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珈琲の大霊師117

 その特殊部隊は貧民部隊と呼ばれた。

 サラクでも貧しく生きる為に手段を選べない者達を囲い、主に暗殺、諜報といった国の裏側を処理する部隊だ。

 前王の時代、ドグマは進んでその部隊の指揮を買って出た。野心あるドグマは、ハングリーな貧民出身の者達とウマが合ったのだ。

 彼らは期待に応え、ドグマが前王を病に陥れ、現王を精神的に追い詰めて操り人形にしようとしている事を知った上で、ドグマに付き従った。無論、ドグマが王になった後の近衛兵の座が欲しいという事もあるだろう。

 貧民出身の彼らの忠誠心は、一般兵士の比ではなく、また素早く工作活動に秀でていた。

 その貧民部隊が2000人で、深夜のオアシスに忍び寄る。こんな大人数で行動したのは、皆始めての事で興奮していた。

 常に小隊規模で対多数という戦闘ばかりの彼らが、今日は獲物より大人数なのだ。悠々と狩りをする気分になるのも不思議ではなかった。

 彼らは勝利を確信し、またその為に一層の用心を心がけた。

 ついに、斥候がキャラバンのテントを発見した。

 中隊長の号令で、音も無くキャラバンを包囲する貧民部隊。その手には、油の着いた矢が握られていた。

 中隊長が腕を上げると同時に、全員が火矢に着火。降ろした次の瞬間、夜空に火の川が流れた。

 が、その火は突然見えない壁に当たったかのように掻き消えてしまった。

 誰もが我が目を疑った。

 その一瞬の隙が、勝敗を決定的にした。

 テントのあちこちから影が躍り出て、火矢で夜目を失っていた貧民部隊に肉迫した。

 やっと気付いた時には、月光を受けて煌く曲刀が夜風を切り裂いていた。

「夜は、ツェツェの味方さ!行くよっ!!」

 ツェツェ族の精鋭100人が矢となって4方に散らばった。そこかしこで鮮血が飛沫を上げ、悲鳴が上がった。

 貧民部隊は不意を打たれて混乱した。まさか、電撃作戦の予定が電撃的に反撃されるとは夢にも思わなかったのだ。前線の兵士達は退避する間もなく打ち倒され、その後ろに続いていた者達も全力で走って距離を空けようとしたにも関わらず、易々と追いつかれてしまった。

「悪くない足だぜ?相手が悪かっただけさ!」

 戦闘民族ツェツェ族の瞬発力の前に、精鋭部隊の前衛は壊滅的な打撃を受けた。それでも中隊長の流れるような指揮で包囲を狭めた精鋭部隊は、複数でツェツェ族に当たった。

「ハハハッ!!楽しいさ!もっともっと来い!行くよッ、ツァーーーリ!!」

「アハハハハッ!何こいつら、ダサいんですけどーーー!!」

 水を得た魚といった風情で、波状的に繰り出される刃を力任せに捌きながら、ルビーとツァーリは敵陣に突撃していった。

「超どっかーん!!!」

 ぶばんっ!!と大気を轟かせてツァーリが突っ込み、盛大に爆発する。

 火力よりも、その衝撃波で貧民部隊の兵士達は軽快に吹き飛んでいった。

 ツェツェ族の戦士達の目を盗み、テントに近づいた部隊は突然視界がグシャグシャになるのを感じた。

「うげぁっ、な、なんだこれ」

 眼球の中の水が、円を描くように流動を始めたのだ。景色がグニャグニャになるだけでなく、吐き気をもよおす鈍い苦痛が襲ってきた。

 そのテントの中には、リフレールがいた。胸の上で手を組み、その前にはサウロが浮かんでいる。

「なんか随分苦しんでるみたいだが、どうしたんだ?」

「ええ。ちょっと目の中の水分を動かしただけですよ?傷つけなくても簡単に無力化できる良い技でしょう?」

「想像しただけで気持ち悪くなりそうだ」

 ジョージは眉を寄せて、舌を出した。

 彼らの接近は、人間に気付けるものではなかったが、水の精霊は彼らの体内の水を感知する事ができる。

 よって、彼らの接近はリフレールに筒抜けだったのだ。

 およそ半数になり、それでも抵抗を続ける貧民部隊は散会し、ゲリラ戦法に移った。

 同時に、ルビーの合図でツェツェ族の精鋭達は身を翻し、撤退した。

 ゲリラ戦を恐れての事かと思い、追撃を指示した中隊長は、世界が青く染まっている事に気付いた。それだけでなく、号令したはずの部下達が、一人残らず消えている。

 それだけではない。あれだけの戦闘があったのに、倒れている兵士も、敵の姿も見えない。

 ただ、青い夜だけがそこに……いや、違う。一人。女。美しい少女が、こちらに向かって歩いてくる。それも、空中を。

「えーっと、ここまででいいのかな。あ、いた。おじさんが、この人達の隊長さん?」

 その少女は、親しげに中隊長に話しかけた。何か恐ろしいものを感じて、素早く切り払った彼の短刀は、しかし少女に届かなかった。

 いや、届いたはずなのに、手ごたえが無かった。

「なんでも力で解決するのは良く無いよ。じゃあね、おじさん。ごめんね」

 リルケがふっと近づき、中隊長の避けようとする手をそっと撫でる。

 たったそれだけで、中隊長の意識は刈り取られたのだった。

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