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珈琲の大霊師087

 ジョージの心配は杞憂だったのか、それから三日間、警備を増やしたが何も攻めてはこなかった。

 その間に、砦は篭城を解除して、兵士達は近くの村の警備に戻った。

 そして、軍議は主にモカナのおかげで進展していた。

 会議室には珈琲の香りが絶えない。モカナが、各人が「欲しい」と思うタイミングで珈琲を注ぎに来るからだ。

「現状では、軍を動かすべきではない。というのは分かりますけど、かといってその作戦は……リスクが高すぎるのではないでしょうか?」

 ロウも、リラックスして物怖じせずに意見を言えてる。甘党らしく、砂糖を溶かして飲むという新しい飲み方を見つけていた。これが意外と合う為、リフレールも砂糖を入れて度々飲むようになっていた。

「リスクは高いですが、コストは安い。全面的に王国軍と事を構えては、民が苦しみます。少数精鋭で王都に乗り込めば、例え何があってもその部隊だけで済みますからね」

「ふむ……。戦術そのものは理解できる。要するに、特殊部隊による工作活動というわけだ。問題は、その部隊にこちらの頭である所のリフレールが含まれるという点だけだな。何がコストが安いか。相変わらず強引だな」

「いやですわ、あまり褒められると昔話をしたくなってしまいますねぇ」

「ごめんなさい」

 クルドはひれ伏した。割と何度も見る光景になりつつある。

 モカナが珈琲を淹れるようになってから、この軍議からは焦りが消えた。着実に議論を進め、作戦を立てていた。

 現在の進展では、第8師団は軍備を整えているように見せかけて王宮の注意を引いておいて、その間にリフレール一行による王都侵入作戦を決行。ドグマを倒して現王を監禁し、リフレールを王として王宮を手に入れるという作戦だ。

 現王と、将軍ドグマの評判は日に日に下がる一方の為、宣言さえしてしまえば将兵達は喜んで付き従うと踏んだのだ。

「まあ、リフレールの心配はいらないだろ。あっちは、リフレールを殺すわけにはいかない事情があるから、最悪でも捕縛までしかしないだろうからな。リフレールの今の力を知らない以上、サウロを防ぐ事はできない」

 と、目を瞑って珈琲の香りを楽しみながら、ジョージは言った。

「サウロの前では、どんな鎖も雨細工みたいなものですからね」

「……俺達に出来る事は囮がせいぜいというわけか。砂漠の狼が聞いて呆れる」

 クルドは、戦いに赴く事ができない立場に納得ができていないようだった。

「あなたが動いたら、誰でも隠密行動中だと思いますわ。私達がここに合流したという情報は、すでにあちらも知っているでしょうから、まさか砦から私が出るとは思わないでしょう」

「当たり前ですよ!敵陣にポーンのふりをして突撃するキングなんて、聞いた事ないですよ」

「悟らせないのも、立派な仕事ですよクルド。もし、潜入が貴方の失敗のせいで露呈し、私達の誰かが傷ついたら……その時は、両手両足を縛って砂漠に投げ捨てますからね?」

「……仕事をするのは当然だ」

 と言いはするが、クルドはそっぽを向いてできるだけリフレールを見ないようにしていた。目が合うのが怖いのだろう。

「では決まりですね。頃合を見計らって、ここを出発するとしましょう。ではジョージさん、具体的な侵入経路について……」

 その時、突然近くから轟音が聞こえた。何かの破裂するような音に続いて、悲鳴や怒号が次々と上がった。

「何だ!?」

 狼の目になったクルドが風のように部屋を後にし、近くの小隊長に尋ねる。

「近くの町で何かが爆発し、火災が発生した模様です」

「緊急出動!鐘を鳴らせ!!」

 と、言うが早いか自身も振り返ること無く駆けていった。外に出てジョージが近くの町を見下ろすと、確かに火の手が上がって黒い煙がもうもうと上がっていた。

「おおぉ、始めて見るが、なんつー判断力だ。あれが砂漠の狼か」

「はい。クルドは、緊急時や戦時の瞬時の判断が異常に早いんです。相手は次々変化していく戦術に翻弄され、その戦術そのものは奇抜でないもののその速さについていけなくなるんです」

「納得だ。ありゃ、勝てる気がしねえわ」

 数十人の師団兵が、クルドに着いて近くの街へと走っていくのが見える。あの調子なら、任せて大丈夫だろうとジョージは判断した。

 ジョージは忘れていた。

 三日前、自分が不安に思っていた何かがあったということを。

「この間の嵐で貯水池に水があるはずだ。消防部隊、散会して消火せよ!!」

 クルドの鋭い号令の下に、第8師団が消火活動に当たる中、物陰を移動する一つの影があった。

 小動物のような機敏な身のこなしで、人目を掻い潜って砦へと移動している。その肌は浅黒く、首には小さな髑髏が連なる首飾りが揺れていた。

 チャラッと金属の輪のピアスが互いに擦れ合って音を発てる。が、そんな微かな音は消火活動の騒音でかき消された。

 影は、砦までの道筋を瞬時に見極めると、砦の壁に最も近い木を駆け上がり、枝をしならせて跳躍した。

 篭城という緊張状態の後の数日の平安で緊張の糸が切れていた城壁を守る兵士達は、城壁から火事を好奇の目で見下ろすのに忙しくて、物音も発てずに城壁に乗り込んだ影に気付けなかった。

 影は不敵に笑みを作り、さっと中庭の茂みに姿を隠した。

 火事は放火の疑いが高いと戻ってきたクルドはリフレールとジョージに告げた。

 戦闘から数日しか経っておらず、どちらかの軍の工作部隊の作戦である可能性があるという結論に至ったが、城内場外の兵士達に聞き込みを行った結果特に怪しいものは見かけていないという結果に至った。

 とりあえず警備を増やす事にしたクルドだったが、ジョージは何故か不安だった。その直感に従って、ジョージはリフレールと相談する。

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