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珈琲の大霊師083

 残されたモカナは、ドロシーの目を借りてリルケを見やる。
 
 自分の肩を抱いてガタガタと震えている姿は、見るに耐えない。だが、モカナはその隣に腰を下ろす。決して触れられないが、隣にいようと思った。
 
「モ……カナ、ちゃん。ごめん、なさい。ごめ、んな、さい」

 俯いたまま、目に涙を溜めて誤るリルケには、いつもの明るい雰囲気は欠片も見えなかった。

「ボクも、ごめんなさい」

「……なん、で?」

「ボク、どうしてリルケさんがあんな事したのか、分からないです。ボク、リルケさんの事友達だと思ってます。それなのに、分からなかったから、ごめんなさい」

「やめて……やめてよぉ……。モカナちゃん謝っちゃ駄目だよぉ……。わた、しが……自分勝手に、わがままで、モカナちゃんを、首を、首、を絞め………うっ、うっ、うぐっ、はぁ……はぁ」

 自己嫌悪が、肉体の無いリルケに吐き気を覚えさせた。
 
 リルケだって、モカナの事を友達だと思っていたのだ。ジョージ以外で心を通わせられる数少ない人間であるモカナを。
 
 それなのに、あの時はモカナを友達だとは思わず、ただの障害としか見えていなかった。リルケは、自分で自分が恐ろしかった。

「私、友達、失格だよ。嫌われたって、何も、言えないよ」

「ボクは、リルケさんの友達です」

 強く、強く、モカナはそう言い切った。リルケがその強さに驚いて顔を上げると、真剣な顔でモカナがリルケを見つめていた。
 
「リルケさんは、綺麗で、強くて、明るい、お花の大好きなボクの友達です。ボクは、リルケさんを尊敬しています」

 一分の嘘も無い素直な心が、リルケの壊れそうな心に突き刺さる。それは、リルケの心のヒビに溶けて重なり、埋めていった。

「私……、私は、モカナちゃんが、羨ましいよ?」

「ボクがですか?」

 モカナは驚いて目を見開いた。
 
「ボ、ボクなんてリルケさんみたいに綺麗じゃないし、体も小さいし、頭も、良くないし……」

「ううん。モカナちゃんは、頭悪くないよ。私、見る事しかできないけど、だからこそずっと良く見てるから分かるよ?モカナちゃんは、人を良く見てるよ。ジョージさん、考え事してるといつもそわそわしてくるんだけど、そうするとすぐにモカナちゃんが珈琲を持ってくるよね。あれ、どうして?」

「え?えっと、ボクだったら、難しい事考えてる時、珈琲飲みたくなるから……ジョージさんがお部屋に篭ったら、ゆっくり珈琲を淹れるようにしてるだけ……です」

 そのタイミングが、どれだけ絶妙か見ていないモカナには分からないだろう。
 
 最近考え事が多いジョージは、よく一人で考え事をしているため本当は会話をしたいリルケも話しかけるわけにいかず、仕方なく近くをふわふわしているのだが、考えが煮詰まって頭を掻き始めると、モカナが珈琲を片手にやってくるのだ。それこそ、数度という話ではない。殆ど、毎度なのだ。
 
 ジョージの表層意識が読めるリルケには分かる。そのタイミングの直前に、ジョージの脳裏に珈琲が浮かぶ事を。
 
「きっと、モカナちゃんは、ジョージさんと良く似てるんだね。珈琲が大好きっていう所で」

「そ、そうですか?え、えへへ」

 モカナが照れ笑いを浮かべる。その笑顔に、リルケもふっと微笑を浮かべてしまった。心が癒される。
 
 同時に、こんな心を許せる友達を殺そうとしてしまった自分を責める気持ちも同時に生まれてしまった。
 
「私、許されない事をした」

「そんな事ないですよ。ジョージさんも、ボクも、全然だいじょう」

「ううん。違う。私、自分が許せない」

 分かっていた。ジョージも、モカナも、きっとリルケを責めないだろうということが。だからこそ、リルケは絶対に自分を許す気にはなれなかった。誰かに裁いて貰えないなら、自分で自分を裁くしかないのだ。

「もう二度としないように、強くならなきゃいけない。私、そう。私、これからもずっとジョージさんと、モカナちゃんと一緒に居たい。それなのに、二人を殺そうとした。だから、罰を受けなきゃいけない」

 そう。罰を受けて、けじめをつけて、二度としない。そうしなければ、隣に立つ資格は無い。そうリルケは思った。
 
「モカナちゃん、私に罰をちょうだい」

「え?えええ!?」

 突然の申し出にびっくりして、後ずさるモカナ。

「ボ、ボク、そんなの分からないよ~!?」

「何でもいいの。私の、鉢をそこの窓から捨てるとか。きっと、凄く痛いから、二度としないと思うんだ」

 真剣な顔でリルケにそう迫られて、モカナはタジタジと後ずさる。

「だ、駄目ですよ……。そんなことしたら、折れちゃうよ……」

「大丈夫だよ。折れて、罰を受けたら、他の植物をまた鉢植えにすれば、そこにいられるから」

「あ、そうなんですか。安心ですね。って、そうじゃないです!だって、あの鉢植えは、プワル村から連れて来たお花なんですよ!?リルケさんだって、プワル村のお花の方が良いはずじゃないですか!」

「……うん。でも、だからこそ、罰には相応しいんだよ。私が、失わなきゃ、罰にならない」

 深刻に俯くリルケを見て、モカナは頭を抱えて心の中で叫んだ。

(ジョージさーん!!!早く戻ってきてー!!ボク、どうしたらいいか分からないよぅ~~~!!)

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