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珈琲の大霊師114

「さて、まず何から話したものか。……面倒だが、最初から話した方がいいだろうな。事は、俺が毒矢を受けた時から始まった」

 エルサールは、その日国境近くで盗みを働いて回る盗賊団の討伐に出掛けていた。

 討伐そのものは、練度の高い正規軍があっという間に片付けてしまったのだが、ただ一人の盗賊が逃げながら放った矢がエルサールの眼前に迫り、エルサールはそれを剣で叩き落としたが、運悪く矢尻が首を傷つけたのだ。

 傷そのものは大した事が無かった為、応急処置だけ施して王都へと帰還した。

 王都に帰る頃には、体が重くて仕方なくなっていた。

 思い当たるのはその傷しか無い為、原因は盗賊が使った毒矢にあるとなった。

 まずいことに、その盗賊は王を傷つけられて怒り狂った兵士に滅多刺しにされていたせいで、使った毒が分からない。

 仕方なく、毒の症状から血清を割り出すべく、エルサールは室内でできる仕事を軽くこなしながら、毒と戦う日々を送った。

 そもそも毒を受けたのも初めてではないし、大抵は寝てれば治ったものだが、なぜかその毒は症状が重くなるばかりたった。

 半年後、エルサールはまともな思考もできない程衰え、ベッドから動くこともできなくなっていた。

 国務をこなせないエルサールに変わって、リフレールの父、バドルが一時的に王位を継ぎ、そして悲劇が始まったのだ。

 表舞台での悲劇の影で、エルサールは殆ど意識の無いまま、朧気な記憶の中で僅かな食事と、排便の感覚だけが残った。

 それが無くなったのは、今から3ヶ月程前の事だ。気付いた時には、湖底のあの部屋のベッドの上だったのだ。

 エルサールが朧気ながら意識を取り戻した日、目の前には隻眼の男がいた。

 前将軍、隻眼のジャロウだった。

「陛下、気づかれましたか!私が分かりますか?」

「……無論だ、ジャロウ。すまないが、喉が乾いて仕方ない。水を、くれ」

「はっ!」

 回復を喜び合った後、唐突にジャロウは跪いた。

「申し訳ございませぬ。私がおりながら、このような醜態、このジャロウ死をもって償うつもりでございます」

「……おいジャロウ」

「はっ!」

「お前は病み上がりの俺に帯する配慮が足りないぞ。正直、まだまともな思考ができんのだ。その俺に、片腕であるお前を失えと言うのか?それは、それは俺に死ねと言っているようなものだぞ」

「……そうでしたな。この命はとっくの昔に陛下に捧げたもの。それを決めるのは陛下ございました」

「うむ。そうだな。最初の戦場で、俺達の舞台が全滅しかけた時から、お前の命は俺が預かっていたな」

「はい」

「……昔話は後でするとして、何があった?ゆっくりと、息子に聞かせるくらい分かりやすく話してくれ」

「全てはドグマ。あの権力の亡者の仕業でございます」

 ドグマの名前を聞いた瞬間、エルサールの中で朧気な記憶が一本に繋がった。

「ふっ、はっ、ははっ」

「へ、陛下?」

「そうか。ドグマの奴、一世一代の賭けに出たか。そうか、俺が飲んでいたあの薬、あれは遅延性の弱い毒だな?すり替えたのは、薬を毎日持って来ていたあの若い女中で、あの若い娘を影で操っていたのがドグマだろう。違うか?」

「……陛下、何がまともな思考ができないですか。全く、昔からその直感には驚かされてばかりです」

「そうか……あの娘、最近はとても辛そうな顔をしていた。良心の呵責に耐えられなくなったか、ドグマと別れでもしたか。王宮から去ったのだろう?」

「あなたという方は、一体どこまで……。その通りでございます。あの女中は、全てを私に告白し、私は彼女を国外へ送りました」

「さすがはジャロウ、俺の右腕だ。よく殺さなかったな」

「真に憎むべきはあの蛇男であり、あの娘ではありませぬ故。首の皮一枚で、我慢がききました」

「ふふ。まあ、話は分かった。お前が俺を部屋から連れ出して、ここに運んでくれたのだろう?他に信頼できる部下は何人いる?」

「はっ、10名程。口の固い者に事情を話し、この部屋の世話をするよう手配してあります」

「ふむ。取り合えず、俺の体が動かぬのでは、王都から脱出するにしても足手まといになるな」

 数日様子を見ていると、ドグマが王と将軍の不在に気づき、ジャロウが逃げたと噂をひろげ、強引に将軍職に着いて都を閉鎖した。

「これが、今に至るまでの経緯だ」

「やはり、ドグマでしたか……。あの卑劣漢ッ……」

 リフレールの周りの大気が揺らめく。王の血が怒りで沸騰しそうになっているのだ。

「……ほう。リフレールは、俺の見ぬ間に随分と王の道を進んでいると見える」

「えっ?」

「他国に救援を求めに行ったのだろう?その経験が、お前の才能を開花させつつあるのが俺には見えるぞ。あのツェツェまで味方に引き込むとはな。どうやったのだ?」

「いや、まあ、結果的には、そうだな。うん。最初はなんだったっけか?水宮を脅迫して、無理矢理契約をかわ」

 顔を真っ赤にして、リフレールが飛び上がって悲鳴を上げた。

「きゃー!きゃー!忘れて下さい!!わ、私だって必死だったんです!ひ、一人で国を救う覚悟で出ていったんです!叔父様の前で恥をかかさないで下さい!あの時だって、本当は凄く怖くて、でもっ、私しか国を救えないから、国民のっ……」

 ぽろっと、リフレールの目から大粒の涙が零れた。

「あれっ」

 それは、拭っても拭っても次から次に零れて、リフレールの袖を濡らした。

 それを見たエルサールは、素早く立ち上がり、リフレールの頭ををその胸に抱き寄せた。

「苦労を掛けたなリフレール。よく頑張った。俺は、お前を誇りに思う」

「叔父様……、お、おじ、叔父様っ…。~~~~~~~ッ!!」

 声にならない声を上げてリフレールは泣いた。たった一人で国を救う覚悟を持って国を出てきた王女は、体を張り、仲間の手を借りてここまで来た。

 それが、尊敬する叔父の生還で、初めて一つ報われたのだった。

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