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珈琲の大霊師111

 深夜、音も発てずに鍵を開けたルビーは、サウロ達が床に掘った穴の縁に手をかけ、ゆっくりと体を降ろした。

 下ではツァーリが僅かな火を起こして通路を明るく照らしていた。

 ルビーが地下通路に下りると同時に、ツァーリは火を消し、サウロが穴を塞ぎにかかった。まず、大きく開けた牢屋の床タイルを元通りに直し、間を土で埋めてその土をツァーリが焼いた。

 これで、薄い煎餅のような地表部分ができるのだった。

「俺達は、ここを直さなきゃならない。王に話はつけてあるから、ここから脱出する算段をしておいてくれないか?」

「えっ、あたい一人さ?」

「そうなるな」

「もしかして、ルビーってば心細いとかー?」

 にやにやとルビーを見るツァーリの手を、サウロが引っ張る。

「朝までに、できるだけ元通りにしなけりゃいけないんだ。ふざけてる暇、ないぞ」

「分かってるってば~。怒んないでくんな~い?」

「そういうわけだから、一人で頼む。扉の鍵は開いてる。そっちだからな?逆に行くなよ?」

「別に怖い人じゃないし~」

「う、うう、分かったさぁ……」

 ルビーとエルサールは面識がある。過去に、ツェツェとサラクの外交の場としてサラクシューを訪れた際に会ったのだ。

 その頃のサラクは、正に黄金期の真っ只中。当然エルサールの王としての力も、武人としての力も絶頂にあった。

 戦闘民族ツェツェの王であるハーベン王をして、「こいつとだけは喧嘩をするな」と言わしめたエルサールのカリスマ性は幼い日のルビーの胸にも深く刻まれていたのだ。

 毒を受けて病に倒れたという話だったが、あの覇気の怪物のような王の弱った姿などルビーには想像もできなかった。

 緊張しながら扉を一つずつ開けていくと、一際大きな両開きの扉が現れた。

 それを、ルビーは思い切って一気に開け放った。

「おおっ?……ふむ。ツェツェでは、扉はそう開けるのが風習なのか?」

 一瞬その勢いに驚いたエルサールだったが、肝の据わり方が尋常ではないようで、すぐに自分のペースで話し出した。

「へ?あ、ちが、違うます。あの、その、いきおいあまって」

 緊張と、慣れない言葉を使おうとする二つの作用で、舌の回らないルビーに、エルサールは笑いかけた。

「おいおい、ここにいるのは昔王だった者の成れの果てだ。落ち着いて見るといい。俺は、怖いか?」

 そう言われて、ルビーははたとエルサールの今の姿を見た。

 老いはその金髪を白く染め、病気でやせ細った体に、こけた頬。眼光も、あの頃に比べて随分と柔らかかった。

「……いえ、怖く、ないです」

「ああ、慣れない言葉を使うな。それでは言葉に力が入らないぞ。君の父、ハーベン王は決して俺に敬語を使わなかった。当時、俺と会う他国の王達はどれも随分と腰が低くて、こちらの顔色ばかり伺う連中だったのに、彼だけはまるで古くから対等に付き合ってきた男友達のように話しかけてきたものだ。君が敬語を使っては、彼の名を貶める事になるぞ」

 父親の話題を出されて、ルビーにも肝が据わった。父親に負けるわけにはいかないのだ。

「そうかい。なら、あたいもいつも通りやらせてもらうさ。久し振りさね、エルサール王。あたいのこと、覚えててくれたんだね」

「来たその日に食堂に忍び込んで、兵士達に混じって飯を食っていたなどというお姫様は君だけだったからな。ハッハッハ!!」

「そ、あたい、そんな事したのかい!?」

「うむ。男言葉が兵士達に気に入られてな、随分と可愛がられていたぞ」

「覚えてないさ~」

「無理も無い。まだ5つか6つの頃だからな。久しいな、ルビー王女。面倒だから、呼び捨てでいいか?」

「構わないさ」

「ではルビー、昔話に花を咲かせたい所だが、そう悠長にもしていられない状況だろう?積もる話は後にして、ここから出る算段をしないか?」

「相変わらずエルサール王は単刀直入さね。こっちもその話をしに来たさ」

「まあ、サウロ君から大体の話を聞いて計画はすでに立てているんだがね」

「昨日の今日で、もう考えたさ?さすがさね。で、どうするんさ」

 ルビーが尋ねると、エルサールは天井を指差した。

 天井には、何やら真っ黒で巨大な石が埋め込まれていた。その表面は平らに削られている。

 装飾の石か?とルビーが見ていると、その石の「向こう」を、ちょろちょろっと何かが横切った。その後に、砂煙のようなものが舞う。

「っ!?」

「こいつを、抜こうと思うのだ」

 ルビーは直感した。この石が、透明な石で、この天井が湖の底に繋がっているのだということを。

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