨大メゾンの刻印――BとAとLとEとNとCとIとAとGとAのアルファベット。ミケーレも然り、SNSにおいて膨大な写真の中で的確にピントに合わせられたGとUとCとCとIのロゴ。10年代を席巻した二人の魔術使いは、ついに、視覚的にもブランドを成立させるアイコン=ブランドロゴ、で栄華を極め、上部―下部構造を目くらまし的に錯乱していった。
3. イノベーション・フィーバーの陰で――超格差社会とトラップ
トマ・ピケティが『21世紀の資本』において資本収益率>経済成長率、つまりは格差社会の必然を明晰に分析・指摘したのは2013年だった。それ以降も貧富の差は途方もなく開き続け、ついに2019年1月には国際NGO「オックスファム」により、世界で1年間に生み出された富(保有資産の増加分)のうち82%を世界で最も豊かな上位1%が独占していること、経済的に恵まれない下から半分の37億人についてはめっきり財産が増えていないこと、が報告された。GAFAに置き去りにされている日本国内においてすらそれは同様で、かつて実感していなかったレベルの格差社会が進行しているにもかかわらず、ついにこの10年代も政治的革命は起きなかった。国内企業においても、溜め続ける内部留保に一安心し、インバウンド・バブルが本質的な状況改善でないことは薄々分かりつつも“考えないようにしているうちに”10年が過ぎてしまったように思われる。
政治的革命が起こらなかったのは、“情報革命”というもう一つの革命が進行していたから、というのが私の仮説である。90年代からうごめき始めた情報革命は、SNS社会の構築や来たるべき5Gネットワーク時代を前に、“技術革新”をいう意味合いはそのままに“イノベーション”というワードへ名を変え、世界を変える夢と希望を一身に背負い世の中を侵食していった。あらゆる企業が「●●イノベーション部」という組織を立ち上げ、猫も杓子もイノベーションを起こそうとする中でイノベーション創出においてコモディティ化するという、洒落にもならない空気になってきたあたりでそろそろバブルがはじける。当然だが、イノベーションを起こしているのはGAFAであり、我々ではない。「21世紀の魔法使い」と呼ばれた落合陽一の一挙手一投足に注目したまま、堀江貴文が何か革新的なことを起こしてくれるのではないかと期待したまま、数々のオンラインサロンやスタートアップ企業の栄枯盛衰を横目に、10年代は終わり、この国の大衆は“イノベーション・ムード”の煙に巻かれたまま、今この瞬間も格差は開き続けている。
分断化、二極化、空洞化。臓器を失った、ピラミッド構造。それはまさに、トラップミュージックのようではないか。1億総中流という言われた時代はとうに過ぎ、ごく一部の富豪と大部分の貧民との格差が大きく開き、覆しようのないレベルで固定化されたこの状況は、上部構造と下部構造という音楽的“型”を固定化するトラップの曲構造に酷似している。トラップをずっしりと支えるうねった地鳴りのように低く轟くベース音と、細いがチキチキと高らかに響くハイハットドラム音。貧民の怒号と、富豪の囁きあう会話。トラップのビートは、臓器を失った居抜きのピラミッドの如く、この10年代の社会を象徴している。
4. 構造を揺さぶれ――BAD HOP「KAWASAKI DRIFT」を聴きながら
“川崎区で有名になりたきゃ
人殺すかラッパーになるか”
ごく一部の富豪と大部分の貧民とで構成される社会で下剋上を果たすにはどうすればよいか、その問いに対する回答を提出し喝采を浴びたのが、10年代デビュー組で最もスターダムにのし上がったラップ集団BAD HOPである。動画再生数やライブ動員数、どれにおいても爆発的なヒットを飛ばすと同時に、メンバーのほとんどが逮捕歴や服役の経験があるというリアル・ハスラーである彼らは、地元の土着的なコミュニティから少しずつ全国区に名を轟かせ、2018年6月に満を持して「BAD HOP HOUSE」をリリース。武道館をワンマンで満員にし、これもまたマスメディアでの露出がほとんどないままに社会現象を巻き起こした。
中でも、「KAWASAKI DRIFT」は彼ら最大のヒット曲であり、BAD HOPを語る上でシグネチャーとも言うべきナンバーである。
この曲は、トラップの“型”を保ちつつも、低音はより暴力的なベース音を響かせる。フロウの操り方もまた特異で、日本語の英語化が一層進んでおり、もはやほとんどヒアリングのできない域に達している。裏社会に潜伏するために必要な、言語の暗号化にすら聞こえてもくる。
