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珈琲の大霊師125

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第19章

     運命の出会い・甘×苦


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 歓声が聞こえる。ああ、きっと王が凱旋したのだ。胸がわくわくしてくる。

 少年ドグマは屋敷を抜け出し、城壁の門へと走った。

 8人の屈強な男達が担いだ乗り物の上で、エルサール王が皆に手を振っている。

 眩しい。なんと眩しい光景だろう。

 力があり、包容力のある王に恵まれ、その影で支えるバドルのめ細やかな政治は国民を豊かにした。

 その黄金期の真っ只中の光景だ。ほとんど月に一度は遠征が行われ、常に勝利し、王は凱旋した。その血と同じものが、遠縁ながらも自分にも流れている事を、ドグマは心から誇りに思っていた。

 あの王の横に立ちたい。

 少年の心に燦然と輝く太陽に、少年は手を伸ばした。

 武勇の素質にこそ恵まれなかったが、頭が良かったドグマはありとあらゆる本を読み、自分と特性の近いバドルに接近した。

 バドルも、自分の跡を継いでくれる人材を探していた。娘のリフレールは女で、いずれ政略結婚の可能性もあった為、させたいようにさせていたから、それとは別に自分の後継者が欲しかったのだろう。

 遠い血筋で優秀なドグマを、直系に近縁の者達は煙たがり、妨害した。ドグマの父親は内政官で、政治的な発言力はほとんど無かった為にドグマを庇う事ができず、辛い少年時代を過ごした。

 そんな時、自分と同じようにハンデを背負った者達と出会った。

 彼らは、貧民街の住人。正式な居住権を持たず、王室のお情けで都の端に小屋を建てて過ごす事を許可されている者達だった。

 その出会いは、ある市場の片隅で。そして、少年ドグマの人生を大きく変える事になる。


「………む」

 寒い。体中が冷え切っているようだ。

 俺は……そうか、リフレールに……。俺は、負けたのか。水、か。体が冷えているのは、そのせいだな。あれが、マルクの水の精の力か。過去の因縁を越え、協力を取り付けたというのかリフレール。あの力の前では、常人など赤子同然だな。

 ここは……?ベッド。

 暖炉で薪の弾ける音がするな。………情けをかけられた、というわけか?俺の命など、奪う価値が無いと。

 ……力が、ほとんど入らない。上体を起こすのがやっとか。

 なるほど、この状態では逃げられるわけもない。保険はかけていったわけかリフレール。何か、薬を飲まされたに違いない。

 頭に作用する幻覚剤の類でないだけ、マシだと思えば良いか。

「「「ワアアァァァァァァァ!!!!」」」

 外から歓声が聞こえる。

 ああ、これは、王の凱旋だ。皆が、喜んでいるのがこんなに遠くても分かる。きっと、今頃エルサール王が皆に手を振っている所だろう。

 やはり、エルサール王は特別だな。長らく留守にしていた太陽が戻って、草木が手足を伸ばしているというわけか。

 ……愚かだな。俺は。

 こうなって、どこか安堵しているなどと。自ら雲となり、月も太陽も覆い隠してみせたというのに。

 やはり、民には太陽が必要なのだな……などと。そんな事を思う資格は、俺には無いというのに。

 コトッ

 !?ドアが、動いた?誰か、来たのか。

 入ってきた。……子供か?背が低いな。随分と肌の黒い……。いや、あれは日焼けの跡か。

 む、こっちに来る。

 ここは様子を見ておくとしよう。寝たふりなど、何年ぶりにするのか……。

「……まだ、寝てるのかな」

 声からして、女……か?少女といった所か。

「どうだ?起きてたか?」

 男の声?随分気安い雰囲気だな。この少女の仲間か。

「まだ、寝てるみたいです」

「そうか。ま、好都合だな。おかげで、ゆっくり淹れられる」

 イレラレル?なんの事だ?

「はい。……これで、終わったんですよね?」

「そうだな。まあ、この国にしてみれば新しい始まりみたいなもんだけどな。しかし、マルクを出てからここまで長かったな」

 こいつらは、そうか。リフレールについてきた連中か。俺の様子を見に来たというわけか。

「本当ですね。そろそろ半年くらいになるかも」

「もっとかな。……これで、俺達も改めて出発できるってわけだ」

「あ、でも珈琲のしじょーがどうとか言ってませんでしたっけ?」

「う……。面倒だなぁ。まあ、珈琲を広める事も、モカナの目標だったっけか?」

 少女の名はモカナ、か。部下達からは聞いた事の無い名前だな。リフレールの傍にいたが、無名でノーマークだった要素か。

「はい!」

「ううぅ~~ん。多分、本気で手を出すと珈琲の普及だけでも相当年数食う仕事だぞ?その間、当然旅はできなくなる」

「そうなんですよねぇ。でも、ボクかジョージさんがいないとできない仕事ですし……ボクも、まだ見たこと無い珈琲を探して、旅をしたいんですけど……。でも、珈琲の良さを世界の皆さんに知って欲しいとも思います」

「あぁ~~。そうなんだよなぁ。こっちはこっちでやりがいがあるんだよなぁ。でも、気楽で自由な旅も捨てがたい!」

「ジョージさんは、まだお仕事残ってるんですよね?」

 ジョージ……ジョージ……。リフレールと随分仲良さそうに歩いている所を目撃された、という男の名だな。あの女が、生半可な男を傍に置くとも思えん。この男がいる以上は、下手に動けんな。

「ああ、まあな。次で、とりあえずは最後の仕事だろ。お前にも働いてもらうからな」

「はい!えへへ、楽しみですね」

「ああ。……ところで、これ、つまんじゃだめか?」

「えっ!だ、駄目ですよぉ。それは、ドグマさんのだって、リリーさんが言ったじゃないですか」

 リリ………、リリーッ!?

 リリーが、いるのかっ!?

 思わず目を開いた、俺の視界いっぱいに、まんまるの、大きな目が、俺を見ていた。

「うぉっ」

 !?しまった、思わず声が……!!

「あぎゃっ。おや、起きたのかい」

 化物のように大きな目が離れたかと思うと、それはなんだかできの悪い女の子の人形のような奴で、そいつはふわふわと空中を浮いて、暖炉の前に座っている少女の肩に留まった。

「あ、起きたみたいですよ」

「ん?いや、起きてたんだろ。寝たふりしながら、様子を見てたんだよな?な、ドグマさんよ」

 そう言ってこっちを振り向いた男の横顔は、穏やかな笑みを浮かべていた。暖炉の明かりが顔に差して、二人は不思議と暖かに見えた。

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