見出し画像

珈琲の大霊師238

「まぁ、なんだ。こんな事を話しても分かるとは思ってないんだがな」

 ジョージさんは話し始めた。

「はい」

 私はその通りだと思うから、頷く。私は、何も知らないから、殆どの事は分からないからだ。

「俺は、珈琲についてだけは、モカナに次いで世界2位の自信があったんだ。だが、今日、俺以上に珈琲を理解する奴を目の当たりにしちまった。それで、苛ついてるってわけだ」

 ジョージさんの言葉は端的だと思う。言葉の間に沢山の気持ちが渦巻いているけれど、それは本質とは関係ないから言わない。

 シオリさんは、その全部に色んな言葉を飾って話すから、どの言葉が本当に言いたい言葉なのか分かりづらい。

「ジョージさんより、珈琲を、理解できる人が現れたら、ジョージさんは、嫌なんですか?」

「…………ああ、嫌だな。世界で2番。いや、あいつの右腕になるのは俺だけでいい。俺より下なら、どんだけ近くても、むしろ嬉しいんだがな。どんなに理解したって、俺はモカナの隣に居るんだからな。溝を空けてやるさ。だが、たった一度見ただけで、俺が気づかなかった事すら理解しちまう奴なんてのは、規格外だ」

 凄く、嫌な気持ち。焦げ付く匂いがしそうな気持ちが、ジョージさんの光に燃え上がっていた。

 その中に、モカナちゃんと、見たことのない人が隣に立っている姿が見えた。ああ、そうなんだ。

「ジョージさんは、モカナちゃんの隣にずっと、居たいんですね」

「ん?………んん?」

 炎が一瞬で消えた。私、何か変わった事を言ったのかしら? 

「いや、それは、ちが…………んん?俺は、珈琲が、、、ん?」

 ジョージさんの光の中に、色んな光景が浮かんで消えていく。それは、たくさんのモカナちゃんとジョージさんの姿で、どれも素敵な顔で珈琲を淹れたり、飲んだりしている姿ばかり。

 何をしていても、どこにいても、傍らにはモカナちゃんが珈琲を手に待っている。

「いや、まさかだ。………ないだろ。確かにモカナは、俺の物だからな。あいつが望もうが望むまいが、俺の側にいるさ。そういうことだ」

 なんだか、1人で納得しているみたい。私は、何か変な事を言ったのかしら?モカナちゃんが、望んでたとしても、ジョージさんが望まなければ、側には居られないと思うけれど………。

 二人が一緒に居ると、幸せそうだから、二人は一緒に居るのが良いと思う。



「おはようございます。私が書いた資料はどうだったでしょうか?間違いはありませんでしたか?」

 翌日、ジョージとモカナが朝の珈琲を楽しんでいる所に、バリスタがやってきた。ほぼ丸一日寝て体調は良さそうだったが、目元に残る隈が無理をしていたことを物語っていた。

 ジョージが、珈琲をぐっと飲んで溜息を1つつき、預かっていた分厚い資料を出した。

「ほぼ完璧だ。俺もモカナも、これまでこんな風に体系立てて考えた事は無かったからな。世の中には、他に多少考えている奴もいるかもしれないが、間違いなくこれは現時点で珈琲を最も詳しく記した資料だ」

「ボクは文字があまり読めないので、良く分からないんですが、ボクが詳しく考えたことが無いこともしっかり書いてあるみたいで凄いです!」

「お…………おぉ!!!珈琲の大霊師のお墨付きを!!!このバリスタ、歓喜の極み!!!私は、珈琲学において最先端と自負しても構わないでしょうか!?」

 汚れの無い純粋な喜びと期待の目で見られて、ジョージは一瞬怯んだ。

「…………ちっ、ああ。珈琲を学問とすれば……だがな。だが、覚えておけ。珈琲は、こいつが最前線だ」

 ジョージがモカナの頭をくしゃっと撫でる。

「えっ?あの………」

「勿論です!!珈琲の大霊師様を差し置いてなど、夢にも思っていません」

「……………………なら、いい」

 苦虫を噛み潰したような顔をして、ジョージが唸るように言う。その顔を、モカナは心配そうに見上げていた。

「ところで、その、何ださっきからその珈琲の大霊師ってのは?初耳だぞ」

「そうなのですか?この国では有名ですよ。未知の新しい嗜好品を伝道する傍ら、各国の闇を取り払い、争いの種を摘んでいく水の精霊使いと、その従者の物語は」

「へ?水の精霊使い?」

「従者ね」

 モカナとジョージが互いに顔を見合わせる。モカナは、とんでも無い自分が従者だという顔をして、ジョージは満更でもない様子だった。

「あの、違います。ボクは、何もしていません。それは、ジョージさんや、ルビーさんや、リフレールさんがしたことです。ボクは、珈琲を淹れていただけです」

 ジョージをチラチラと見ながら、モカナは慌てて否定した。

「ということは、本当なんですね!?奸臣の裏切りに沈みかけたサラクを救い、敵対していたサラクとマルクを珈琲で結びつけ、戦闘民族のツェツェ族も巻き込み、カフェというものを各国に展開している最中という噂は」

「へえ………なるほどな。珈琲の製法は大して伝わってなかったが、そっちは大分正確に伝わってたらしいな」

「ジョ、ジョージさん!?」

「事実だ。確かに俺やリフレールも色々とやってたがな、そもそもお前がいなけりゃ、リフレールはマルクで死んでしたかもしれねえし、国交の正常化なんざ望むべくも無かっただろうよ。珈琲の力があってこそだ。お前の珈琲が、実現させて来たんだよ」

「ちが、違います!ジョージさんが、ボクの珈琲を認めてくれたから、ボクの珈琲を使ってくれたからです!」

「…………ふふっ」

 バリスタが、互いを褒め合い譲らない二人を見て笑った。

「噂通りですね」

「あん?」

「珈琲の大霊師は2人で1人。どちらが欠けても為せること無し」

 バリスタは、二人を見て、誇らしげに笑ったのであった。

「そんな噂が流れてるのか?」

 と、幾分声が明るくなったジョージが尋ねる。何故気分が軽くなったのか、ジョージは良くわかっていなかった。

「はい。普通なら信じられないような成功譚ですが、国がそれを証明しているので、お二人はこの国では相当の有名人ですよ。奇跡の珈琲を入れる少女と、売り込む男という話で、我が国ではこれまでの噂を集めた書籍も作成され始めているとか」

「マジか。モカナ、お前本に載るらしいぞ」

「えっ!?その、良く分からないんですけど、沢山の人に珈琲を知って貰えるって事ですか?」

「あー、まあ、間違ってはいない」

「当然です。それに、この論文も当然お二人の名前を載せて頂きたいと思っています」

「……ふむ。まあ、いい。珈琲は、実際に俺達が最前線だ。間違っちゃいないからな」

 と、どこか得意げな様子のジョージを見て、モカナはジョージの機嫌が直ったと安堵するのだった。

只今、応援したい人を気軽に応援できる流れを作る為の第一段階としてセルフプロモーション中。詳しくはこちらを一読下さい。 http://ch.nicovideo.jp/shaberuP/blomaga/ar1692144 理念に賛同して頂ける皆さま、応援よろしくお願いします!