そして、ハスラー・ムービーを観ているような緊張感を生む、華麗なMCリレー。猛烈にうねりをあげるベース音に乗って、下部構造が暴れまわる。構造は、揺さぶられる。まさに、吹かしたエンジンが、ピラミッドを壊滅させる。
磯部涼による10年代を代表する名著『ルポ川崎』で描かれた通り、BAD HOPを代表とする川崎の独特なコミュニティは地域に根を張り、しかしそこでしか生まれ得ないカルチャーを生んできた。型をぎりぎり維持しながらも、型を錯乱していくこと。一見、二律背反的なその行為が、トラップを進化させ、また一つ新しいカルチャーを作っていく。
思えば、10年代は、裏社会においてもピラミッド構造が大きく崩れた時代だった。1991年に施行された暴力団対策法による裏社会へのメスは暴力団の衰退を進行させたものの、一方で新たに半グレ組織を生んだ。半グレは旧来のツリー型ピラミッド構造ではなく、どちらかというとリゾーム型ピラミッド構造に近い。かつ、指示する側――指示される側の人物がフォーメーション内で可変的に身を移し、行方をくらませていく。受け子の役割で、一般人のフォーメーション最下層への侵入も許す。10年代の半グレはモデル活動等を通じ、インフルエンサーのような立ち位置にもなった。洗脳されこき使われる若者と、だまされ続ける老人たち。水商売とオレオレ詐欺。一瞬で行き渡る情報――指示系統と、可変フォーメーションで、裏社会は大きな構造変化にさらされた。だがしかし、それらもまた新たな文化には違いなかったのだろうが、果たして私たちの社会に必要なものだったのかは甚だ疑問だ。そんな時代の大きなうねりの真っただ中で、BAD HOPは叫び続けた。下部構造から這い上がり、社会を錯乱させながら。
5.エビデンスとロジック、そしてビジョン――固定化された企業のフットワーク
オモテの社会では、多くの企業によってまた別の意味での構造の固定化が生まれ、フットワークの重い空気が世の中を支配した。生まれては消えていく経営戦略理論や思考フレーム。沈む景気と、魔術性の不在。それらは全て、どこかで複雑に関係しあっていた。この10年、ますます求められるようになってしまったもの。それは、疑いようのないエビデンスと、揺らぎようのないロジック。味気のない、色気のない、何か。
少しだけ時代を遡る。構造主義的視点が思考法としてそろそろ一般社会の日常にまで浸透し始めた90年代以降、有象無象のコンサルティング会社により提唱・導入されたロジカル・シンキングは、目的と手段を切り離し、問題と課題を明確にし、MECEで事象を考える術を私たちに教えてくれた。しかし、ロジカルであればあろうとするほど、構造にとらわれたまま身動きがとれず、課題抽出だけに長け、気の利いたアクションも起こせぬまま、MECEであらゆる可能性を想定した=仕事している風、を演出するケースにも私たちは多々出くわしてしまい、その頃にはもはや長引く不況と中身の伴わないアベノミクスにより積極的な投資や事業チャレンジに二の足を踏む企業ばかり、ロジカルであろうとする罠にはまったまま、世の中は面白くもなんともない価値でいっぱいになってしまった。そういったエビデンス主義の潮流は、ファクト主義・ソース主義の加速とポスト・トゥルースの混迷により、ますます加速度的に強まっていったように感じられる。私たちの毎日は、エビデンスを丁寧に用意し、緻密にロジックを積み上げていくだけで、あっという間に過ぎていくようになってしまった。どれだけクリティカル・シンキングやラテラル・シンキングの必要性が叫ばれようと、もう、現状の固定化された社会や組織の構造だと難しい。無味乾燥な、面白みもアイロニーもない事務的なツリーに埋もれて、窒息してしまった私たち。山口周的な助言は響けど、実行不可能。すべてが頭打ちの状況で、解析と実証のフィールドからいかに抜け出すか、脱出するか。
一方で、ロジックとエビデンスの罠にはまってしまった多くの企業は、ゴールデンサークル理論でいうところの“Why”を繰り返し自問自答した結果、ビジョン経営という理想郷を目指した。世の中のために、幸せのために、笑顔のために。コンプライアンスを遵守し、サスティナブルな世界を目指して。あたかも、彼らは宗教家のように振る舞う。国家を超え、企業が、社会を統治する。世界平和に向けて。
