珈琲の大霊師152
「明日、手伝って欲しい事がある。一緒に来てくれるか?」
「はい!」
二つ返事でモカナは答えた。モカナは嬉しかった。ジョージの顔から迷いが消えていたからだ。
ジョージが何かに悩んでいたのは知っていたが、ジョージから話してこない以上、こちらから聞けないでいたのだ。
そして翌日、モカナは、何故か強面の男達に囲まれていた。
「あわわわわわ」
男達はと言えば、場違いな子供を連れてきたジョージに鋭い視線を送っている。
それも無理は無い。ジョージは、男達の期待を踏み潰しに来たのだから。
「どういう事ですか兄貴………」
小柄だが、一番目の鋭い男がジョージを睨み付けている。ついさっきまでは、嬉しそうに笑っていた男だ。
「今言った通りだ。ありゃあ、ただの噂だ。俺は、あいつと結婚する気は無い。王になる気も無いって事だ」
何でもない事のようにジョージは言った。一言一言で、向かい合う男の顔が凶暴に歪んでいった。
「………なら、あんた一体何しにあんな砂だらけの国までわざわざ行ったんだ。王族に恩売る為じゃねえのかよ?」
「成り行きだそんなもん。断る理由もねえし、頼まれたんだよ。恩売るだ?そんな下らねえ事の為に誰が行くか」
「……見損ないましたぜ?俺に、裏の社会のいろはを教えてくれた兄貴が、そんなに腑抜けちまってるなんて。いつから、そんなタマの小せえ男になっちまったんですかい」
「てめえの理想を押し付けんじゃねえよ気持ち悪ぃ」
ざわっと、男の髪が怒りで逆立つのが、空気で分かった。
「俺は俺だ。お前らの上に立ってたのもな、成り行きって奴だ。やることやったから、やめただけだ。お前らを一人前にしたら、俺がやることなんて何もねえだろ?だから、やめた」
「なんでだよ……!!ふんぞり返ってりゃ良いじゃねえか……。金ばらまいて、女はべらせて、好き放題して、俺達を使って金持ちのブタ共脅して、一生面白おかしくしてれば良いじゃねえかよ!あんたには、その力があった。俺は、あんたの為なら命だって張れた!こいつらだってそうだ!それを、あんたは裏切った!!なんで、俺達を捨てて行った!」
興奮した男が懐からナイフを取り出す。辺りの空気が二分した。多くは、その男と同じ気持ちなのだろう。熱に浮かされた目で、ジョージを睨み付けている。もう片方は、穏健派のジャン達で、なんとか争いにならないよう必死に慌てていた。
が、当のジョージは落ち着いていた。
「よぉ、コーディー。金ばらまいて、女はべらせて、お前らアゴで使ってよ……。それの、どこが面白えんだ?」
「へ?」
「お前言ったよな?面白おかしくってよ?その、どこが面白おかしいってんだよ。何の苦労も無く女が抱かれに来てよ、何の苦労も無く美味い飯が食えてよ、それのどこが面白いんだよ。え?」
「わ、ワケわからねえ。それの、何が不満だってんだ」
「馬鹿か。飽きるだろそんなもん。つか、飽きちまったんだよ」
「………えっ?」
「苦労するから、やりがいがあるんだろうが。女だってよ、金で転んだ女に情なんて湧くか?そんな中身の無い女抱いた所で、俺は気持ちよく無えんだよ。お前らの上に立ってよ、俺がやろうとした事は全部お前らができるようになっちまってよ。結果だけ俺に持って来る。欲しい物全部手に入ったら、その瞬間から、俺にはもう欲しい物が無いんだぜ?欲しいもんも無いのに、生きてるってのは、楽しいのかよ?」
興奮していた男達が黙る。それぞれが、ジョージに提起された問題を考えていた。
「お前らは馬鹿みてえに俺を持ち上げるしよ。最後に馬鹿騒ぎしたのはいつだったっけか?俺は、てめえらと同じ目線で飲む酒が美味かったんだよ。お前が酔っ払って酒場の女に手出して、俺がそれを蹴っとばして皆で大笑いしてよ。お前は上役の前で赤っ恥かかされて頭に来て、俺に殴りかかってきて、俺はからかいながら逃げてよ。そんな酒が俺は好きだった。あの頃は、俺が声かけたってなびく女なんざいなかったが、俺は最高に楽しかったぜ?それが、俺が酒場に入りゃ全員びしって背筋伸ばしてよ?呼んでもねえ女が俺の酌に来てよ、ざっくばらんに行こうじゃねえかって言ってんのに、どいつもこいつも一歩下がって俺に接しやがる。てめえだよコーディー。何も知らない新人が俺に酒注ぎに来たのに、何様のつもりだとか怒鳴って、代わりに酒を注いだの。あん時の酒は、最低にまずかったぜ?その次の日だったな。俺が、頭やめようと思ったのは」
