珈琲の大霊師108
侍女や、兵士達の間では奇妙な音に対しての噂話はなかった。
ということは、この牢にいてしかも相当耳の良い人間しか気付けないものだということになる。
「あとは、音の方向に行ってみるしかないな。ルビー、音がしたら教えてくれ」
「……あ、うん。分かったさ」
丸二日寝ていないルビーは、意識が朦朧とし始めていた。集中力は極端に減っているのに、それでもまだ寝られないのだ。恐らくそれは、ルビーの中に流れるツェツェ族の血の成せる技なのだが、こういう時には逆に恨めしいものだった。
ルビーは床に耳をつけ、いつ鳴るとも知れない不気味な音が鳴るまでじっとその時を待った。
サウロとツァーリもルビーが音を聞く邪魔をしないよう黙った為、ルビーは静寂の中一人で耳を澄ませた。
どのくらいそうしていただろうか、それは不意に訪れた。
最初は、気のせいかと思う程小さい音。それが、少しずつ少しずつ大きくなってくる。それでも、常人には聞こえない程の小さな音だ。
こつーん、こつーん、規則的なようで微妙な振れ幅のあるそれは、聞き間違えようもなくあの怪音だった。
「サウロ、ツァーリ、聞こえたさ」
「……やっぱり、聞こえないな。音は、どの方向からだ?」
「下。……少し、牢屋の入り口側の方な気がするさ。下か……俺だけなら、このレンガの隙間からどんどん下に浸み込んで行けるんだけど、ツァーリはそうもいかないな」
「少しでも空気があれば大丈夫なんだけど?」
「……そうだ。この部屋のレンガを一つ外して、そこから水で土を掘っていけばいいか。ルビー、外れそうなレンガは無いか?」
「え?うーん……よく見えないさ」
辺りは当然深夜。灯りも消されている為、そのままでは何も見えないのだ。
「あたしが火つければよくない?」
「そんな事をすれば、ここだけ明るくなって怪しすぎる。……そうだ。瞑想があるだろ」
「ああ、その手があったさ」
すぐさまルビーは目を閉じて、ツァーリと意識を同化させる。すると、ツァーリの視界がルビーの脳裏に広がった。
火精霊のルビーの目には、風が見える。風を通じて、辺りをなんとなく見ることができる。
ルビーは、毛布を持ってバサッと振った。そこから起きた風が壁や床に当たって、ツァーリの視界に床の形を見せるのだ。
「ここが、斜めになってるさ。んッ……よし、外れたさ」
「やっぱり、下は土か。この更に下に何かあるとは思えないけど、とにかく行ってみる。ツァーリ、生き埋めにならないように周りを良く見ておいてくれ」
「分かってるってば」
「よし、行って来る」
サウロが外したレンガの下の地面に手を翳すと、紙が擦れるような音がして水が放出された。それはかなりの水圧だったが、範囲を絞っていたためその程度の音しか出ないようだった。
見る見るうちにサウロとツァーリが抜けたレンガの床の向こうに消えていくのを、ルビーはぼうっとした頭で見送るのだった。
ルビーの言っていた方角に掘り進める事1分程、サウロはルビーの言っていた事が本当だったのだと確信を得るに至った。
最初僅かにしか聞こえなかったその音は、近づくにつれてどんどん大きくなっていった。更に、その音が移動している事に気付いた。
「……この音の反響からして、この下には空洞があるぞ」
「でも、そんな話誰もしてなかったんだけど~?」
誰も、とは上にいる兵士や侍女達の事である。
「一度も出ないとなると、下の空洞は一般兵士や侍女には秘密にされてるって事だ。少し慎重に進むぞ」
しばらくゆっくりと掘り進めると、石のレンガにぶつかった。ということは、石のレンガで囲った地下通路ということだ。
サウロは、それを器用に水で包み、一度ルビーの待つ牢屋までレンガを持って戻った。
「サウロ、どうだったさ?」
「ああ、ルビーの言うとおりだった。この先に、どうも秘密の地下通路がある。あの音は、そこを通る人間の足音だったみたいだ」
「誰か歩いてたみたいだし」
「本当かい!?……怪しいさね。二人とも、行ける所まででいいから、姿を消してその通路を調査してきて欲しいさ」
「言われるまでもない。俺も気になってた所だ」
と、言うが早いかサウロはツァーリの手を引っ張って穴の中に戻っていった。そのせいで、ツァーリはルビーに行ってきますを言えずに穴の中へと引き込まれてしまったのだった。
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