エビデンスやロジックでの地盤固め=下部構造と、大仰なビジョン=上部構造。その様子はまたも構造の分断化であり、二極化であり、空洞化であるに違いない。大層に掲げられたビジョンは、トラップのハイハットドラムの如く、ただそこにあるもの=型としてしか存在せず、“ブランドパーパス”というマーケティング・セオリーの幻想に絡めとられ、多くの企業は身動きがとれなくなってしまったように感じられる。
いま私たちに必要なこと――それは、ファジーさを許すことによる感性の奪還と、魔術性の獲得、ひいては固定化された構造の揺らぎである。
6. 構造を乗り越えて――AYA a.k.a. PANDA「甘えちゃってSorry」を聴きながら
S7ICK CHICKs(スリックチックス)を結成し、その後フィメール・ソロ・ラッパーとして活動、トラックメイカー/プロデューサーのタイプライターとタッグを組んでの「甘えちゃってsorry」が突如Youtube1,578万回の再生数(注:2019年12月30日時点)を記録し一発巻き返しに成功したAYA a.k.a. PANDAの本曲は、これもまたトラップの型をベースにしたポップ・チューンであり、女性から熱狂的な共感を集め大ヒットを飛ばした。“サブスクの女王”と呼ばれ、SNSや動画投稿サイトでは常にヒットメイカーとして上位にランクイン。片や地道なクラブ行脚でのライブ活動においても全国のファンと交流を拡大し、オンライン―オフラインを行き来しながら世の女性を夢中にさせた。
そう、10年代は、女性の時代でもあった。しかし、SEX AND THE CITYが流行し、女性が立ち上がり自由を謳歌し始めたゼロ年代と比べ、10年代のそれは想像していたよりもずっと感情的で、生活すること・生きていくことのリアリティを帯び、同性間でも異性間でも愛憎渦巻く形に帰結し、皆が疲弊していった。マスメディアやSNSで無限に繰り返された、格付けとマウンティングとゾーニング。女性活躍が繰り返し叫ばれる世の中になっても相変わらず世間と相容れず孤立するフェミニスト達と、コンテクストからドロップアウトし魂を売る港区女子達、東京カレンダー的何か。その中で、一人器用にウェーブを乗りこなした指原莉乃という一人勝ち。
小さな物語の乱立によるタコツボ化、それら派閥が小さな徒党を組み闘争しあうことでの体力疲弊、というポストモダン状況下ならではの病はこの10年代においてあらゆる文化圏で進行していったが、女性たちもそうであったに違いない。それぞれがムラ社会にとどまり、脚を引っ張り合い、構造は固定化された。
女性が中心となって独自の文化を創り上げていった10年代のSNSカルチャーにおいても、同様の傾向が観察された。InstagramやTik Tokで構築された、女性インフルエンサーたちの強固なSNS階級社会。それぞれのムラをパワーインフルエンサー、ミドルインフルエンサー、マイクロインフルエンサーが統治し、序列を生み階級を固定化する。それぞれが何かの上位互換であり下位互換であり、そこにはゾンビフォロワーがぶら下がり、“インフルエンサー・ビジネスの闇”を生んだりもした。
AYA a.k.a. PANDAは、SNS、特にTik Tokで火がついたラッパーだ。“ジンにウォッカヘネシーソーダ”“君の札を酒に変える金曜日の夜”といったフレーズに多くの女性が乗っかり、SNS上に大きな宴を生んだ。「甘えちゃってSorry」というタイトルが表している通り、AYA a.k.a. PANDAのフロウは酩酊状態にあるようなハイな魅力を放っている。それは前述のJP THE WAVYやBAD HOPのような日本語の音の崩しを前提とした上で、高いラップスキルをベースとしながらも、10年代にUSにて発明されたLil Yachty等に代表されるマンブル・ラップの影響を取り入れた享楽性の高いドラッギーなフロウである。少ない息継ぎで浮遊する、言葉の組み立てから成る音、そのオートチューンがかった、脳を麻痺させる音。からだを酩酊状態に気持ちよくする、音。
酩酊という、あだ花。そう、Tik Tokでは、Instagramでは、皆が酩酊している。極端にデフォルメされた輪郭や表情、極限までのキャラクター化。それらは深海誠作品に見られる世界のファンタジー化/ユートピア化や、雑誌「GENIC」的な露悪性、蜷川実花的な高彩度のグロテスクさにも通ずるし、酩酊というよりも、もはやドラッグによるそれと言った方がしっくりくるかもしれない。
※Tik Tok「君の札を酒に変える金曜日の夜」まとめ(Youtubeより)
