珈琲の大霊師048
それから、連日リルケはクエルの様子を見に行った。その間、ジョージ達はケシ畑を燃やす準備を整えて、残りの時間をプワル村の観光に使っていた。
一度止んだ雨はなかなか再び降ろうとせず、快晴が続いた。
そして、三日後。
風呂を出て、宿の庭で珈琲を楽しんでいたジョージの視界が、唐突に青い世界に呑まれた。
「リルケか?どうだった、クエルの様子は」
どこへとなく声をかける。が、返事はすぐ返ってこなかった。不思議に思ったジョージが辺りを見回すと、突然手の平が後ろから覆いかぶさってきて、視界を塞がれた。
「だーれだ?」
声には聞き覚えがあったが、リルケではなかった。透き通っていて、色気のある女の声。
「・・・・・・早かったなぁ。どうやら、仮説が当たってたようで安心した」
ジョージがそう呟くと、詰まらないとでも言いたげにさっさと手は視界から去っていった。ジョージはゆっくり振り向いた。そこにいたのは、クエルだった。とうとう、ケシ畑から自力でここまで来る事ができたということだった。
「ふふ、リルケもちゃんといますよ?」
「おばんです~」
リルケは、庭の木の高い枝に座って二人を見下ろしていた。いつになく上機嫌だ。手をひらひらとさせて、始終ニヤニヤニコニコと笑っている。
「リルケ、モカナ達も呼んできてくれ」
「あいあいさ~~ん」
ぴしっと敬礼してみせると、リルケはひゅーんと勢い良くジョージ達が泊まっている部屋へと飛んでいった。
「・・・・・・なんか、あいつ変わったか?」
「あれが、あの娘の素なんですよ。私との約束を果たす為に、きっとずっと無理をしてきたんだと思いますわ」
「・・・・・・今回一番偉かったのは、リルケなのかもしれないな。あいつが諦めなかったから、この結果に辿り着けたんだろ」
「それは本人に言ってあげてください。喜びますよきっと」
「本人がいないから、言えるんだ」
二人は笑い合った。
「ジョージさんは凄いですね。私達も知らない、花の精の習性や、仕組みを解き明かしたのですから」
「いや、俺だけじゃリルケに取り殺されて終わりだっただろうさ。目立っちゃいなかったが、傍目には狂ったようにしか見えない俺に、毎日のように珈琲を淹れてくれた上、節目節目で変化のきっかけをくれたのはモカナだったからな。ドロシーがいなきゃ、俺は今頃あのケシ畑で働いてただろうしな?」
「珈琲ですか・・・・・・。そういえば、ジョージさんは他の男性と少し違った血をしていますよね」
「へ?何だって?」
初耳だった。
「ええと、良く分からないけれど、私達には人間の血を感じ取る力があるんです。特に感じるのは、匂いです」
「そういや、リフレールが俺の血が薄くなったとか何とか言ってたな」
「花の精は、人間の血液から精気を吸ってるのかもしれません。だから、分かるのかもしれないんですが、ジョージさんの血の匂いは今まで嗅いだ事の無い強い匂いがするんです」
「あー・・・・・・」
ジョージは思い出す。珈琲ばかり飲んでいた時、尿から珈琲の香りがしていた事を。
「・・・・・・・俺、やべえな。血の中まで珈琲が染みついてんのか。くっ、はははっ」
むしろ本望だと、ジョージは思ったのだった。
「あんたの体を埋めた場所にはもう行ったか?」
「行きましたわ。あのケシ畑から動けるようになったら、真っ先に私の家に行こうと思っておりましたから。不思議なものですね。またあの場所に戻れるなんて、夢みたいで」
「気に入ってもらえたか。礼はモカナに言ってやってくれ。あいつが、見つけたんだ」
「はい。本当にお世話になりました」
「あんたは、これからどうしていくつもりなんだ?」
「私は、ずっとこの村にいるつもりです。きっと、これからも生まれてくる花の精に、花の精の成り立ちを伝えて、再び悲劇を繰り返さないようにこの村を見守っていきたいんです」
「そうか。まあ、あんたならそう言うんじゃないかと思ってた。力の制御ができれば、きっと弟さんとも話ができる日が来るさ」
「ええ、考えるだけでワクワクします。ふふ、きっとあの子びっくりして縮み上がるわ」
クスクスと上品に笑うクエルに、ジョージは
(生前に会いたかったなぁ。全く)
と、クエルに見えないように苦笑いした。
「そういえばリルケちゃんはジョージさん達と一緒に行くんですって?」
「ああ。どうやって連れてくかは考えてある。・・・が、実は少しばかり不安な点があるんだよ」
「不安な事、ですか?」
「全部じゃなくていいんだが、リルケの遺体の一部が欲しい」
今の発言を宿の女将が聞いてたらどうしようと、ふとジョージの頭に懸念が湧いた。青い世界の中では、女将が近づいても気づく事ができない。
「え?何に使うんですか?」
「この村に咲いてる花が、全世界の花を網羅してるわけじゃないだろ?花ってのは気候によって、咲く場所が違うらしいからな。新しい場所じゃ、行動範囲が狭められるってんじゃ不便だろ」
「ああ、だから遺体を持っていって、その地の花から精気を吸えるようにするんですね。ジョージさんは、男性なのに随分考えてるんですね~」
「まあ、今は頭脳担当その2が拗ねてっからな」
言わずもがな、リフレールの事である。頑張って情報収集していたのに、活躍の場が無かったリフレールは、少し疲れた様子でベッドに沈んでいるはずだ。
「分かりました。私が、リルケの体を探しておきますね」
「お?できるのか?」
「伊達に長い間花の精をやってませんわ。気配を辿れば、きっとできるはずです。見つかったら、お伝えに来ますから今しばらくご滞在下さいね」
「・・・・・・なんだか長居してるなぁ、俺達」
ちなみに路銀もしっかり減っていっている。とはいえ、リフレールはサラク出国の際にかなりの金貨を持ってきていた為、まだ9割残っているが。
「折角晴れたのですし、世界一の花の名所をご堪能下さいな」
クエルは、艶然と笑った。
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