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珈琲の大霊師130

(こいつ、ただの甘党じゃねえ。真性の馬鹿だ。いつもはどうか知らないが、こと甘味に関しては俺やモカナにとっての珈琲並みの馬鹿だ)

「……あんた、いつもそんな調子で彼女とも話してるのか?」

「何かおかしいか?リリーの菓子なら、俺は万の言葉を尽くしても語足らんぞ?」

 と、真面目な顔でドグマは言った。

(あー。こいつ、真性だやっぱり。こりゃ、リリーも腕が上がるはずだぜ。こんな、本心からの、全力の誉め言葉を受けたら、そりゃもっと喜ばせたくなるわ)

 なぜだか、妙に親近感が湧いてきて、ジョージはドグマを見る目が変わってくるのを感じた。

「あの、食べてもいいですか?」

 見ると、モカナがお預けくらって切なそうな顔で震えていた。

「む、すまん。少し語りすぎたな。うむ、食べるとしよう。いただきます」

「「いただきます」」

 ジョージも調子を合わせてそう言った。

 カリッと小気味の良い歯応えがあって、次に香ばしさ、噛むと何やら柔らかい食感があった。林檎だ。

(む!こりゃ美味い。うーん、ただの乾燥させた果実か?煮たか焼いたかじゃ、この林檎の味は出ないよな。どうやってんだ?これ)

 ジョージが頭を捻っていると、隣から突然得体の知れないオーラが立ち上るのを感じて、モカナに視線を移した。

「うむむ~~~~ん!」

 モカナが、全身から喜びを発散していた。

 今にも落ちそうなほっぺを押さえ、満面の笑みで、足をひっきりなしに動かして、まさに全身で美味しさを表現していた。

 言葉が無くても、モカナが感じている美味しさが分かる。まるで疑似体験させられているかのようだった。

(あ、これがマルクでパン屋のおっさんが言ってた顔か?)

 目を閉じて、一つ噛む毎に違う味を探し、味わい尽くそうと貪欲に自分の時間を凝縮して集中するモカナ。

 ドグマも同じものを食べて満足そうにしていたが、ふと目を開けて飛び込んできたモカナの姿に目を奪われていた。

 美味しさに身をくねらせるモカナ。ごくりとジョージの喉が鳴る。

(うおお!美味そうーー!!なんて顔して食べやがる。何て言うか、美味い珈琲飲んでる時とはまた違った顔だな。珈琲は、どうしても落ち着くからな。美味しくても、どこかホッとして穏やかになるが、菓子の場合はこうなるのか)

 よく見ると、モカナの目尻に涙が浮いていた。

(こいつ、嬉し泣きしてるー!?くそっ、食べてえ!同じものを食べてええー!!)

 幸福感発生装置となったモカナの側で、あてられて頭を抱えるジョージ。

「………」

 ドグマですら、まぬけに口を開けたままモカナの様子を見ることしかできないでいた。

「ん~!美味しかったぁ~!!ボク、幸せですー」

 ニッコニコの顔でジョージを見上げるモカナ。その笑顔の圧力に負けて、思わずジョージも怯んだ。

「……俺の万の言葉が、どれ程薄っぺらなのか、分かった」

 呆然としながら、ドグマはそう呟いた。

「馬鹿言え。こんなのと比べんな」

「……そうだな。お前は、優しいのだなジョージ=アレクセント」

「ジョージでいい」

「あぁ、ジョージ。……上には上がいるものだな」

「……いや、俺やあんたには無理だろ色んな意味で。俺達は人だ。こいつが、化け者なだけだ」

「?何ですか?」

 当のモカナは、美味しさの余韻に浸って、上機嫌に足をぱたぱたさせていた。

「いや、何でもない。少し、落ち着かせてもらおう」

 そう言って、ドグマは、弱々しく珈琲を手に取り、まだ甘味の残る口の中に注ぎ込んだ。

 その瞬間、ドグマの全身に電流、走る。

 グワッと目が開いた。

 そのまま数秒後、突然ドグマの顔が見る影も無く崩壊した。

 顔は緩み切り、眉は垂れ、まるで泣きそうなのに、この上なく幸せそうな、顔。

「お、おい。あんた、大丈夫か?顔、凄いことになってるぞ?」

「……」

 その、不思議な顔のまま、ドグマはふらふらと珈琲を持って、モカナの前まで進み出ると、不思議そうに見上げるモカナに、無言で珈琲を差し出す。

「飲め」

 とだけ、言って、モカナにカップの取手を握らせた。

「あ、ありがとうございます。ちょうど、飲みたかったんです」

 と、受け取って、慣れた仕草で口をつけたモカナ。

 その動きが、まるで時が止まったように、固まる。

 不思議な事に、ジョージは全身が粟立つのを感じた。不思議な高揚感。ジョージの勘が、モカナの変化がこれまでに無いほど大きい事を察知していた。

 ドバッと、モカナの開きっぱなしの目から、涙が溢れ出た。

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