「甘えちゃってSorry」のラップから発される酩酊/ドラッグ的享楽性は、トラップの上部―下部構造はそのままに、SNSや動画投稿サイトをハブとしながら、世の中に幻覚を生み出していった。それはまさに魔術と呼んでもよいかもしれないし、ビジョンを語る企業よりもよほど宗教家に近かったかもしれない。徒党争いと諦めと疲弊に終わった10年代のジェンダー論争においても、「甘えちゃってSorry」はもちろん、AYA a.k.a. PANDAの多くの曲で、その歌詞・リリックは女性を鼓舞し、一方で男性の存在も頼りにしつつ、しかし旧来の男尊女卑に陥ることもなく、絶妙なバランスとポジティブさで固定化/硬直化した構造を軽々と乗り越えていった。
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2019年10月某日の記録
紺色のニューバランスのスニーカーを履いた、狙いすました清潔感をまとったマネージャーがそろっとやってきて、「あれっ、広告っていま打ってるんだっけ」と聞いてきた。今や広告は全てデジタルにシフトしている。あらゆる層の行動特性にあわせてセグメントし配信しているため、広告主ですら、それを主担当でまわしている自分ですら、自分たちの広告がどんなみてくれで皆さんの生活にお邪魔しているのか分からない。同じ国に住んでいるのにみんなが離れ小島で暮らしているようだ。だから上司からしてみても、広告やってるかなんて分からないよね。だって実感がないんだから。ごめん、でも実は大量投下してるんだ。いまのクリック単価だったら想定以上のリーチが獲得できるから、KPI達成できるかも。あ、でも量獲得すればいいって話でもないからね。質も大事。広告クリックした後の、次の行動への態度変容率も出しておかないと。
「KPI達成」というのは、言い換えれば「私たちはやることやったしここに責任はないよ」ってこと。自分が責められないような自己肯定としてのエビデンスを、正確には“エビデンス風”なものを、できるだけ自信たっぷりに言っていく。電車で、優先座席をあけるけど、一方で困っている人を助けることもしない、という現象に似ている。と、いう現象に名前をつけてください、と後からツイートしようと思いつつ上司には「20代情報感度高い層向けの広告はほぼ消化しつつあって、30代フォロワー向け広告はGDNの前にSNSから展開して何枚ものクリエイティブをまわし効率化していきます」と明るい口調で報告した。この間、紺色のニューバランスを見つけてから回答が終わるまで20秒。だとしたら、その何倍もの時間と文字数をかけているこの文章は一体何だというのだろうか。私たちの現実世界のスピードは、随分と、むなしくなるくらいにスピーディになったよね。でも、そのむなしさをメタで見る余裕もないし、もはやそういう能力を私たちは失ってしまったのかもしれない。無数のインフルエンサーのアカウントは、それぞれがもの悲しい記号でしかなく、話は飛ぶけど、雨で滲んだ黒いインクに切なさを感じていたあの時が懐かしい。あのインクは、か弱かった。弱さを認められる余裕が、あった。まだ、あったのだ。
明日の夜、デジタルマーケター・カンファレンスに登壇しないといけない。他にどんなマーケターがプレゼンするんだったっけ。公式サイトで情報を探すけど、たくさんのバナーに埋め尽くされて、これもまた求めている情報にたどり着けない。いつから、オモテ向きのインターネットまでこんな騙しあいや足の引っ張り合いばかりになったのだろう。なんてところから、プレゼンしてみようか。ロジカルに骨子を固めつつ、入りだけはクリティカルに、が尊敬されるプレゼンのセオリーだって、どこかのコンサルティングの人が言っていたよね。形だけ。みんな、言うことは素敵で、形だけ。構造の話は、もううんざりだ。
“生きる言葉を
生きる音楽を
絶やさないよ
明日言葉を失うとしても悔やまぬように
本当を歌いたい”
ふと、泉まくらの「いのち feat.ラブリーサマーちゃん」が脳内を流れる。この曲を初めて聞いたのはいつだったっけ。確か京都に行ったとき。HOTEL SHE,KYOTOだったか、HOTEL ANTEROOM KYOTOだったか、確かそのあたり。
いっそのこと、魔術に侵されればいいのかもしれない。この世を生きるための、魔術に。そう思った次の瞬間、ブルートゥースを起動していた自分がいた。<完>
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