珈琲の大霊師088
そして深夜、中庭の茂みで息を潜めていた影が目を開く。
猫科の肉食獣を思わせる足取りで、音も無く起き上がると、気配を消して動き出した。警備の兵達は深夜の静けさに眠気を誘われている。
中庭から砦の中核施設への出入り口には、衛兵が二人立っている。
影は、手に持った何かを自分がいる方向とは逆の茂みに投げ込んだ。それは、弱ったネズミだった。
ガサッ
「ッ!?何だ?おい、そこだったよな?」
「ああ、注意しろよ」
衛兵二人の脳に冷えた鉄が入ったかのように、二人の動きが猟犬のそれに変わる。
一人が茂みに槍を持って近づき、もう一人が松明を掲げる。その一瞬、二人の注意は完全にその茂みに移り、風のように駆け抜ける影に全く気付く事ができなかった。
揺れるロウソクのおぼろげな光に照らされる廊下を、一塊の影が駆け抜ける。
それは、探していた。最も立派な装飾を。煌く金の片鱗を。重厚な扉を。その腰には、一振りの曲刀が鞘に納められたまま、まるで音も発てずに揺れていた。
そして、階段を三つ駆け上がった先に、目的の部屋はあった。一つだけ明らかに別格の扱いを受けている部屋。近くには他に扉が無く、豪華な装飾を施された扉。ドアノブは、紛う事なき純金の輝きだ。
影の心臓が高鳴る。獣じみた期待の熱い吐息が喉から漏れていた。
影は扉にひたりと肩を当て、静かにノブを回す。
影の口角が上がる。無用心な事に、鍵が閉まっていない。
守られる者の怠慢。守られている自覚の無い者のすることだ。
やはり、忍び込んで正解だったと、影は逸る心を抑えながらドアノブを回し、扉を音も無く押していった。少しずつ、少しずつ。気配も無く。
そこは、王族にのみ滞在を許された部屋だ。
僅かに開いた窓から、砂漠の夜の冷たい風が流れ込み、薄いカーテンをなびかせていた。
部屋の東側の壁に、大きな塊が見えた。常人ならば、それが何であるかの判別は余程月明かりが強くないと不可能だろう。
が、影は夜目が利いた。それが、大きくて豪奢なベッドである事が見て取れた。
そこだ。寝息を立てる人間の気配がする。こちらには気付いていない。
慎重に忍び寄る。
月明かりに、流れるような金髪が見えた。その瞬間、影の脳は瞬時に沸騰した。
達成感と、かつてない興奮が一度に訪れ、力任せに腰の曲刀を抜き払い、全力で金髪の根元へ振り下ろした。
ビシャッ!!
全身に熱い物が降りかかる。血臭に歓喜を混ぜた香りが部屋に立ち込めた。
と、影は錯覚した。
それは、人間の血にしてはぬる過ぎ、そしてありえない臭いを放っていたのだ。始めて嗅ぐ、強い香り。
「!?なんだ、コレ!?」
混乱した影は、思わず声を上げてしまった。その瞬間、突然部屋の四方からランタンの光が現れた。
ジョージ、クルド、ロウ、そしてリフレールがランタンにかけていた布を外したのだ。
「まさか、本当に来るとは……」
クルドが苦々しく呟いた。
「ああ、やっと何に引っかかってたか分かったぜ。そうだ、リルケは両軍を追い払ったが……」
話しながら、ジョージはランタンを高く掲げた。そこに照らし出されたのは、まだ幼さも抜けない顔立ちの少年。
「ツェツェ軍の、女部隊には通用しなかったんだよな」
いや、少女だった。
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