笑いのコピー

珈琲の大霊師123

 翌日、サラクシュー王宮。

 ドグマは、残った1000名の貧民部隊を街に紛れさせ、外壁の門から王宮までのルートに幾多の罠を仕掛けて待ち構えていた。

 徹夜で罠を準備していたドグマは、憔悴し、眠気に支配されていた。会談予定の王座の間の隣にある準備室で、こっくりこっくりと頭を揺らしていた。

「……はっ、くっ、眠りかけていたか。……無理も無い……な」

 その時、準備室の扉を叩く音がした。ドグマは、扉を見る事無く返事を返す。

「入れ」

「はっ」

 兵士が一人、手を縛られた細身の老人を連れて現れた。

「バドル様をお連れしました」

「…………」

 鋭い目でドグマを睨みつける細身の老人。この老人こそ、現サラク国王でありリフレールの父親、バドル=サラクだった。

「ご苦労。下がれ」

「……護衛は宜しいのですか?」

「必要無い。……給仕の準備は済んでいるか?」

「はっ。いつでも」

「では、皆に心配せぬよう伝えよ。何があろうと、責任は無い。何か聞かれた際には、昨日の指示通り応えよ」

「……ははっ」

「……ああ、それと、リリ………いや、なんでもない。下がれ」

「はっ」

 兵士は、最後にびしっと最大の敬意を持ってドグマに敬礼し、部屋を後にした。

 連れてこられたバドルは、ドグマを睨みつつ、手近な椅子に腰を下ろした。

「無駄な事を。兄上が、貴様如きの策にかかるはずもない。貴様は、砂漠の獅子王の真価を見る事になるだろう」

 バドルが軽蔑の眼差しでそう言うと、ドグマは疲れた顔で口を歪めた。

「フン、俺にいいように操られた愚王が何を言っても負け犬の遠吠えよ。会談の前に首を刎ねられたいのか?」

 残酷な笑みを浮かべるドグマだったが、バドルは全てを見透かしたような超然とした態度で胸を張った。

「しない事を脅しには使えぬわ。貴様は、無意味な事はしない男よ。私達の下で腕を振るっていればよかったものを……。愚かな」

「王家に生まれつき、王の候補として教育を受け、帝王学を学び、王としての心構えを叩き込まれた俺に、その立場で甘んじろというのは矛盾しているな」

「リフレールに全てにおいて勝らぬ男が、身の程を弁えよ」

 リフレールの名を聞いた途端、ドグマの目が鋭さを増す。腰の細剣を抜き、瞬く間にバドルの首筋に当てた。

「ああ、そうだ。あの女、貴様の娘さえいなければ、王座は俺の物だった。王位継承権のある21人の王族の中で、俺は常に首位だった。あの女が、名乗りを上げるまではな」

 黄金期を作り上げたエルサールとバドルの下の代、つまりリフレールとドグマの世代には22人の王位継承権保持者がいた。その中で、次代の王として名乗りを上げていたのは、5年前までリフレール以外の21人だったのだ。

 リフレールは、女ということもあり、外交手段としての扱いから王としての名乗りは上げていなかったのだ。ドグマは、血筋こそ本家から遠かったものの、努力によって次代の王と噂される程の能力を発揮していた。

 が、年々煩くなる縁談を嫌がったリフレールは前代未聞の次代女王として名乗りを上げ、当時は王宮全体の失笑を買った。しかし、蓋を開けてみれば、リフレールはどんな分野でもドグマの上を行く傑物だったのだ。

「器が違うのだドグマ。あれは、私よりも遥かに王の素質を持っている。貴様が、王宮の中でただただ己の力のみを頼みにしていた頃、あれはサラク全土を旅し、私の外交にも進んで同行した。見てきた世界が違うのだ」

「だから、諦めろと?長年切望した王の座を守る兄弟が、弱って背中を見せたその時を見逃せと?フン、冗談ではない。男として生まれた以上、頂点を目指すのは当たり前だ」

「だが、貴様は負けた」

 ぐっと、バドルの言葉がドグマの胸に突き刺さる。圧倒的不利な状況に置かれているのは確かだからだ。

「まだだ。どういうわけか知らぬが、会談などと甘い事を言うようでは王たる資格など無い。残る戦力をもって、奴らを……」

 バーン!!

 と、隣の部屋から扉が開け放たれる豪快な音が響き渡った。

「ガッハッハッハッハ!!リフレール、お前の言う通りの楽しい出迎えだったな!久々に全力で暴れて気分が良いぞ!しかし、お前は本当にこの間まで病人だったのか?砂漠の獅子王は常に最前線を駆けると聞いてはいたが、まさか本当だとは思わなかったぞ」

「この間は不完全燃焼だったからな。うむ。痩せた分体が軽いわ。たまには病気になってみるものだな!ハッハッハッハ!!」

 ドグマとバドルは目を丸くした。二人目の声に聞き覚えがあったからだ。

「この二人、化物さ……。あたいが現役最強だと思ってたのに……動きに着いて行けなかったさぁ……」

「ルビーよ、年季が違うんだ。年季が!まだまだ気配を気取るのが遅いのだ。精進せいよ」

 聞いた事の無い声も随分混じっていて、ドグマは目を落ち着かずに動かしていた。

「この声は……、ツェツェのハーベン王。兄上?いや、リフレールか。まさか、ツェツェを味方に着けたのか?」

 バドルが目に光を灯して、嬉しそうに立ち上がった。

 それらの声は、ドグマには死神の宣告のように聞こえた。耳から入る情報を消し、再び細剣をバドルの首筋に当てる。

「時間を守れぬ客らしいな。仕方ありませぬ、二人で出迎えましょうぞ王よ」

 暗く笑うドグマの刃を、バドルは哀れみの目で見つめるのだった。

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