いつしか、小柄な男、コーディーは青ざめて震えていた。皆の視線が冷たい。さっきまで、恨めしげにジョージを睨んでいたその視線は、殺意を持って今コーディーに注がれていたからだ。
「ま、そんなわけだ。てめえらの中で俺の代わりにふんぞり返りたい奴がいるなら、俺が指名してやるぞ。まあ、俺はそんな下品な部下は持った覚えがねえんだけどな?」
ジョージがおどけて言うと、男達が互いに目を交わす。そして、どっと笑い始めた。
どいつもこいつも、他人に任せて自分が楽をしたいような連中ではなかった。
そういう連中は、ジョージが排除して来たのだ。どんなに優秀でも、どんなに繕っていても、ジョージは見抜いて排除して来た。その結果がこの有り様である。
「お、俺は、兄貴に、良い思いして欲しかっただけなんです。許して下さい。兄貴が、そんなふうに思ってたなんて、全然……」
「分かってるよ。だから、言えなかったんじゃねえか。ったく、てめえは思い込み激しいの相変わらずだよなあ」
苦笑いして、ジョージはコーディーの頭をくしゃくしゃと撫で回した。
コーディーの目からは、ぼろぼろと涙が溢れてきて、堰が切れたように泣き始めた。
「おいおい、泣くんじゃねえよいい大人が。元々冴えない顔が台無しだぜ?」
また、どっと男達が笑う。
「ひ、ひでえや兄貴。へ、えへへへ」
コーディーは、泣きながら笑っていた。その手は、ジョージの袖をしっかり握って離さなかった。
モカナは、ジョージが魔法使いなのではないかと、時々思う。
ここに来たとき、全身から黒い煙が立ち上っていた強面の男達が、今は柔らかい春の日差しの中にいるように見えた。
まるで、まるで、そう。ジョージは、まるで珈琲のようだ。どんな荒んだ気持ちの人も、飲むだけで穏やかになる。珈琲のようだ。
そんな事を思っていたモカナの目の前に、顔に大きな傷のある男が顔を出す。
モカナは驚いて
「ぴっ」
と、訳の分からない鳴き声を出してしまった。
「ところで兄貴、このガキは何ですかい?さっきから、踏んづけるんじゃないかって落ち着かないんでさぁ」
「ひぇ」
「おい、踏むなよ?そいつは、モカナって言ってな。俺の、同志で、先輩で、先生みたいなもんだ。ついでに俺のもんだからな?」
「へっ?」
モカナは照れてえへへと頭を掻いた。もちろん、先生と先輩に反応したものだ。
男達は一同に首を傾げる。
「兄貴の、先生で、兄貴の物?」
「……兄貴、まさか、ひょっとして、超美人の姫様に靡かなかったのは……」
「おい、滅多な事言うんじゃねえ。兄貴は兄貴だろうが」
「……とにかく、兄貴の先輩だっていうなら、俺達より上役だろ」
「そうだな……あんな成りして、裏じゃどんな悪どい事を……」
ざわめく男達に、苦笑いしてジョージは大きな身ぶりでそれを遮った。
「そういうんじゃねえよモカナは。だが、こいつはきっとこの世界を変えるとんでもない奴になるぜ?実は、今日はお前らに、次の仕事の誘いに来た」
「兄貴直々の仕事!?はい!はいはいっ!!あ、兄貴の手伝いができるなら、俺なんでもやります!!」
真っ先にそう言ったのは、コーディーだった。今回の話で、一層ジョージに惚れ込んだようだった。
「抜け駆けかよ!!俺も!俺もやりますぜ!」
「俺も!」
「ガウディ一族は、あんたに返しきれない借りがある。その仕事、うちに任せてくれ」
「てめっ!!ずりぃ言い方すんじゃねえ!」
競うように名乗りを上げる男たちを前に、ジョージは昔を思い出していた。久々に、血が熱くなるのを、ジョージは感じていた。
「てめえら、世界を相手にする気はねえか?」
そう言って、薄く笑うジョージを見て、荒くれ者達が戦慄し、沈黙が支配する。
ぞくりとする程、熱くて、冷たい空気がジョージから漏れてくる。
これだ。ジョージの人柄だけではなく、火傷するほど芯が熱くて、凍りつきそうな程冷徹な計算の元に作られる計画を口にする時の、ジョージの顔。
リフレールの王族の血とはまた違う、闇を統べてきた男の、一面が覗く。
モカナは、こんなジョージを見るのは始めてだった。怖いのに、引き込まれそうな魅力を感じる。そんなジョージは……。
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