珈琲の大霊師115
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第18章
抗う者
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所変わってツェツェでは。
「おーい、モカナちゃん!こっちの袋はどの倉庫に入れればいいんだい」
天日干しの済んだ豆を回収する作業が大詰めを迎えていた。アーファクテ砦の麓の街からツェツェの中央広場まで、ありったけの馬車がひっきりなしに行き来していた。
事情を知らない者達は、アーファクテのクルドがサラクに見切りをつけてツェツェに乗り換えるから、引っ越しをしているのだと噂していた程だ。
「えっと、次は何番でしたっけ?」
元々浅黒いのに、余計に日焼けたモカナが、隣でマイペースに事務仕事をこなすビルカに訪ねる。
「36番だよモカナ」
ビルカは振り向きもせずに答える。
「36番にお願いしまーす!」
「あいよ!こいつが終わったら、今日の作業は一段落だな。どーだい皆、これからひとっ風呂浴びに行かないかい」
「いいね!ツェツェの温泉は格別だからなあ。今日は早いし、少し遠いが岩風呂の方に行こう」
「いいねぇ。よし、俺は秘蔵の葡萄酒を持って行くぞ。あれを、沸騰した源泉で燗するとまた美味いんだ」
「おお!これはよだれが止まらんぜ。それなら俺は、自家製のラクダチーズを持って行くぜ」
「家の鶏の卵も持って行くぞい。温泉卵といこうじゃないか」
「昨日捕った鴨の燻製があるぜ!」
「うひひ、今日は豪勢だな!いよおっし!あとひと踏ん張り、いくぞぉ!!」
「「「おう!!」」」
二つの民族の戦士達は、まるで長年の友のように連携し、生き生きと動き出した。
最初いがみ合っていたサラクとツェツェの兵士達は、長い共同生活の中で互いの誤解を解いて友情を築くに至っていた。
今では、サラク人はツェツェを讃え、ツェツェ人はサラクを讃えるようになっていた。
その輪の中心には、いつもモカナがいた。
モカナにとって、ツェツェもサラクも無いのだ。ただただ、細心の注意を払って大好きな珈琲を作ろうとする。
その邪魔をする者には、全力で抗議した。詰問し、訴え、時に泣きながら理解を求めた。それでも喧嘩する者にはゴウの鉄拳か、ドロシーの歯が見舞われた。ちなみに、後者の方が恐れられていた。
誰よりも真っ直ぐで一生懸命に一つの事を想うモカナに、兵士達は一人また一人と惹かれていき、いつしかモカナを味方する兵士の方が多くなり、気づけばモカナを介して民族の壁をのりこえてたのだった。
「よう、お疲れさん。34番の方は運び終わったぞ」
そう言って現れたのは、なんだか一層逞しくなったゴウだ。毎日誰よりも率先して力仕事をこなしているだけある。
「お疲れ様です。今日も順調でしたね」
「全くだ。ジョージの奴にも見せてやりたかったな。倉庫一杯に積み上げられた珈琲豆の山を」
「はい……。まだ、帰って来ないんですよね……」
モカナは暗い顔をして呟いた。マルクで命を救われて以来、こんなに長期間ジョージと離れるのは初めてなのだ。
珈琲を扱っている間は夢中だから気にならないが、仕事が終わると、未だに一杯余分に珈琲を淹れてしまう自分がいる。
最近はゴウがそれを狙って飲みにくるようになったので気は紛れるが、やはり珈琲に関しての情熱や関心、味わおうとする集中力はジョージとは比べようもない。
ゴウや、他の者達にとって珈琲は嗜好品だが、モカナとジョージだけは人生を賭けるに値すると思っている、真の珈琲馬鹿なのだ。
モカナにとって、唯一の理解者。そして、同志なのだ。
「まあ、あいつは今一つの国を背負ってるようなものだからな。責任が違う。本当はあいつだってここに残りたかったはずだ」
「……本当に、そうなのかな……」
「ん?おい、どういう意味だ?」
「ジョージさん、珈琲の事を忘れて、……ボクの事も忘れて、このまま、リフレールさんと一緒に、サラクの王様になっちゃうかもしれないじゃないですか……」
この不安を口に出したのは始めてだった。自分でも驚くほど声が震えていた。目頭が熱くなって、今にもこぼれ落ちそうな滴がじわりと溜まるのが分かった。
「……その話、誰から聞いた?」
「皆、噂してますよ」
「あいつらめ……」
ゴウは噂をしている連中のデリカシーの無さに怒りたくなったが、噂を否定できない自分自身がいた。
なにせ、リフレールは誰が見ても稀代の美女だ。その上第一王位継承者ときている。男なら一度は憧れる一国の王になれるかもしれない。しかも、リフレールがジョージに惚れている事は、見るものが見れば分かる事だし、そもそもリフレールは好意を隠そうともしていない。
普通の男なら、迷うことなくリフレールとサラク王国を選ぶだろう。
だが、
「あいつは、軽い男だ。尻も軽いし、志も低い。どんな時でも気張らない。それが、俺から見たジョージ=アレクセントという男だ」
「そんな事ないです!ジョージさんは、優しくて、真剣で、頭が良くて、凄い人です!」
「お前から見たら、そうなんだろうな。お前は知らないのさ。あいつが、普段どれだけ軽いか。それなのに、珈琲の事となると見境無い。美味い珈琲を飲むためなら、あいつは北極でも行くかもしれないな」
「ボクだって、そのくらい何でもないです!」
「お前は持ち上げたいのか、張り合いたいのかどっちだ。まあ、分かってるなら心配するな」
「え?」
「あいつはもう、珈琲無しじゃいられねえよ。今頃、きっと珈琲が飲めなくて泣いてるだろう」
そう言って、ゴウは自分の言葉に頷いた。
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