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珈琲の大霊師252

 青年が取り出したのは、何の変哲もない豆に見えた。ただし、それは既に焙煎済みであった。

(既に焙煎済みの豆を用意する意味とは?むむむ、興味が尽きぬ!!)

 もう手元を傍でガン見したい気持ちだったが、貴族の矜持をもってそれを阻止する。

 仕方なく、悟られぬように深呼吸を繰り返す。

 なぜか?

 その方が、手繰り寄せられると思うからである。 香 り を !

 来い!!来るのだ!!我が命に従え、今だけでも!風の精霊よ!今こそ我輩の隠れた才能よ開花せよ!!なんでもいいから香りを寄越すのだ!!

 鼻孔に漂ってきた焙煎済み珈琲の香りは、明らかに既知のどんな珈琲とも違っていた。その衝撃に、頭がくらくらする。

 甘い!!珈琲に許される甘さを明らかに超えた、謎のアロマ。

 極悪極上のミステリー。流石は二人で一人の珈琲の大霊師その片割れ。

 くくく

 と、腹の奥底から笑いがこみ上げてくる。底知れぬ魅力!!これだから珈琲は最高なのだ!未知の塊、永遠の目標!愛しき運命の女神に等しい。

 この先、珈琲を媒体にどのような文化が芽生えるのであろうか?もう先が楽しみで仕方ない。ああ、今から死が恐ろしくて仕方ない。

 我輩がどんな努力を積み上げた所で、珈琲という巨大な文化の山を、眼下に納める事は不可能であるのだから。

 涙が出てくる。と、青年がブレンドを始める。あまりに素早いブレンドで、割合も掴めぬが・・・。まあ良い。

 こちらも、全身全霊のブレンドでもってお相手しようではないか。

 これも、珈琲の歴史、その黎明期に燦然と輝く星となるであろう。

 いざっっっっっ!!

 吾輩と青年の熱き戦いはこれからであるっ!!


 結果は、吾輩のブレンドよりも、青年のブレンドと、その多彩な珈琲の楽しみ方が勝った。悔いは無く、負けた我輩への惜しみない賞賛の拍手が、吾輩の心を満たしたのであった。



「順当な結果ですわね。むしろ、ニカラグア卿は収穫でしたわ」

 珈琲の第一人者認定裁定も、終わってみればジョージさんの圧勝。当然ですわね。ジョージさんは、世界で2番目に珈琲を愛する方ですから。

 知識も、経験も、付け焼刃では真似できるものではありませんわ。

「全くだなぁ。自前の珈琲農園だってよ。今度見せてもらう約束してきたぜ。そういや、珈琲の木の栽培方法についちゃ俺は全く知らねえからなぁ。技術の俺、理論のバリスタ、栽培のニカラグアって所か」

「ボクは何でしょうか?」

「ふむ……。1にして全。珈琲を体言した女。珈琲とはお前の事、珈琲の大霊師だろ?それで十分じゃないか?」

「ジョージさんまでボクを大霊師なんて呼ぶんですか!?ボク、そんな大それた人間じゃないです。ジョージさんがいなかったら、今頃道端で死んじゃってたんですよ?ジョージさんの方が偉いです!」

「あぎゃ?モカナ1番!オマエ2番!」

「おう、分かってるなドロシー。さすがは最高の水作り精霊」

「おぉ!ワシが水作り1番じゃ!」

 ドロシーさんが、胸・・・腹を突き出す。嬉しそうだ。

 どうにも、モカナちゃんはジョージさんを自分の上に立てようとしますね。いえ、それは無理もないのですが。実際、ジョージさんが居なければ珈琲はここに至れなかったですしょうし。

 でも、ジョージさんもまたモカナちゃんを上に置こうとしている。

 この2人の関係は、互いを尊敬し合い、特性は違うけれど対等。

 私もまた、ジョージさんとは対等であるつもりでいるけれど、2人の間に割って入り、ジョージさんの永遠の1番になるのは、きっと難しいのでしょうね。珈琲がある限り。

 それでも、いつか。ジョージさんが目的を叶えたいつか、落ち着いた頃に、私に寄りかかってくれる事を期待して、私はジョージさんが最後に帰り着く場所であろうと思うのです。

「ところでジョージさん。さっきの、ふれーばー珈琲でしたっけ。ボク、飲んだことないですよ?」

 にっこりと、モカナちゃんが笑って、ジョージさんが青ざめました。

 何故でしょう?いつもホッとさせられるその笑みが、今日はおそろしげに見えたのでした。

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