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珈琲の大霊師257

 ヘラの朝は早い。雄鶏が鳴き出す前に村人たちはこぞって目覚め、日が昇る前に一仕事。よくやるもんだ。

 自然と、気配で一度起こされるこっちの身にもなって欲しいが、仕事じゃ仕方ねえ。

 飯を食う時は、必ず家族揃って食べる。

「父に、母に、先祖に、土の恵みに感謝して。頂きます」

 というのが、この村での食事前の挨拶だ。

 この挨拶だが、村人全員妙に堂に入ってやがるんだよなぁ。その一瞬だけ、水宮に入った時のような、ピンと張り詰めたような、神聖な空気を感じさせる。

 真剣に、祈るのが当然のような。まあ、これだけ美味い野菜を作る村だ。きっとそういう精神性が大事なんだろうな。

 ついついこっちもつられて真剣な空気に合わせちまう。

 モカナなんか思いっきり感化されて、まるで珈琲淹れる時みてえな顔しやがる。

「この村、知らない草が沢山ある!!これは全制覇するまで移動できないね!!」

 そんな感じでリルケが興奮気味に言うから、今回の滞在は長めになるだろうな。

 あいつの移動できる範囲を広げておくことは、今後の投資だ。別に、野菜が美味いからってだけじゃないぞ?

「しっかし、この村の野菜は本当に美味いな。なんで出荷しないんだ?」

 滞在3日目、暇を持て余して畑仕事を手伝いに行ったルビーとモカナを眺めながら、ジョージは宿の女将に尋ねた。

 その右手に持っているのは、村の特産品の杏だ。美味いには美味いが、野菜ほどは美味ではない――とは、ジョージの感想。

「そう言って貰えると嬉しいねえ!!今日の夕飯にもたんと出してあげるよ。今日はポトフにしようか。大きなカブができてるんだよ」

 なんて嬉しそうな顔をするのか。別に美人でもない中年の女将が、熟れたカブのような腹と顔のくせにとても魅力的に映る。

 いや、ここの村人達は皆そうだと言える。それは何故か、決まって美味い野菜を褒めた時だ。昨夜も、食堂で飯を食ってたらやたら機嫌の良い村人に絡まれた。

「野菜はねえ、家庭菜園でしか作らないんだよ。うちの裏にもあるだろう?まあ、うちは客商売だからね。うちで作ってる他にも、足りない時は他の家から貰って来る事もあるけどね。ほら、昨夜の大根、あんたが褒めてくれたピリッとからーい大根さ。あれは、3軒離れたローゲンさんとこの大根。今朝のタマネギは、川向うのモッチョさんとこの。あとはうちの畑さ」

「家庭菜園だけじゃもったいない出来だと思うんだがな?こう言っちゃなんだが、この杏よりよっぽど美味いと思うぞ?」

 と、ジョージは杏をかじる。適度な甘みと、皮付近の酸味が混ざって美味い。・・・が、どうしても野菜と比べると凡庸だ。

「はっはっは。ま、そりゃ仕方ないさ。この村の連中は皆土いじりが好きだからねえ。果樹ってのは、やたら土弄るのも良くないから。ここじゃ誰も放牧しないし、要するに暇なんだよねえ!!ついつい、やればやっただけ応えてくれる畑に行っちまうのさ。ほら、うちの子もね、ああやって毎日毎日畑の雑草を抜いてるだろう?」

 女将が窓の外を見下ろすと、そこにはまだ7つの少年。その少年を、ルビーとモカナが手伝っているのが見えた。ルビーのやることが大雑把すぎるのか、少年に大声で注意されてルビーがびくびくしているのが見えた。

「皆の畑を見て回るのも面白いよ?家ごとに色々と違うんだよ。ま、共通してるのは、どこもふっかふかの土に野菜をこさえてるって事かねぇ。どこのも美味いよ。ここは大抵通り過ぎる村だから、お客さんみたいな旅人さんは珍しがって皆野菜くれると思うよ?旅の話を手土産にさ、暇なら回ってみちゃどうだい?」

 まったくもって名案だとジョージは思った。美味い野菜を思って、腹が鳴る。昼飯はもうすぐだ。

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