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珈琲の大霊師128

 初めて見る衰弱した王を前に、心配そうな顔を繕いながら、ドグマは感じていた。

 これは天啓であると。

 リリーをエルサールの世話役に推薦すると、バドルは喜んで採用した。バドルとしても、身内から信頼できる世話人が欲しかったのだ。

 まさか、それが刺客だったとは、当のリリーですらが知らなかった。ドグマが毎日のように直接渡しに来る薬の事を微塵も疑わず、王が余程心配なのだろう、自分が早く治してあげなきゃと大役に張り切っていた。

 無理もない話だ。都の端で、情けにすがり付いて生きるしかなかった少女が、国の太陽とも言われる王の看病ができるのだ。大変な栄誉だ。

 毎日楽しそうに王の元へ向かうリリーを見て、ドグマは罪悪感に心を痛めたが、未来の王になる為にそれらを切り捨てた。

 負担の増えたバドルは、前にも増してドグマを頼るようになり、ドグマはバドルの仕事を肩代わりしつつ、権力を伸ばしていった。

 躍進を続けるドグマとは対照的に、リリーは憔悴していた。手間を惜しまず看病を続けているのに、王が悪化する一方だったからだ。

 王が倒れて1年。不在のまま空席となっている王座のままでは、外交上の問題があると指摘して、ドグマはバドルに暫定的な王になることを進言、実現させて自身は執政官に就いて実権を握ったのだった。

 更には逃げ帰ったビヨン駐留部隊長の話を嘘だと見抜きながら、王の失態を演出する為にバドルに名誉挽回のチャンスであると触れ込み、ビヨンへ進軍。

 しかし、そこに貧民部隊の姿は無かった。

 結果は無残な大敗。歴戦の勇ジャロウ将軍の力を持ってしても、守備に特化した『鋼の鎧』は砕けなかった。

 その辺りから、ジャロウ将軍の権力は一気に衰退し、軍部でもドグマを推す声が強くなっていった。

 いよいよ大詰めとなり、いざとなった場合最大の敵になるであろうリフレールを、ドグマは国外へ追い出す方法を思いついた。

 ドグマは、ビヨンからの水の供給を受けられなくなった集落の調査を開始。慰安の名目で、王族、王位継承権保持者達に調査に同行するよう要請した。

 多くの候補者は断ったが、リフレールはいの一番に受諾し、他の候補者達が行くはずだった地域まで徹底的に回り、現地の調査と慰安に努めた。ドグマの思い通りの展開だった。リフレールの血に流れる王家の血が本物であると知っているからこそ、絶対に乗ってくると踏んだのだ。

 その上で、リフレールからのそれらの集落に対する支援要請を蹴る。とてもそんな余裕は、敗戦を引き摺るサラクには無いと。

 その頃には、バドルの精神状態も限界まで追い詰められていた為、リフレールを炊き付けて仲違いさせるのは簡単だった。

 かくして、ドグマの思い通りリフレールは密かに出奔し、ドグマはリフレールが国難に背を向けエルサールの息子、イエメンの後を追って国外逃亡したと噂を流し、後を追う者を牽制した。

 王位継承権1位のリフレールが国外に行くなど、人質にしてくれと言わんばかりだ。弱りつつあるサラクの姫を放っておく国などあるまい。そうドグマは踏んでいた。

 着実に権力を握ってゆくドグマに、目の覚めるような出来事が訪れたのは、今からたった4ヶ月前の事だった。

 いつも3時に菓子と茶を持って訪れるリリーが、来なかったのだ。

 それが無いと仕事にならないドグマがリリーの私室に訪れると、リリーは青ざめた顔でベッドに横たわっていた。

 リリーは、いつまで経っても治らないエルサールにいつも渡している薬が、本当に効き目があるのか疑問に思い、少量だけくすねて自分で飲んで試していたのだ。

 自分の症状が、エルサールの物と酷似している事に気付いたリリーは、全てを悟ったのだった。

 リリーは、震える唇でドグマに思いとどまるよう説得した。今なら、まだ謝れば済むと。しかし、王の道に目覚めたドグマはそれはできないと跳ね付け、逆に信じられるのはお前だけだとリリーを説得し、リリーは戸惑いながらも愛する者の訴えを無視できなかった。

 だが、リリーを良心が容赦なく責め立てた。睡眠不足に陥り、リリーは痩せていった。

 それでも、サラクの全てを握ればリリーも分かってくれると信じ、次のステップ、バドルの追い落としにかかった。

 が、リリーはある日突然姿を消した。将軍ジャロウと、エルサール王と共に。ドグマは、信じられなかった。

 リリーだけは、傍に居てくれると信じていたからだった。その日から、3時になっても、ドグマの傍には花が訪れる事はなかった。

 ドグマは、居なくなったジャロウに代わって将軍職に就いた。元々、ジャロウを落としいれ、将軍職についてから王を追い落とすつもりだったから、それは予定調和だった。が、将軍職に上り詰めたはずのドグマの胸にはぽっかりと穴が開き、そこに満ちているのは虚無だった。

 糖分が不足し感情的になったドグマは、当時サラクシューに定期報告に訪れていたクルドに将軍が居なくなった理由を問われ、「貴様が陥れたのだろう」というクルドの指摘に激怒し、斬り付け、近衛兵にクルドの処罰を命じた。

 王の容態から、そう遠くへは行っていないと予想し、苦肉の策で街壁を閉じ、中から外に出られないよう過剰なまでの警備を敷いた。

 リリーのいない生活は、ドグマの思考を蝕み、冷静な思考力を奪い、そして、最後には天もリフレールに味方した。

 ドグマには、もう、何も残されていないのだった。



 くっと、ドグマの口の端が持ち上がるのを、ジョージは見た。

 泣きそうな顔で、滑稽さに笑おうとしているのに、その力すら無くて肩を震わせるだけのドグマ。

「美味いか?」

 そんなドグマに、ジョージはさっきと代わらぬ口調で尋ねる。

「美味い」

 ドグマは、震える声で、それだけ答えたのだった。

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