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珈琲の大霊師124

 バドルを盾にしながら、ドグマはリフレール達の会話の隙を狙ってドアを開き、素早く王座の間に入り込んだ。

「会談の時間にはいささか早いようだが。早くも痴呆の気か?リフレール」

 ドグマの第一声は、そんな挑発から始まった。言いながら、バドルを促し黄金の玉座に座らせた。当のバドルは静かなもので、促されるまま玉座へと座った。

「あら、ドグマこそ警備の兵を手配し忘れたのではありませんか?基本中の基本ですわよ?」

 と、腰に手を当て、挑戦的で妖艶な笑みを浮かべるリフレール。その瞳には、かつてない程の炎が燃え盛っていた。

 近くにいるわけでもないのに、炎に焦がされているかのような感覚。まるで、リフレールの視線が火を起こしているかのように、ドグマの肌はピリピリと慄いていた。

 当然だが、警備は本来いた。リフレールがそこを通る前に、先を争うように突撃していったエルサールとハーベンという稀代の猛将達になぎ倒されていなければ。

「しばらく見ぬ内に、王家への敬意も忘れたと見える。ここをどこだと心得る。王の御前ぞ」

「三文芝居は結構ですわ。王家を穢した張本人が、王家への敬意?」

 ゆらり、とリフレールから暗い陽炎が立ち上るのを、バドルは目を丸くして見つめた。

「全サラク国民が大爆笑ですわ」

 目を細め、口元だけで笑う、恐ろしい程の冷たい笑み。冷酷さと残酷さをかね揃えたそれは、見る者の心を一瞬にして凍りつかせるだけの迫力があった。

 予想以上のリフレールの変化に圧倒される。

「口を慎め。愚かな父とはいえ、命は惜しかろう?」

 ドグマは、そう言って細剣の切っ先をバドルの首先に置く。そのバドルは、その切っ先をちらりと見たきり悟ったような様子で目を瞑った。

「ドグマ、それは違うぞ。バドルは愚かなのではない。逆境に弱いだけだ」

「……兄上、全く擁護する気がありませぬな。少々傷つきましたぞ」

 真面目な顔で訂正するエルサールに、呆れた顔でバドルは呟いた。呆れたような顔をしているが、目は嬉しそうに輝いていた。また、お互いに会話ができる事が単純に嬉しいのだろう。

「余裕だな。俺が盛った毒は、もう抜けたのか?呆れた体だな。野獣のようだ」

「ハッハッハ!違いない。まさにエルサールは砂漠の獅子よ。おい、小僧。中々気の効いた出迎えご苦労であったな。だが次は、もう少し骨のある連中を用意せえよ?俺とエルサールでは、しゃぶる骨も残らんかったぞ」

 ドグマを完全に小物扱いするハーベン。雰囲気が弛緩していて、なんだかドグマは調子を狂わされているような感じがした。

「今更無駄な抵抗をして、怪我をしても詰まらないでしょう。そのような重い刃、持ち上げているのは辛いでしょう?」

 と、リフレールが微笑みながら一歩前に出る。

 ドグマは、警戒してバドルに向けた切っ先に力を込めた。

 その時、不思議な事が起こった。

 リフレールが一歩前に出る。その瞬間、ぐんとドグマの細剣が重さを増したのだ。

「なっ!?」

 リフレールが近づく度に、細剣の切っ先がぐんぐん重くなり、ドグマは慌ててバドルの後ろに回って首筋に後ろから刃を当てようとしたが、もうその時には細剣の切っ先は地面を擦ったまま浮こうとしなかった。

「なんだ、これは」

 狼狽するドグマに、リフレールは悠々と近づいていく。その目は、細く笑っていたが、まるで面を貼り付けたかのように微動だにしなかったのだった。

「ドグマ、私が何をしたのかあなたには分からないでしょう?そして、こうなってしまっては手も足も出ない。あなたの見ている世界は、もう古いのですよ」

「勝ったつもりかリフレール。このか弱い剣が、まさか俺の切り札だとは思っていないだろうな!?」

 ドグマは、そう叫んで剣を捨て後ろに飛び跳ねた。それと同時に、ありとあらゆる物陰から気配を殺していた貧民部隊が現れ、一斉に矢を放った。

 それはもう、ネズミ一匹抜けられない程の矢の雨だった。

 リフレールの目が驚きに見開かれる様を、ドグマは歪んだ笑みで見送った。ドグマは、その一瞬勝利を確信した。元々、注意を自分とバドルに引き付けておき、この矢でこの場の全員を始末するつもりだったのだ。

 が、その妄想は一瞬後に砕かれた。

「サウロ」

 リフレールの口が僅かに動いた。その背後で、彼らを射抜くはずだった矢は突如として空中で停止した。

 ドグマは、時が止まったのかと錯覚した。

 が、よく見ると違う。薄い、半透明な膜が彼らをすっぽりと覆っていたのだ。矢はそれに当たって勢いを失い、ひっくり返ってしまった。

「手段を選ばず、最後まで足掻きますか。潔く散ればよいものを」

 軽くリフレールが腕を払うと、からんからんと軽い音を発てて矢が全て床に落ちた。

 そして、次の瞬間、見えなかった膜が集まり、空中で鋭い刃となって静止する。ドグマは、それを信じられない物を見るようにただ見つめていた。

「叔父様の手を煩わせる程でもありませんわ」

 リフレールの合図で、水の刃は四方八方へと飛び散った。物影にいた貧民部隊の肩や、手の甲を次々と貫き、王の間は鮮血に染まった。

「うひー、容赦ないさ……」

 後ろの方で苦々しく笑うルビーは、元々矢が自分達に当たらない事を知っていたかのようだ。

「あなたという人は、執念深い人ですから、一度這いつくばって身の程を知る必要がありますわね」

 ざわっ

 と、ドグマの背筋が凍りつく。今、逃げなければ敗北する。そう直感したドグマは、身を翻した。

「遅いですわ」

 ドンッ!!と、後ろから来ると思った衝撃は、なんと下からだった。ドグマが立っていた床が、水圧で跳ね上がり、ドグマは空中に跳ね上げられた。

 メチャクチャになった視界の中で、ドグマは、水に「殴られて、床に叩き付けられる」という貴重な体験をすることになった。

「ゴボッ!」

 叩き付けられて縮んだ肺に、大量の水が流れ込む。咳き込もうにも、水が自分の意思を持っているかのように肺を埋め尽くしてしまう。

 急速に薄れ行く意識の中、ドグマは最後の意地で体を仰向けにし、最後の最後まで敗北の意志を示そうとしなかったのであった。

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