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珈琲の大霊師120

 モカナの改心の出来。新しい珈琲の一滴が口の中に入った時、ジョージは驚いて目を見張ってしまった。

 口の中から、頭の先まで一瞬にして珈琲で満たされたかのように錯覚する程の香味。今まさに舌の上で蒸発する湯気に含まれた珈琲がどんどん広がっていく様が手に取るように分かった。

 頭の中が急速に透過されるような、朝の目覚めの感覚にジョージは感覚が覚醒するのを感じた。

「うおぁっ!?なんだこの香り。うほぁっ!おおおお、良い香りだなぁ。鼻から頭のてっぺんまで染み渡るみたいな香りだ。それに、これはマルクで作ったのに比べて随分と豆っぽい味がするな」

「はい。焙煎を強くすると、この豆っぽさが消えるんですが、香ばしい豆の風味も捨てがたかったので、今回は浅炒りにしてみました」

「ふむ。こうしてみると、珈琲豆も豆の仲間だってのが良く分かるな。珈琲独特の風味もいいが、こういう飲むものが何となく見えるようなのも良いもんだな」

 まくし立てるように言った後、ジョージは深呼吸を一つして、目を瞑り、もう一度珈琲を口元に運ぶ。

 湯気の形を知覚で捉える、という感覚をジョージは始めて味わった。質量のある香り。そう表現するのが妥当なのかもしれない。マルク製の、酸味と苦味が主で香りはほのかにという物とは対照的に、こちらは香りが主体とまで思わせる程の深い香りだ。

 そこに、豆の風味と、甘み、そして僅かな酸味が添えられる。香りの割に味は薄く、その為か濃い焙煎時特有の統一性のある香ばしさの代わりに、瑞々しさのある色んな物の味がした。

 そして、それを可能にしているのは異様な程透明感のある水だ。ただ、そこにある珈琲成分のつなぎではないのだ。まるで、様々な味を引き立ててくれるかのような柔らかさ。そして、ほんのりした甘み。

「……モカナ、この水、どうした?」

 ジョージの指摘に、モカナが目を輝かせた。

「やっぱり気付きましたね!えへへ、名付けてツェツェの恵みです!色んな動物が仲良く水を飲んでる、ツェツェの秘密の湧き水の味を再現してみたんですよ!」

「……てめぇ……、俺の見ていない所で、一皮向けやがったな?やるじゃねえか。おい」

 つんとジョージはモカナの肩をつつく。すると、モカナは嬉しそうに体を揺らした。

「あはっ、ど、どうですか?ツェツェの珈琲の味は」

「うーん。これ、完成してまだ日が経ってないだろ?」

「う、は、はい」

 モカナは少し苦い顔をした。自分でも、この珈琲に納得しているわけではないようだった。

「確かに、豆っぽい良さってのは新鮮だったが、なんだろうな、マルクで作ったやつに慣れてたせいか、酸味と苦味が少し物足りない感じがしないか?香りは十分なんだが、それに見合うだけの味が無くて、あと一歩及ばないような。香りだけなら、あのモカナの故郷の豆と同じくらい良いと思うんだがな」

「やっぱりそうですよね……。ここに来るまでの間に、色々と作ってみたんですが、まだ一番良い味には巡り合えて無いんです」

「焙煎を深くするとどうなる?」

「香りが飛んじゃうんですよね。元々、豆が大きいので大味なのかもしれないんですが」

「なるほどなぁ。まあ、マルクで作った奴も美味く飲むには随分工夫したからな。まだ足りないって事だろ。……さて、どうするかな」

「え?どうするって?」

「俺が、お前を何で呼んだと思う?」

「……えっと、珈琲が飲みたかった、から?」

「うん!それはあるな。いや、むしろそれが一番だがな!まあ、目的はある。俺と、多分お前にしか出来ない事だ」

 真面目な顔でモカナを見つめるジョージ。しかし、珈琲の香りですぐに顔は緩んだ。

「どんな事なんですか?ボクにできる事なら、ジョージさんと一緒なら、ボク、頑張ります」

「よし。じゃあ話すぞ?」

 珈琲の香りのせいで緊張感は無かったが、不思議と空気が止まった様な気がした。

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