珈琲の大霊師237
「………やっぱり、只者じゃなかったなぁ。あいつ……」
ぺらり、と紙を一枚めくりながらジョージさんが呟いたのを私は聞き逃さなかった。
村人への珈琲指南が終わるのを見計らって、私は兄さんの原稿を持って、宿屋に押しかけた。面倒そうな顔をされるかと思いきや、ジョージさんは真剣な顔でそれを受け取って、私を部屋まで案内してくれた。
「はい、どうぞ」
私とジョージさんに、香ばしい珈琲が横から差し出される。うわぁ、なんてエキゾチックな香り。
「おい、モカナ、これだが、お前そういうつもりでやってたのか?」
「え?えーと……これ何て書いてあるんですか?」
「ああそうか、読み書きは苦手だったな。珈琲の焙煎時の返しについてなんだが……」
「あ、はい、そうです」
「マジか……。たった1回で見抜いたのか、これを」
と、ジョージさんが驚いている。なんだか、少し悔しそうだけど、これで兄さんの凄さは伝わったよね。
ジョージさんの、悔しそうな呟きを聞く度に、私の胸が躍った。とうとう、兄さんが世間に認められる日が来たんだ。
誇らしさで、胸がいっぱいだった。
「あの……………」
「あぁ?」
つい、言葉が尖るのを自覚する。余裕が無い証拠だ。
声の方向を見ると、暗がりにぼうと立つシルエットがあった。この独特の存在感は、カルディだろう。
「カルディか………。何だ?」
極力優しい響きになるように努める。こいつには何の非も無い。
「ジョージさんが、そんなに苛々しているのは、始めて、見ました」
あー、そうか。コイツには見えるんだよな。感情が、色で。
「隠し事はできねえな」
「あ………、ご、ごめ」
「謝るな。……ここまで、1人で来たのか?ぶつかったりしなかったか?」
「はい……私は、この家に居る時間、長い、ですから」
「………そうか」
誰か一緒に居ない時は、外に出られないからな。
「入っても、いいですか?」
「……こんな時間に、男の部屋に来るのは良くないんだがな」
「?」
カルディが首を傾げてる。そんな概念あるわきゃねえか。
「他の連中はもう寝たのか?」
「はい、……そうですね、寝て、います」
ふいと、来た方向を振り返って、カルディはそう答えた。俺達が光に見えるらしいカルディには、色で分かるんだろうな。寝てるか、寝てないか。
「そうか、ならシオリに五月蝿く言われないだろ。どうぞ」
「ふふ、はい」
促すと、俺の近くまで来て、すっと手を差し出す。まるでどこぞのお姫様のような仕草だが、これは信頼の証だ。
俺はその手を取って、彼女の腰に手を回し、くるりと体を回してベッドに座らせる。腰に当てた手は補助。最初は俺が抱えないと座ることも難しかったカルディだったが、俺の力の掛け方から意図を読むのが上手い。今じゃまるで舞踏会で踊るかのようだ。
一瞬、ふわりと花が香った。
見ると、髪に花が挿してあった。こんな奇特なことをするのは、最近カルディという妹分が現れてお人形遊びにハマっているシオリしかいない。
カルディが隣に座ったのを確認して、俺は椅子を動かそうと立ち上がる。
「隣じゃ、ないんですか?」
「………隣が良いのか?」
「はい」
と、微笑む。まあ、笑い方は上手じゃないんだが。なにせ自分の顔が見えないから、直しようがない。
カルディは、まるで子供だ。素直に、自分の要求を口にする。それが、こそばゆい。まだ裏切られたことの無い無垢な心が、信頼を寄せているのが分かるから。
「なら、隣で話すとしようか」
断る口実が見つからずに、その隣に腰掛けると、すすっとカルディが距離を詰める。これ、無意識なんだろうなぁ。カルディにとっての、俺との距離なんだろう。腕が触れ合うほどに近い。
というか、どこかしら触れているとカルディは表情が緩む事が多い。
ほんと、孤児院のガキ共を思い出すな。
「?何か、良いことが、ありましたか?」
言われて、慌てて顔をしかめる。懐かしさについつい顔が緩んでたらしい。
ついでに、イライラしていた心も、少し落ち着いていた。なんだ、俺も、ガキと大して変わらないんじゃねえか。
そう、ひとりごちた。
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