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珈琲の大霊師149

 国賓の部屋の扉を、ルナはノックする。

 そこに緊張は無く、ルナは自分が自然体であることを自覚していた。

 少しすると、部屋の中から静かに近付いてくる気配があった。

「はい。……えっ?」

 扉を開けて出迎えたリフレールが我が目を疑う。何故なら、そこに自分が知っているはずなのに知らない女性が立っていたからだ。

 そんな顔は知らない。そんな顔をしているはずがない。もし来たとしても、そんな顔をしているとは思っていなかった。

「や。入ってもいいかい?」

「え、ええ。どうぞ」

 珍しい光景と言えた。いつもは、ルナがリフレールにペースを乱されているのに、今ペースを乱されているのは、リフレールなのだ。

「国賓の部屋って初めて入るよ。はぁー、流石に豪華なんだねえ」

「……………ええ」

 たっぷりと沈黙があって、リフレールは呟くようにぽつりと返事した。

 口許に右手を当てて、考えている。リフレールの予想では、今ルナは酷い顔をしているはずだった。噂を真に受けて凹んでいるか、リフレールの仕業と予想して怒っているかだ。

 それが、目の前のルナは今まで見た事のあるルナの中で最も機嫌が良く、溌剌としていて、女らしかった。

「ジョージと婚約したんだって?」

「え?……いえ、噂ですよ。私も困ってるんです」

「うん。知ってる。ジョージから聞いたから。……あんた、本気なんだね」

「……それは、どういう意味でしょうか?」

 リフレールの顔から笑みが消える。

「あたし相手に誤魔化さなくたって良いじゃないか。この噂、あんたが広めたんだろ?」

「私が?何の意味があって……」

「リフレール。あたしは、ジョージに言うつもりは無いよ。腹割って話そうよ。あたしは、あんたに感謝してるんだからさ」

「……どういう事ですか?」

 余裕がある。今のルナには、余裕がありすぎる。噂がリフレールの仕業だと分かっているのに、この余裕。

 リフレールは、混乱していた。

「あんたは、持ってる力を全部使ってジョージをサラクに取り込むつもりだった。だから、あんたとジョージが婚約したなんて噂を流した。あたしが言うのもなんだけど、ジョージは、ここの衛兵で終わる器じゃないと思う。もし、あたしがジョージの事好きじゃなかったら、素直にお祝いしてたと思う。ジョージの昔の仲間なんて特にそうだろうね。周りは祝福してくれて、あんたは美人だし、頭も良い。ジョージの奴にはもったいないくらいさ。ジョージだって悪い気はしないだろ。そこに、あんたがジョージの事好きだって言えば、あの鈍感だって揺れる。周りから期待と祝福、あんたからは告白。ジョージが、周りの期待に応えようとして、あんたの気持ちに応えても全然おかしくないよ」

「……その通りです。そこまで分かってるなら、誤魔化しても意味ありませんね。なぜ、ジョージさんに言わなかったんですか?」

 それをジョージに言った所で、ジョージは不思議に思うだけだろう。と、リフレールは予想していた。

 ジョージは、自分を過小評価しがちな男だからだ。

「なんでって、フェアじゃないからね。気づいたんだよ。あたしは、最初から凄く有利な立場にいたって事にさ。昨日さ、ジョージが来たんだ。あんたの事で悩んで、あたしに相談しに来たんだよ。あたしは、噂を真に受けて飲んだくれてたんだけど。ねえ、あいつのおふくろの味って何だか、あんたは知ってる?」

「……いえ」

「あたしの料理さ。小さい頃から、あたしの料理ばっかり食べてきたんだ。あたしは、ジョージの好きな物沢山知ってる。サラクじゃ、美味しい生魚なんて食べられないだろ。マルク産の魚は美味しいんだよ?その中でも、あいつ安い魚が好きなんだ。昨日は、あいつの好物沢山用意してさ。一緒に飲んだよ。久しぶりに楽しかったねえ」

「そうなんですか。貴重な情報ありがとうございます。敵に塩を送るなんて余裕なんですね。確かに古来から男を落とすなら胃袋からと良く言われてますしね」

「あたしね、昨日ジョージに女にしてもらったんだ」

「え?ルナさんは、最初から女性……」

 あまりにルナがあっけらかんとして言うものだから、リフレールは言葉の意味を理解できなかった。

「あはは、ごめんごめん。言い方変えようか。あたし、昨日ジョージに告白した。それで、あたしはジョージに抱かれた。……愛し合った、って、言えば分かるかい?」

 ズドン!と、過去最大の衝撃がリフレールの全身に降りかかった。さあっと、全身から血の気が引いていくのが分かった。

「ジョージは、あたしを愛してくれたよ。何度も。おかげで、仕事に遅刻しちゃったよ。起きてすぐに、また手出して来るんだもん」

「……て」

 震えながら絞り出した声は、小さすぎてルナの耳には届かなかった。

「あたしも始めてだったんだけどさ。酒入ってたし、なんかずっと気持ち良くって。おねだりとかしちゃったりさ。あたしも女なんだなあって実感」

「やめて!!」

 リフレールが悲鳴を上げて、やっとルナは口をとじた。その顔は冷静でかつ柔らかく、リフレールを心配しているかのようだった。

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