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珈琲の大霊師246

 カルディから聞こえない部屋に入り、その間モカナに相手をしてもらう事で注意を反らした上で、アントニウスにカルディの素性を伝えると、アントニウスは目を大きく見開いて、子供のように輝かせた。

「なんと……!!泥の王、旧世紀の怪物が、彼女とは……」

「注意してくれ。会話は聞こえないが、あいつは目が見えないが魂が見えるらしい。障害物も関係無し。感情には鋭い」

「分かりました。気をつけましょう。しかし、泥の王がこれまで400年近くもの間活動していなかったとは考えづらいですな」

「あー、そこらへんは込み入った事情があるんだ。話してもいいんだが、長くなるからなぁ。掻い摘んででいいか?」

「ええ。私も研究家としていずれお聞きしたいですが、それは正式にアポイントメントを取ってからにしましょう」

 さすがは話が分かる。俺は、要点のみでキビトと太陽の大霊師が行った泥の王の封印と、ここに至るまでを語った。

「……珈琲とは、神の御業によって生み出されたものなのでしょうか?まさか、泥の王の呪縛を解いてしまうなどと……」

「そんなのは、モカナにしかできねえけどな。あいつだけが別格なんだ。しかし、よく信じるな」

「いくつか残る口伝には、僻地の村の女が泥の王になったという口伝もいくつかありましたからな。それに、ジョージ殿の話によれば、その時代からの生き証人がおられるのでしょう?であれば、そのような嘘をついた所で本人に確認を取れば分かります。実に興味深いお話ですから、皆様がお発ちになったら早速お伺いしたいと思います」

 大分老齢に差し掛かっているだろうに、さすがのフットワークだな。これが、第一人者ってもんか。

「俺達の名前を出せば警戒はされないと思うが、まぬけにも300年以上足を取られてた事には触れないでおいてやってくれ」

「分かりました。それで、私に聞きたい事というのは、彼女と契約していた土の精霊がどこにいってしまったのか?という事ですかな?」

「ああ、それを含めて今あいつがどういう状態なのかって事だ」

「詳しくは、恐らく土の大精霊にでも聞かねば分からないかもしれませんが、恐らくは人と精霊の合体現象。『合霊』が起きたものと考えられます」

「合霊……」

 始めて聞く名前だ。精霊と人間が合体なんて、あるのか?

「人間が、契約した精霊に精気を渡せなくなった場合、精霊は基本的には契約が破棄された状態になり、その元となるものに帰ります。土の精霊でいえば大地にですが。ところが、精霊使いと精霊が強い絆で結ばれ、精霊が契約が破棄されてもなお契約者と生きようとした場合に、合霊する場合があります。元々違う器の者同士が、生きるために強引に肉体と魂を合わせる為、初期は記憶の混濁と力の暴走、その後に記憶の喪失が発現するとされております」

 それはまさに、カルディの事を言い当てているかのようだった。

「その、『合霊』ってのは、よくあることなのか?」

「いえ、まさか。精霊使いの死と共に、殆どの精霊は元に返り、最終的に大精堂。水の精霊で言う所の水宮に戻ります。合霊は、その精霊の'個'の消失でもありますから、おいそれと行われる事ではありませんな。中には、人間が契約を能動的に解除しようとした際にその人間と離れる事を拒んだ精霊が合霊を行うといった事もあったそうです」

「そいつは怖いな。思い込みの激しい女みたいだ」

「精霊にも、性別のある個体が存在しますからな」

「ん?無い個体もいるのか?」

「ええ、むしろ殆どの個体は無性ですな。私の精霊も、無性です」

「あんた、精霊使いだったのか!?」

「ええまぁ。おいで、"ウラル"」

 アントニウスがそう呼ぶと、コトリと足元で音がした。そこを見ると、ゴツゴツした鎧を着込んだ小さな子供がいつの間にか立っていた。

「……こんにちは」

 その小さな口が動いて、俺に挨拶した。目が大きい。

「こんにちは。と、もうこんばんはか?」

「……よる?」

 と、ウラルは辺りを見回して、窓の向こうの漆黒を見て納得したように頷いた。

「ウラルは、土の精霊です。"場"の記憶を読み取る事に特化しています。見ての通り、意思は薄く、故に無性なのでしょうな」

 アントニウスが精霊の兜を撫でるが、ウラルという名のその精霊は何も反応を示さなかった。

「意思が性別と関係あるのか?」

「意思というよりは個性ですかな。自分が個であり、他も全て個である事を意識している個体はもれなく性別が存在します。能力は影響範囲が狭く、先鋭化、繊細化する傾向があり、自分の個を喪失する事に恐怖を抱きます。逆に、個性の弱い固体は影響範囲が大きく、大雑把でシンプルな能力を得意とします」

 ふむ。そういや、以前チッタってシャーマンのばあさんが馬鹿でかい蛇を呼んで豪雨を降らせたっけか。あれも、多分水の精霊なんだろうな。

「以前、サラクのシャーマンが雨を呼んだのを見たんだが、精霊使いと契約していない精霊なんてものいるのか?」

「おお、シャーマンとは珍しい。ええ、精霊は大昔からいましたからな。契約を結び、人間との密な関係を作る前から個性の薄い精霊と交信し利用する術は存在しました。元々精霊は、自然現象の末端ですから、本来は自然現象として世界に作用しているものなのです。今の、人間と契約するスタイルの方が歴史的には異端なのですよ」

「さすがは郷土史の学者だけあるなぁ」

「見たところ、モカナ嬢の精霊は自意識が薄い印象です。いつでも天然自然に戻りそうな危うさがある一方で、実に個性的だ。大精堂生まれの精霊は、大抵個性が強いのですが、恐らくは元々自然から発生した精霊ではありませんかな?」

「良く分かるな。まあ、確かな事は分からないんだが、モカナが意識を共有して感じたのを聞いた限りじゃそう考えるのが自然だな。川で発見されて、人に育てられたって話だ」

「おお、それは正に人と精霊の出会いの再現ですな。始めて人と触れ合った原初の精霊も、やはり水精霊だったそうです」

「へえ~」

 なるほど、こりゃあシオリが会いたがるはずだ。面白え事がどんどん分かる。

 この体に詰まっているのはこの大陸の歴史そのもの。そんな錯覚さえ覚える程だ。

 俺は時間も忘れ、アントニウスと会話を楽しむのだった。

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