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珈琲の大霊師161

 食料、衣類等異文化の接点が繁栄をもたらす場所は混雑していたものの、書物を扱う市場には人はまばらであった。

「ふぅ、やっと落ち着けそうだな」

「ふふ、私は楽しかったですよ?」

「まあ楽しいのは確かなんだが、目的忘れそうになったからな。お前も暇じゃ無いんだから、毎日ここに付き合うってのは無理だろ?」

「うっ……、はい、そうですね」

「モカナの故郷を早く探してやりてえんだ。…ま、珈琲の本場ってやつに行きたいってのもあるんだけどな」

「……後者が主要因ではないですよね?」

「どっちも大事だどっちも。さて、どういう探し方をすりゃいいもんかな?何せ、文献なんて探した事無えんだよ」

 書物市場は、書物や衣類と違って全て木と石造りの建物が並んでいた。紙自体が貴重であり、また湿気に弱い為、雨に濡らすわけにもいかないからだろう。当然高価であり、歩いている客達は総じて身形が良く、そういった客層を守る為に衛兵もそこかしこにいた。

「そうですね……。地方の伝説や、童謡、風土を纏めた物などを扱っている店舗が良いと思います。こういった書物を扱う市場では、どの店舗も自分が選んだ専門分野の本を集めている事が多いですから、どこか適当に入ってそういった店を探せば良いのではないかと」

「そうなのか。……まあ、探す側には都合が良いがな」

「基本的に、書物を求めるのは裕福な知識層で非常に専門性の高い役職に就いている者がほとんどです。ですから、同じ売り場に全く違う分野の本があっても見向きされないんですよ」

「なるほどねぇ……ん?なんだ?変な匂いが……」

 ジョージの鼻腔に飛び込んで来たのは、物が焦げるような匂い。書物を扱っている場所には似つかわしくない香りだ。リフレールも気付いたらしく、ジョージの目を真剣な眼差しで見つめてきた。

「……おいおい、まさか火事じゃないだろうな?」

「行きましょう。ここで火事なんて起きたら、あっという間に燃え広がってしまいます」

 匂いを辿って二人が走ると、その店舗はすぐに見つかった。それもそのはず、窓という窓から黒い煙が立ち上っているのだ。

 異常を察知して、衛兵達も駆け寄ってきた。

「近くに貯水池は無かったな。待ってるわけにもいかねえ。お前なら消せるだろ?」

「当然です。この建物一つくらい、どうとでもしてみせます!」

「よしっ!」

 ジョージは、両開きのドアを蹴破り、中に突入した。

 本来なら少し黴臭い本屋ならではの香りがするのだろうが、今は真っ黒な煙と焦げた匂いに変わっていた。

「また本に火はついてないのか?……煙は奥の方からだな」

 店の奥に扉が一つあり、煙はそこから漏れているようだった。

「気をつけてください。火事の最中に扉を開けた途端に爆発する部屋というものがあると聞いた事があります」

「……ノブは、熱くないな」

 真鍮製のノブはさらりと冷たく、間近で火事が起きているようには感じなかった。

「となると、火元は更に奥か」

「行きましょう」

 勢い良くジョージがドアを開けると、途端に飛び込んでくる音があった。

 バチッ!ビシッ!!ブスブス……

「ゲホッ!!ゲホッ!!くそっ!本当に、こんなので、美味しいものができるの!?グホッ!!もうっ!」

 お世辞にも綺麗とは言えない枯れた声で、誰かが地団駄を踏んでいる音と、何かが弾ける音がしていた。

 もうもうと立ち込める黒煙。から生えているかのように、白い足が地団駄を踏んでいた。

「うぐぐぐぐ!なんでこうなるの!?このメモ嘘っぱち!割れないよ!全然割れないよ!なんかちっさくなってるよ!ひどいよ!ひどいよ!思わず二度言っちゃったよ!あたしの生活費返せ!」

 ベシッ

 床に叩き付けられる紙。

「……火事……ではないみたいですね」

 煙を吸わないよう屈んでいるリフレールが呟く。

(何やってやがんだ?)

 足音を立てずに近付いたジョージは、叩き付けられた紙をサッと拾った。

 その紙を見た途端、ジョージは硬直した。不思議がって、リフレールもその紙を覗き込む。

(王家御用達薬茶の極秘レシピ……?付属の豆を炒り続ける事で……って、これは珈琲の淹れ方!?サラクの商人が漏らした?)

「………おい、どけ」

 ゆらり、といつの間にか地団駄を踏んでいた女の背後に立っていたジョージが、その肩を掴んで低い声で呟く。

「えっ?わ、ひっ!?だ、だだ誰ぇ!?」

 驚いて振り返った女は、ジョージの手を振り払おうとしたが、ジョージの指が肩に食い込むばかりでびくともしなかった。

「誰じゃねえよ。それ以上豆を無駄にするんじゃねえって言ってんだよ。どけ」

「あ、あなた誰ですか!?え、衛兵さーん!助けてー!!」

「俺がその衛兵ですが何か?あー、いいからどけぇ!!」

 ジョージは女の肩を引っ張って、リフレールに、向けて押し出した。

「ちっ、大した器具はねえか。仕方無い。おい、いいかアンタ?そいつは、こう淹れるもんだ!リフレール、こっちに水かけといてくれ」

 と、熱々に熱せられた片手鍋が宙を舞う。それは丁度さっきの女の顔めがけて飛んでいった。

「ひええ!?」

「もう、ジョージさんたら、危ないですよ?」

 ジュワアアアア………

 言葉とは裏腹に、余裕を持って差し出されたリフレールの指が鍋に向けられると、鍋は女の眼前で蒸気の渦と化した。

 女はギャーギャー逐一騒ぎ、リフレールは同じ女ながらこうまで騒がしくなれるものかと感心してしまったのだった。

 その男は、突然あたしに熱せられたなべを放り投げてきた。

「ひええ!?」

 頭の先から出たような声と共に走馬灯が頭を駆け巡った。どれも割と一人でいつも本だらけで、客観的に見るとなんだか涙が出てきた。

 ああ、あたし二目と見られない顔になって死ぬんだ。シオリ=ラゾフェルンは、よく分からない理由で死ぬんだ。なんでよ、どうしてよ。あたし何かしたの?

 あれかな、サラク王家の薬茶って実は超極秘のものだったのかな?そらを知ったあたしを、殺しに来たのかな?

 ひどいよ!そんな事で人を殺すなんてひどいよ!祟ってやる!具体的には西イズマ地方に伝わる真紅の星の呪いで!ついでにマサッレの犬死にの呪いでじわじわなぶり殺してやる!

 あー!もうだめだー!あたし、死んだー!

「もう、ジョージさんたら、危ないですよ?」

 ジュワアアアア!!

 目の前で立ち上る蒸気が、あたしの脳みそを焦がす。

 あたしの意識は、そこでぱったりと途切れた。

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